甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

一ノ関の朝 いわての匂いがした!

2016年08月08日 06時19分06秒 | きたぐにへの旅
 グッスリ寝ていることができません。もう、何度も目が覚めて、明るかったら、外に出てしまいます。

 そうしたら、「平和の碑」というのを見つけます。そりゃもう、大切なのはわかってますけど、どうして? と、説明を読んでみると……。

 1945年の8月10日、この一関市は空襲されたそうです。そりゃ、戦争中なんですから、爆弾も落とすでしょうけど、長崎の翌日も、淡々と各地をB29は襲来した。被害者は少なく34名ということでしたが、大切な命が奪われたことは確かです。



 町の南西に小高い山があって、お城のあとかもしれないとそちらをめざしました。途中ネコたちの集まりや、単独のネコも見ました。でも、写真は撮れなかった。みんなすぐに逃げてしまいます。

 ネコたちも、あやしいオッサンには注意だったんでしょう。エライです。変な人間なんか相手にしてはいけない。



 磐井川(いわいがわ)にかかる上ノ橋を渡ると、橋の欄干には白鳥の飾りがありました。冬になると、ここへ飛んでくる白鳥がいるのかもしれない。



 散歩のおばあちゃんたちが通り過ぎていきました。中年夫婦からも朝の挨拶をされ、こちらもモニョモニョと挨拶を交わします。

 川沿いに歩いて下流にたどり着き、今度は磐井橋を渡ります。



 渡り切ると、ここに芭蕉さんが二晩止まったという碑がありました。



 平泉まで、朝から歩いてお参りし、見学が終わればふたたびこちらに戻ってきて二晩めを過ごした。翌日には日本海側をめざすことになります。そうでした。芭蕉さんと私は逆回りだったんでした。芭蕉さんは逆時計回り、私は時計回りで三重から日本海側を通り平泉・一関まで来た。今日の夕方には、東北道経由で三重に帰ることになります。

 芭蕉さんのこころに近づきたいけど、野次馬根性ですから、いい句も作れないし、ダメですけどね。



 ホテルにもどったら、一関で作っている不二家牛乳を飲んでみました。なかなかおいしい。オリンピックはずっとやっているんですね。

 あと少ししたらゴハンの時間です。


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