小さい頃の記憶だと、砂糖がけのあげパンは五円だった。細長いチーズがこっぺパンに伸ばして入れられているのが十円だったか、二十円だったか。
なぁんだ、あげパンは砂糖がついてておいしいのに、安いなんて、油であげて砂糖をまぶすというのは簡単に作れるんだろうか。だから、安いんだろうか。おいしいけど、好きだけど、こんなので喜んでちゃダメなんだ。こづかいの無駄遣いをせずに、ポンとチーズパンを買ったら、それは贅沢が夢が味わえるぞ。なかなか道は遠いけど、特別にお金持ちの時か、お母さんが「チーズパンを買うておいで」とお金をくれた時だけ、食べられたんだった。
今思うと、パンの中に入ってたチーズは、100%のチーズじゃなくて、いろんなものが入って、のびのびにして、味付けもちゃんとされてて、これがチーズパンのチーズなんだよ! という味だった。何だかリッチな気分がしたものだけど、それはいつ頃の話だったのか。商店街にびっしりお店が並んでいる時で、同じ業種の店もそれぞれの特色を打ち出して、よそには負けないという商売をしていました。
豆腐屋さん、漬物やさん、肉屋さん、八百屋さん、魚屋さん、みんな他店に負けないという気概でやっていましたね。そうした中で、みんな自分のお気に入りの店を決めて、そこでこれというものを買ってたんでしたね。
地元で、いろんなお店を見比べられる時代があったんでした。そういう店をあちらこちら行くというのは、お買い物の醍醐味でしたね。今となっては、何か買おうとしても、二つか三つのお店で、限られたものしか買えなくなりました。選択の余地はなくなってきました。
パンだって、小さなお店が、油で揚げたり、チーズを入れたり、たぶん、食パンもあったと思うけれど、うちは食パンを食べる習慣がなくて、食パンというものに手を出せませんでした。
そう、昔はビックリ箱トースターだったので、焼けたらチンと飛び出てくるものでした。だから、黒焦げにならないで、適当に焼けてたような気がする。今は火力が強いのか、ほんの二分くらいでトースターに任せると真っ黒けになってしまう。何だか加減が難しいのは、外国製のオーブントースターだからかな。
びっくり箱トースターは、何だか懐かしいなあ。憧れるんだけど、日本製のトースターって、あるんだろうかなあ。いやいや、もう食パンなんか食べないで、ゴハンにしなきゃいけないかもしれないな。
そんな、今のことはいいんですよ。昔は、食パンは食べられるような家庭ではなかったということです。そして、せっかくびっくり箱トースターが焼けたよと教えてくれても、マーガリンみたいなハイカラなものはなくて、ごりごりのバターをつけなきゃいけないから、トーストって、何だか苦労の多い食べ物だな。こんなの食べたくないや! なんて思ってたでしょうね。
それが、今では何だか朝はパンおやじになってしまっています。結婚しても、昔はちゃんと朝はゴハンを食べていた気がします。いつから、ゴハンどころではなくなったのか、それとも私がゴハンに浮気して、食パンに惚れてしまったのか? わからないなあ。本当に好きなのは何だろう? ゴハン? パン?
朝、あげパンとコーヒーとかでは、一日気持ち悪いはずです。もう朝からそういうものを食べてしまったら、胃腸が苦しいみたい。それでも、挑戦する時があるだろうけど、たぶん、しんどいです。
子どもの頃のチーズパンは贅沢な夢でした。あげパンはわりと実現したし、五円で商店街のパン屋さんから誇らしく帰って来る時もあったような気がします。
今は、たまにパン屋さんであげパンを見かけたとしても、それは二百円ちかくする高価なものになりました。ああ、あげパンも夢なのか。パン屋さんも、夢なのか。どれもこれも遠い世界に行ってしまった。今は、ションボリとしたオヤジが「あげパンは食べたいけど、体がもたない。おいしいと思って食べた後が大変」なんて、うらめしく見るばかりです。
オジイなんだから、あげパンは禁止なのかな。そんなものなんだ。