[6月16日09:15.JR埼京線、通勤快速、新宿行き、9号車 稲生ユウタ]
「あふ……」
ユタは電車の吊り革に掴まりながら、大きな欠伸をした。
これから大学へ通学する所である。
昨夜は大学の友達が来て、夜遅くまでゲームをやっていたこともあって少し寝不足だった。
ユタを乗せた電車は地下ホームを発車した後、坂を駆け上り、地上に顔を出した後、一気に高架線に登って行った。
(そういえば魔界高速電鉄にも、こんな区間があったな……)
ふと、そんなことを考えてしまう。
ポロロロン〜♪ポロロロン〜♪
ドアの上にある2つのモニタのうち、右側のモニタが運行情報を流した。
それによると、さいたま新都心駅で人身事故が起きたという。
それで、その沿線は運転を見合わせているとのことだ。
(世知辛いね……)
ユタは顔をしかめた。
幸い埼京線には影響は無いが、逆に埼京線に逃げてくる利用者で今後混んでくるかもしれない。
困ったものだ。
そう思っていると、今度は左側のモニタに目が移った。
左側のモニタは主にCMやニュース、天気予報を流しているのだが、たまたま面白いのがやっていたのだった。
『ここでクイズです。魔法使いと言えば、何を思い浮かべるでしょう?』
ユタはマリアのイメージから、ついミク人形やフランス人形を思い浮かべた。
その後、黒猫やカラスが出てきたので、
(あっ、やっぱそっちか……)
と、思った。
「ん?」
その時、ユタは自分の目を疑った。
ちょうど今、電車は南与野駅を通過したところなのだが、窓の上に目をやると、ホウキに跨った魔女が飛んでいたのだった。
(栗原さん?あ、いや、待てよ……)
確か、栗原江蓮と顔の似た魔道師がいて、それの名前は……。
(何をしてるんだ?)
黒いベストに白いブラウス、赤いリボンタイに目が行くが、それが急接近してきた。
(もしかして、僕に用があるとか……)
そう思ったが、屋根の上に手を伸ばしたようだ。
(何かを取った?)
それが何なのか分からなかったが、警笛のけたたましい音が聞こえた。
警笛を鳴らしたのはユタの電車と思ったが、そうではなかったらしい。
対向してきた電車が急ブレーキを掛ける音がしたからだ。
「!?」
一体、何をしているんだろうと思った。
それが分かったのは、だいぶ後のことである。
[6月17日09:00.さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波カンジ]
「何か今、魔界の首相が日本に外遊に来てるようですよ?」
カンジは配達された異世界通信の新聞を広げて言った。
「それって、もしかして……」
「ええ。安倍春明総理です」
「やっぱり!」
ユタはパッと明るい表情をした。
「安倍総理殿か……」
威吹も笑みを浮かべた。
「懐かしいね」
「ああ」
因みにユタは今日、大学は午後からである。
「色々とお世話になったねぇ……」
「いやいや……」
「聞きたいです。その話」
カンジがポーカーフェイスのまま身を乗り出してきた。
「確か、『死生樹の葉』を探しに行ったんだっけね」
「そうそう!魔界に着いた途端、モンスター達に取り囲まれてさぁ……。威吹がいなかったら、大変だったよ」
「ふっ……」
しかし、幸い威吹の知り合いの妖狐がアルカディアシティにいたこともあって、それらの情報を元に政府関係者と接触することができた。
そして、女魔王ルーシー・ブラッドプール1世への謁見の前に、安倍春明総理と面会することができたのである。
初めてグール(西洋の人喰い鬼)や総理のSPだというダークエルフを見ることができた。
「しかし、その安倍首相が何故人間界に?」
「休暇で帰国したとありますが……」
カンジは新聞記事を広げながら答えた。
「外遊と休暇は違うだろう?」
威吹が突っ込むと、
「ですので、単なる帰省ではないのかもしれませんね」
カンジは首を縦に振りながら答えた。
「確か大魔王バァル帝政だった頃、宮廷魔導師という役職があったんですよ」
「何か、ファンタジーの世界にあるね、それ」
カンジの言葉に、ユタは自分のゲーム機に目をやった。
「イリーナ師が一時期その役職に就いていたという噂があります」
「何だって!?」
威吹の驚きに、ユタは面食らった。
「何なの?」
「大魔王バァルというのは、それこそそのゲームに登場するような悪辣な魔王です。あ、因みに第六天魔王とはまた別の存在です」
カンジが説明する。
「迷い込んだ人間達は最下層に置かれ、奴隷となるか、人喰い妖怪のエサになるかのどちらかだったそうです」
「うえ……」
「宮廷魔導師というのは……そうですね……宮内庁長官みたいな存在でしょうか……」
さしものカンジも、日本の政権に例えがしにくいようだ。
「とにかく、政府高官の一員であり、絶対王政の場において、常にその王の傍に控えることが許される……と言いますか、むしろそれが仕事のような役職です」
「イリーナさん、そんなに偉い人だったの!?」
「それがいつの間にか退いたようですが、その時期や理由については不明です」
「今の安倍政権で、宮廷魔導師はやらないんだろうか?」
「そもそも、立憲君主制の政治でそんな役職は必要なのかという疑問もありますが……」
「うーん……」
「今は随分と人間がデカい顔をしているようだな?魔界なのに……」
「そりゃ、首相が人間ですからね。魔王も吸血鬼が出自ということもあって、人間を蔑ろにはできないようです。虐殺なんかすると、血を吸う相手がいなくなりますから」
「なるほどねぇ……」
[同日16:00.ユタの通う大学 稲生ユウタ]
「さーて、終わったことだし、さっさと帰るか……」
ユタは荷物をまとめて、教室をあとにした。
校舎を出た後、ユタはある人物が立っているのに気づいた。
「あれ!?」
「やあ、久しぶりだね」
「安倍総理!?」
にこやかに手を振るユタよりずっと年上の男。
しかし、こちら側の安倍総理とは似ても似つかない。
「キミがこの大学に通っていると聞いてね。近くまで来たので、寄ってみた」
「こ、光栄です」
「ははは。今の私は、休暇で帰省しているだけだ。そう固くならなくていいよ」
「あ、あの……。『死生樹の葉』の時は、ありがとうございました!」
「いいよいいよ。うちのルーシーもびっくりしてたけどね」
「でも、どうして今更僕なんかに……?一国の総理ともあろう御方が……」
「キミの並外れた霊力。うちのルーシーの目に留まっているってことだよ。もし大学を卒業して就職先に困ったら、魔界に来るといい。共和党の党員資格を用意しよう」
「ええっ!?ぼ、僕、政治のことなんかさっぱり……」
「はははは。いいんだよ。それは少しずつ覚えて行けばいいよ。ま、卒業まであと何年かあるだろう。ゆっくり考えておいてくれ。もしこっちの世界で就職したけども、やっぱり魔界の政治に興味がありますってなった時でもいいから。行き方は分かるでしょ?」
「は、はい……」
「そうだ。もしそうなった時の為に、党本部の入館証を後で送ろう。高い霊力者は、とかく歓迎されるよ。何しろ今の魔王陛下が喜ぶ人間だ。粗末にできるわけがない」
「あ、ありがとうございます」
「さてと、私はまた行かなくちゃいけない」
「あ、そうなんですか。大変なんですね」
「稲生ユウタ君」
「はい」
「ちょっと魔界側の都合で申し訳無いんだが、魔界……幻想郷との間に空間の歪みができて、色々と人間界側に不都合を掛けそうなんだ。向こうでもルーシーが対策を取っているけど、あまり気にしないようにね」
「気にするなって言われても……どんなことが起こるんですか?」
「そうだなぁ……」
ピロリン♪(←ユタのスマホのiコンシェルに地震速報が着信)
「福島県沖で震度4?ここ最近、3だか4の地震が東北で多い……えっ!?」
「それもその1つだよ。そのうち収まるから。それじゃ」
「ひえー……」
無論こんなことを公表しても、誰も信じてくれないだろうなと思ったユタだった。
「あふ……」
ユタは電車の吊り革に掴まりながら、大きな欠伸をした。
これから大学へ通学する所である。
昨夜は大学の友達が来て、夜遅くまでゲームをやっていたこともあって少し寝不足だった。
ユタを乗せた電車は地下ホームを発車した後、坂を駆け上り、地上に顔を出した後、一気に高架線に登って行った。
(そういえば魔界高速電鉄にも、こんな区間があったな……)
ふと、そんなことを考えてしまう。
ポロロロン〜♪ポロロロン〜♪
ドアの上にある2つのモニタのうち、右側のモニタが運行情報を流した。
それによると、さいたま新都心駅で人身事故が起きたという。
それで、その沿線は運転を見合わせているとのことだ。
(世知辛いね……)
ユタは顔をしかめた。
幸い埼京線には影響は無いが、逆に埼京線に逃げてくる利用者で今後混んでくるかもしれない。
困ったものだ。
そう思っていると、今度は左側のモニタに目が移った。
左側のモニタは主にCMやニュース、天気予報を流しているのだが、たまたま面白いのがやっていたのだった。
『ここでクイズです。魔法使いと言えば、何を思い浮かべるでしょう?』
ユタはマリアのイメージから、ついミク人形やフランス人形を思い浮かべた。
その後、黒猫やカラスが出てきたので、
(あっ、やっぱそっちか……)
と、思った。
「ん?」
その時、ユタは自分の目を疑った。
ちょうど今、電車は南与野駅を通過したところなのだが、窓の上に目をやると、ホウキに跨った魔女が飛んでいたのだった。
(栗原さん?あ、いや、待てよ……)
確か、栗原江蓮と顔の似た魔道師がいて、それの名前は……。
(何をしてるんだ?)
黒いベストに白いブラウス、赤いリボンタイに目が行くが、それが急接近してきた。
(もしかして、僕に用があるとか……)
そう思ったが、屋根の上に手を伸ばしたようだ。
(何かを取った?)
それが何なのか分からなかったが、警笛のけたたましい音が聞こえた。
警笛を鳴らしたのはユタの電車と思ったが、そうではなかったらしい。
対向してきた電車が急ブレーキを掛ける音がしたからだ。
「!?」
一体、何をしているんだろうと思った。
それが分かったのは、だいぶ後のことである。
[6月17日09:00.さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波カンジ]
「何か今、魔界の首相が日本に外遊に来てるようですよ?」
カンジは配達された異世界通信の新聞を広げて言った。
「それって、もしかして……」
「ええ。安倍春明総理です」
「やっぱり!」
ユタはパッと明るい表情をした。
「安倍総理殿か……」
威吹も笑みを浮かべた。
「懐かしいね」
「ああ」
因みにユタは今日、大学は午後からである。
「色々とお世話になったねぇ……」
「いやいや……」
「聞きたいです。その話」
カンジがポーカーフェイスのまま身を乗り出してきた。
「確か、『死生樹の葉』を探しに行ったんだっけね」
「そうそう!魔界に着いた途端、モンスター達に取り囲まれてさぁ……。威吹がいなかったら、大変だったよ」
「ふっ……」
しかし、幸い威吹の知り合いの妖狐がアルカディアシティにいたこともあって、それらの情報を元に政府関係者と接触することができた。
そして、女魔王ルーシー・ブラッドプール1世への謁見の前に、安倍春明総理と面会することができたのである。
初めてグール(西洋の人喰い鬼)や総理のSPだというダークエルフを見ることができた。
「しかし、その安倍首相が何故人間界に?」
「休暇で帰国したとありますが……」
カンジは新聞記事を広げながら答えた。
「外遊と休暇は違うだろう?」
威吹が突っ込むと、
「ですので、単なる帰省ではないのかもしれませんね」
カンジは首を縦に振りながら答えた。
「確か大魔王バァル帝政だった頃、宮廷魔導師という役職があったんですよ」
「何か、ファンタジーの世界にあるね、それ」
カンジの言葉に、ユタは自分のゲーム機に目をやった。
「イリーナ師が一時期その役職に就いていたという噂があります」
「何だって!?」
威吹の驚きに、ユタは面食らった。
「何なの?」
「大魔王バァルというのは、それこそそのゲームに登場するような悪辣な魔王です。あ、因みに第六天魔王とはまた別の存在です」
カンジが説明する。
「迷い込んだ人間達は最下層に置かれ、奴隷となるか、人喰い妖怪のエサになるかのどちらかだったそうです」
「うえ……」
「宮廷魔導師というのは……そうですね……宮内庁長官みたいな存在でしょうか……」
さしものカンジも、日本の政権に例えがしにくいようだ。
「とにかく、政府高官の一員であり、絶対王政の場において、常にその王の傍に控えることが許される……と言いますか、むしろそれが仕事のような役職です」
「イリーナさん、そんなに偉い人だったの!?」
「それがいつの間にか退いたようですが、その時期や理由については不明です」
「今の安倍政権で、宮廷魔導師はやらないんだろうか?」
「そもそも、立憲君主制の政治でそんな役職は必要なのかという疑問もありますが……」
「うーん……」
「今は随分と人間がデカい顔をしているようだな?魔界なのに……」
「そりゃ、首相が人間ですからね。魔王も吸血鬼が出自ということもあって、人間を蔑ろにはできないようです。虐殺なんかすると、血を吸う相手がいなくなりますから」
「なるほどねぇ……」
[同日16:00.ユタの通う大学 稲生ユウタ]
「さーて、終わったことだし、さっさと帰るか……」
ユタは荷物をまとめて、教室をあとにした。
校舎を出た後、ユタはある人物が立っているのに気づいた。
「あれ!?」
「やあ、久しぶりだね」
「安倍総理!?」
にこやかに手を振るユタよりずっと年上の男。
しかし、こちら側の安倍総理とは似ても似つかない。
「キミがこの大学に通っていると聞いてね。近くまで来たので、寄ってみた」
「こ、光栄です」
「ははは。今の私は、休暇で帰省しているだけだ。そう固くならなくていいよ」
「あ、あの……。『死生樹の葉』の時は、ありがとうございました!」
「いいよいいよ。うちのルーシーもびっくりしてたけどね」
「でも、どうして今更僕なんかに……?一国の総理ともあろう御方が……」
「キミの並外れた霊力。うちのルーシーの目に留まっているってことだよ。もし大学を卒業して就職先に困ったら、魔界に来るといい。共和党の党員資格を用意しよう」
「ええっ!?ぼ、僕、政治のことなんかさっぱり……」
「はははは。いいんだよ。それは少しずつ覚えて行けばいいよ。ま、卒業まであと何年かあるだろう。ゆっくり考えておいてくれ。もしこっちの世界で就職したけども、やっぱり魔界の政治に興味がありますってなった時でもいいから。行き方は分かるでしょ?」
「は、はい……」
「そうだ。もしそうなった時の為に、党本部の入館証を後で送ろう。高い霊力者は、とかく歓迎されるよ。何しろ今の魔王陛下が喜ぶ人間だ。粗末にできるわけがない」
「あ、ありがとうございます」
「さてと、私はまた行かなくちゃいけない」
「あ、そうなんですか。大変なんですね」
「稲生ユウタ君」
「はい」
「ちょっと魔界側の都合で申し訳無いんだが、魔界……幻想郷との間に空間の歪みができて、色々と人間界側に不都合を掛けそうなんだ。向こうでもルーシーが対策を取っているけど、あまり気にしないようにね」
「気にするなって言われても……どんなことが起こるんですか?」
「そうだなぁ……」
ピロリン♪(←ユタのスマホのiコンシェルに地震速報が着信)
「福島県沖で震度4?ここ最近、3だか4の地震が東北で多い……えっ!?」
「それもその1つだよ。そのうち収まるから。それじゃ」
「ひえー……」
無論こんなことを公表しても、誰も信じてくれないだろうなと思ったユタだった。