[6月22日10:00.東京都江東区菊川 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン]
(エレーナの一人称です)
昨日、帰り際に魔道書を置いて行ったイリーナ・レヴィア・ブリジッド師。
文庫本のような携帯型の魔道書を開くと、いくつかの魔法の使い方が書いてあった。
その中に1つ、ヒントだとされる魔法があった。
それは“姿隠しの術”。
要は魔道師を一定の時間、透明人間状態にする魔法だ。
解除は自由にできるが、どのくらいの時間透明になっていられるかは、術者の力に大きく左右される。
今日は日曜日。
1番宿泊客が少ない曜日、チェック・アウトの忙しい10時まで働いた後、私は明日の月曜日のチェック・インの時間までオフである。
仕事が終わった後で、私が寝泊まりしている部屋に戻ると、私は早速その魔法を使ってみることにした。
「タ・ミ・ラハ・ヤ・ニン・ハ……ウク・ゼク・ソ・キシ……!ウ・ソツジ・ウホ・ヨシ……!」
私の両手から白い光が現れ、その光を自分に被せるように手を振るった。
「……これでいいはずだけど……。クロ、見える?」
私は机の上に座る黒猫の『クロ』に聞いた。
「見えるニャ」
クロは青い瞳を私に向け、尻尾を振って答えた。
それにしてもマリアンナ、うちのクロを『ジジ』とか『ウィズ』とか呼んでたけど、何なんだろう?
「おかしいな……。失敗したかな?」
鏡の前に立つと、ちゃんと自分の姿が写っている。
魔道書を読み返してみて、少し納得。
動物には見えるらしい。
あくまで、人間や妖怪からは見えないということだ。
もっとも、高い霊力や妖力を持つ者は誤魔化せないので注意とあった。
つまり、ルーシー魔王やアベ首相には見えるということか。
あと、これを教えてくれたイリーナ師はもちろん、ポーリン先生も誤魔化せないだろうな。
マリアンナは……今度、あいつに実験してやろう。
本当に見えないのか、私は実験してみることにした。
1階に降りると、フロントではオーナーがフロント周りの雑巾がけをしていた。
オーナーと言えども、小さなホテルだから、フロント周りの掃除ぐらいはしないとダメなようだ。
ベッドメイキングのアルバイトは元々いるのだが、私が来てから飛躍的に売り上げが伸びたからと、外注で掃除のオバさんを派遣してもらえるくらいになった。
それでも習慣は抜けないということか。
「オーナー」
「ん?」
私がオーナーに声を掛けると、オーナーがふと顔を上げた。
そして、周りをキョロキョロした。
「気のせいか……。エレーナの声がしたけど……」
オーナーは首を傾げて、再びフロントのデスクの拭き掃除を再開した。
どうやらガチで見えないようだ。
私はガッツポーズをし、急いで部屋に取って返した。
「クロ、出掛けるよ!」
私は窓を大きく開け、ホウキに跨った。
「出掛けるって、どこへ?」
「もちろん、飛ぶ練習。これで姿は見えないはずだから」
「しょうがないニャー……」
クロの背中にGPSを背負わせ、私は自分の右耳にインカムを着けた。
クロが柄の先端に陣取る。
すぐにフワリと浮き上がり、窓の外へ大きく飛び出した。
これで姿は見えないはずだけど……。
「取りあえず、どこ行くニャ?」
「マリアンナの所まで行ってみようか!」
「んニャ!?エレーナの飛行速度じゃ、長野まで日帰りできないニャ!」
「……シビアな黒猫だねぇ……。じゃあ、あの生意気そうな妖狐でも脅かしに行こうか」
「埼玉ならOKだニャン!」
「よーし!ナビ、頼んだよ!」
GPSはあくまで現在位置を把握する為のもので、ナビゲーションは基本的にクロに任せている。
[同日11:00.東京都北区赤羽上空 エレーナ・マーロン]
(エレーナの一人称です)
そろそろ“姿隠し”の魔法の効力も切れたことだろう。
少なくとも地上にいる人間から発見されないように、ある程度の高度を保つ必要があった。
GPSがあるので、無理して道路や線路の上を飛ぶ必要は無いのだが、取りあえず京浜東北線の上を飛んでいた。
今、クロはしっかりホウキに乗っているからいいのだが、前みたいに新幹線の上に落ちたりしたらいけない。
通勤電車だったら、追い付ける自信がある。
荒川の上に差し掛かろうとした時だった。
「ミャ!?ミャー!ミャー!ミャー!」
突然クロがパニックを起こした。
「どうしたの、クロ!?」
「ロックオンされたニャ!早く逃げるニャ!」
「ロックオン!?どこから撃ってくるって!?」
「違う!」
その時、急にエレーナの上に大きな影が被ってきた。
今日は梅雨晴れで、雲1つ無い快晴の天気だと聞いたが……。
「なに?」
エレーナが見上げると、クロの言いたいことが分かった。
「はあっ!?」
そこにいたのは巨大なコウモリ。
羽を広げたその両翼の長さは7〜8メートルほどもあった。
「ナッパー・バットだニャ!」
「ナッパー・バット!?」
ナッパー・バット。
それは魔界に存在する大型かつ凶暴な人喰いコウモリである。
例え家屋の中に避難していても、急降下して屋根を突き破り、そこにいる家人を2〜3人ほど一気に吊り上げ、自分の巣に持ち帰って食らうとされる。
図体のでかいコウモリなので、小回りは苦手らしいが、面倒なのはその粘着性である。
獲物を1度ロックオンすると、獲物の体力が尽きるまでどこへでも追い掛けるという習性がある。
私のように、同じ飛行物体の場合はその航跡をきっちり辿るという習性も特徴の1つであるという。
図体はでかく、小回りは利かないが、最高飛行速度は開業当時の新幹線並み(時速210キロ?)だとされる。
なので、100キロも出せない私が一直線に飛んでいたのでは、すぐに追い付かれてしまう。
私はなるべくジグザグに飛んで、ヤツがスピードを出せないようにした。
それにしても……。
「何で魔界のコウモリがこんな所に!?」
「幻想郷の穴ニャ!どこかで幻想郷の穴が開いたんニャ!」
「何ですって!?」
その穴にたまたま飛び込んだナッパー・バットが、たまたま私をロックオンしたのか。
ナッパー・バットは基本的に空を飛ぶことくらいしか能の無いモンスターであるが、幻想郷の近代国家、アルカディア王国では魔界正規軍の治安維持部隊が掃討作戦に出たらしく、特に王都アルカディアシティに現れることは無くなったそうだ。
特に翼を持った翼人系の兵隊が直接空を飛んで、一匹ずつ倒して行ったという話を先生から聞いたことがある。
「あ……」
その時、私はある方法を思い出した。
少し危険な賭けだが、成功すればこいつを倒すことができる。
魔界正規軍・翼人部隊のガーゴイル隊長の武勇伝の中にあった話だ。
「クロ!ガーゴイル隊長が取った作戦、やるよ!」
「ミャ!?危険だニャ!失敗したら、エレーナ死んじゃうニャ!ポーリン師匠に緊急連絡を取るニャ!」
確かにポーリン先生なら、このコウモリ一匹倒すのは造作も無いことだろう。
しかし今、どこにおられるか分からない以上、悠長なことをしている暇は無かった。
「クロ、しっかり掴まってて!」
「マジ!?」
「クェーッ!」
「おっと!」
ナッパー・バットが一気に私に襲い掛かってきた。
だが、それはかわす。
初めてこいつの鳴き声を聞いた。
クェーって、オマエはチョコボか!
私は飛行高度を一気に上げた。
無論それだけなら、あの巨大コウモリもついてくる。
そして、
「行くよーっ!」
「南無三!」
一気にホウキの柄を70度くらいに下に向け、急降下した。
「クェッ!?……クェーッ!」
ちょうど急降下しようとした時、ナッパー・バットは口を大きくを開けていたから、また私を食べようとしていたのかもしれない。
しかし、先に私が急降下した。
真下に向かうは荒川の川面。
失敗したら、川面や川底に叩き付けられて死ぬ。
「えいっ!」
墜落するかしないかという位置で、私は思いっきりホウキの柄を引き上げた。
今度は急上昇する。
ジェットコースターでも、こんな狂った角度のものはないだろう。
ホウキのお尻の部分が川面に触れたが、何とか墜落せずに上昇することができた。
そして背後では……。
「やったーっ!!」
案の定、小回りが利かない癖に獲物の航跡を辿って追い掛ける習性が災いし、急降下から急上昇というムリな飛行術ができないヤツは、水面並びに川底に叩き付けられた。
大きな水柱と水しぶきが上がる。
「大成功!」
「さすがだニャ……」
仮にこれで死んでいなかったとしても、ナッパー・バットは泳げない上、水の中から飛び立つことはできない。
つまり、最終的には溺死する運命にある。
どう転んでも、私の勝ちだ。
「あはははははははは!」
私は嬉しくて大笑いした。
ガーゴイル隊長の立てた作戦は、自分達は小回りが利くのを最大限に発揮して、小回りの利かない連中をこのように追い込んで自滅させるものだったという。
「クロ、予定変更よ!ヤツがどこから現れたか調査するから!」
「了解ニャ」
こりゃ意外と早く、先生から与えられた課題を終了させることができそうだ。
(エレーナの一人称です)
昨日、帰り際に魔道書を置いて行ったイリーナ・レヴィア・ブリジッド師。
文庫本のような携帯型の魔道書を開くと、いくつかの魔法の使い方が書いてあった。
その中に1つ、ヒントだとされる魔法があった。
それは“姿隠しの術”。
要は魔道師を一定の時間、透明人間状態にする魔法だ。
解除は自由にできるが、どのくらいの時間透明になっていられるかは、術者の力に大きく左右される。
今日は日曜日。
1番宿泊客が少ない曜日、チェック・アウトの忙しい10時まで働いた後、私は明日の月曜日のチェック・インの時間までオフである。
仕事が終わった後で、私が寝泊まりしている部屋に戻ると、私は早速その魔法を使ってみることにした。
「タ・ミ・ラハ・ヤ・ニン・ハ……ウク・ゼク・ソ・キシ……!ウ・ソツジ・ウホ・ヨシ……!」
私の両手から白い光が現れ、その光を自分に被せるように手を振るった。
「……これでいいはずだけど……。クロ、見える?」
私は机の上に座る黒猫の『クロ』に聞いた。
「見えるニャ」
クロは青い瞳を私に向け、尻尾を振って答えた。
それにしてもマリアンナ、うちのクロを『ジジ』とか『ウィズ』とか呼んでたけど、何なんだろう?
「おかしいな……。失敗したかな?」
鏡の前に立つと、ちゃんと自分の姿が写っている。
魔道書を読み返してみて、少し納得。
動物には見えるらしい。
あくまで、人間や妖怪からは見えないということだ。
もっとも、高い霊力や妖力を持つ者は誤魔化せないので注意とあった。
つまり、ルーシー魔王やアベ首相には見えるということか。
あと、これを教えてくれたイリーナ師はもちろん、ポーリン先生も誤魔化せないだろうな。
マリアンナは……今度、あいつに実験してやろう。
本当に見えないのか、私は実験してみることにした。
1階に降りると、フロントではオーナーがフロント周りの雑巾がけをしていた。
オーナーと言えども、小さなホテルだから、フロント周りの掃除ぐらいはしないとダメなようだ。
ベッドメイキングのアルバイトは元々いるのだが、私が来てから飛躍的に売り上げが伸びたからと、外注で掃除のオバさんを派遣してもらえるくらいになった。
それでも習慣は抜けないということか。
「オーナー」
「ん?」
私がオーナーに声を掛けると、オーナーがふと顔を上げた。
そして、周りをキョロキョロした。
「気のせいか……。エレーナの声がしたけど……」
オーナーは首を傾げて、再びフロントのデスクの拭き掃除を再開した。
どうやらガチで見えないようだ。
私はガッツポーズをし、急いで部屋に取って返した。
「クロ、出掛けるよ!」
私は窓を大きく開け、ホウキに跨った。
「出掛けるって、どこへ?」
「もちろん、飛ぶ練習。これで姿は見えないはずだから」
「しょうがないニャー……」
クロの背中にGPSを背負わせ、私は自分の右耳にインカムを着けた。
クロが柄の先端に陣取る。
すぐにフワリと浮き上がり、窓の外へ大きく飛び出した。
これで姿は見えないはずだけど……。
「取りあえず、どこ行くニャ?」
「マリアンナの所まで行ってみようか!」
「んニャ!?エレーナの飛行速度じゃ、長野まで日帰りできないニャ!」
「……シビアな黒猫だねぇ……。じゃあ、あの生意気そうな妖狐でも脅かしに行こうか」
「埼玉ならOKだニャン!」
「よーし!ナビ、頼んだよ!」
GPSはあくまで現在位置を把握する為のもので、ナビゲーションは基本的にクロに任せている。
[同日11:00.東京都北区赤羽上空 エレーナ・マーロン]
(エレーナの一人称です)
そろそろ“姿隠し”の魔法の効力も切れたことだろう。
少なくとも地上にいる人間から発見されないように、ある程度の高度を保つ必要があった。
GPSがあるので、無理して道路や線路の上を飛ぶ必要は無いのだが、取りあえず京浜東北線の上を飛んでいた。
今、クロはしっかりホウキに乗っているからいいのだが、前みたいに新幹線の上に落ちたりしたらいけない。
通勤電車だったら、追い付ける自信がある。
荒川の上に差し掛かろうとした時だった。
「ミャ!?ミャー!ミャー!ミャー!」
突然クロがパニックを起こした。
「どうしたの、クロ!?」
「ロックオンされたニャ!早く逃げるニャ!」
「ロックオン!?どこから撃ってくるって!?」
「違う!」
その時、急にエレーナの上に大きな影が被ってきた。
今日は梅雨晴れで、雲1つ無い快晴の天気だと聞いたが……。
「なに?」
エレーナが見上げると、クロの言いたいことが分かった。
「はあっ!?」
そこにいたのは巨大なコウモリ。
羽を広げたその両翼の長さは7〜8メートルほどもあった。
「ナッパー・バットだニャ!」
「ナッパー・バット!?」
ナッパー・バット。
それは魔界に存在する大型かつ凶暴な人喰いコウモリである。
例え家屋の中に避難していても、急降下して屋根を突き破り、そこにいる家人を2〜3人ほど一気に吊り上げ、自分の巣に持ち帰って食らうとされる。
図体のでかいコウモリなので、小回りは苦手らしいが、面倒なのはその粘着性である。
獲物を1度ロックオンすると、獲物の体力が尽きるまでどこへでも追い掛けるという習性がある。
私のように、同じ飛行物体の場合はその航跡をきっちり辿るという習性も特徴の1つであるという。
図体はでかく、小回りは利かないが、最高飛行速度は開業当時の新幹線並み(時速210キロ?)だとされる。
なので、100キロも出せない私が一直線に飛んでいたのでは、すぐに追い付かれてしまう。
私はなるべくジグザグに飛んで、ヤツがスピードを出せないようにした。
それにしても……。
「何で魔界のコウモリがこんな所に!?」
「幻想郷の穴ニャ!どこかで幻想郷の穴が開いたんニャ!」
「何ですって!?」
その穴にたまたま飛び込んだナッパー・バットが、たまたま私をロックオンしたのか。
ナッパー・バットは基本的に空を飛ぶことくらいしか能の無いモンスターであるが、幻想郷の近代国家、アルカディア王国では魔界正規軍の治安維持部隊が掃討作戦に出たらしく、特に王都アルカディアシティに現れることは無くなったそうだ。
特に翼を持った翼人系の兵隊が直接空を飛んで、一匹ずつ倒して行ったという話を先生から聞いたことがある。
「あ……」
その時、私はある方法を思い出した。
少し危険な賭けだが、成功すればこいつを倒すことができる。
魔界正規軍・翼人部隊のガーゴイル隊長の武勇伝の中にあった話だ。
「クロ!ガーゴイル隊長が取った作戦、やるよ!」
「ミャ!?危険だニャ!失敗したら、エレーナ死んじゃうニャ!ポーリン師匠に緊急連絡を取るニャ!」
確かにポーリン先生なら、このコウモリ一匹倒すのは造作も無いことだろう。
しかし今、どこにおられるか分からない以上、悠長なことをしている暇は無かった。
「クロ、しっかり掴まってて!」
「マジ!?」
「クェーッ!」
「おっと!」
ナッパー・バットが一気に私に襲い掛かってきた。
だが、それはかわす。
初めてこいつの鳴き声を聞いた。
クェーって、オマエはチョコボか!
私は飛行高度を一気に上げた。
無論それだけなら、あの巨大コウモリもついてくる。
そして、
「行くよーっ!」
「南無三!」
一気にホウキの柄を70度くらいに下に向け、急降下した。
「クェッ!?……クェーッ!」
ちょうど急降下しようとした時、ナッパー・バットは口を大きくを開けていたから、また私を食べようとしていたのかもしれない。
しかし、先に私が急降下した。
真下に向かうは荒川の川面。
失敗したら、川面や川底に叩き付けられて死ぬ。
「えいっ!」
墜落するかしないかという位置で、私は思いっきりホウキの柄を引き上げた。
今度は急上昇する。
ジェットコースターでも、こんな狂った角度のものはないだろう。
ホウキのお尻の部分が川面に触れたが、何とか墜落せずに上昇することができた。
そして背後では……。
「やったーっ!!」
案の定、小回りが利かない癖に獲物の航跡を辿って追い掛ける習性が災いし、急降下から急上昇というムリな飛行術ができないヤツは、水面並びに川底に叩き付けられた。
大きな水柱と水しぶきが上がる。
「大成功!」
「さすがだニャ……」
仮にこれで死んでいなかったとしても、ナッパー・バットは泳げない上、水の中から飛び立つことはできない。
つまり、最終的には溺死する運命にある。
どう転んでも、私の勝ちだ。
「あはははははははは!」
私は嬉しくて大笑いした。
ガーゴイル隊長の立てた作戦は、自分達は小回りが利くのを最大限に発揮して、小回りの利かない連中をこのように追い込んで自滅させるものだったという。
「クロ、予定変更よ!ヤツがどこから現れたか調査するから!」
「了解ニャ」
こりゃ意外と早く、先生から与えられた課題を終了させることができそうだ。