報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“ユタと愉快な仲間たち” 「幻想郷の穴」 4

2014-06-22 19:32:07 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[6月22日10:00.東京都江東区菊川 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン]
(エレーナの一人称です)

 昨日、帰り際に魔道書を置いて行ったイリーナ・レヴィア・ブリジッド師。
 文庫本のような携帯型の魔道書を開くと、いくつかの魔法の使い方が書いてあった。
 その中に1つ、ヒントだとされる魔法があった。
 それは“姿隠しの術”。
 要は魔道師を一定の時間、透明人間状態にする魔法だ。
 解除は自由にできるが、どのくらいの時間透明になっていられるかは、術者の力に大きく左右される。
 今日は日曜日。
 1番宿泊客が少ない曜日、チェック・アウトの忙しい10時まで働いた後、私は明日の月曜日のチェック・インの時間までオフである。
 仕事が終わった後で、私が寝泊まりしている部屋に戻ると、私は早速その魔法を使ってみることにした。

「タ・ミ・ラハ・ヤ・ニン・ハ……ウク・ゼク・ソ・キシ……!ウ・ソツジ・ウホ・ヨシ……!」
 私の両手から白い光が現れ、その光を自分に被せるように手を振るった。
「……これでいいはずだけど……。クロ、見える?」
 私は机の上に座る黒猫の『クロ』に聞いた。
「見えるニャ」
 クロは青い瞳を私に向け、尻尾を振って答えた。
 それにしてもマリアンナ、うちのクロを『ジジ』とか『ウィズ』とか呼んでたけど、何なんだろう?
「おかしいな……。失敗したかな?」
 鏡の前に立つと、ちゃんと自分の姿が写っている。
 魔道書を読み返してみて、少し納得。
 動物には見えるらしい。
 あくまで、人間や妖怪からは見えないということだ。
 もっとも、高い霊力や妖力を持つ者は誤魔化せないので注意とあった。
 つまり、ルーシー魔王やアベ首相には見えるということか。
 あと、これを教えてくれたイリーナ師はもちろん、ポーリン先生も誤魔化せないだろうな。
 マリアンナは……今度、あいつに実験してやろう。
 本当に見えないのか、私は実験してみることにした。

 1階に降りると、フロントではオーナーがフロント周りの雑巾がけをしていた。
 オーナーと言えども、小さなホテルだから、フロント周りの掃除ぐらいはしないとダメなようだ。
 ベッドメイキングのアルバイトは元々いるのだが、私が来てから飛躍的に売り上げが伸びたからと、外注で掃除のオバさんを派遣してもらえるくらいになった。
 それでも習慣は抜けないということか。
「オーナー」
「ん?」
 私がオーナーに声を掛けると、オーナーがふと顔を上げた。
 そして、周りをキョロキョロした。
「気のせいか……。エレーナの声がしたけど……」
 オーナーは首を傾げて、再びフロントのデスクの拭き掃除を再開した。
 どうやらガチで見えないようだ。
 私はガッツポーズをし、急いで部屋に取って返した。

「クロ、出掛けるよ!」
 私は窓を大きく開け、ホウキに跨った。
「出掛けるって、どこへ?」
「もちろん、飛ぶ練習。これで姿は見えないはずだから」
「しょうがないニャー……」
 クロの背中にGPSを背負わせ、私は自分の右耳にインカムを着けた。
 クロが柄の先端に陣取る。
 すぐにフワリと浮き上がり、窓の外へ大きく飛び出した。
 これで姿は見えないはずだけど……。
「取りあえず、どこ行くニャ?」
「マリアンナの所まで行ってみようか!」
「んニャ!?エレーナの飛行速度じゃ、長野まで日帰りできないニャ!」
「……シビアな黒猫だねぇ……。じゃあ、あの生意気そうな妖狐でも脅かしに行こうか」
「埼玉ならOKだニャン!」
「よーし!ナビ、頼んだよ!」
 GPSはあくまで現在位置を把握する為のもので、ナビゲーションは基本的にクロに任せている。

[同日11:00.東京都北区赤羽上空 エレーナ・マーロン]
(エレーナの一人称です)

 そろそろ“姿隠し”の魔法の効力も切れたことだろう。
 少なくとも地上にいる人間から発見されないように、ある程度の高度を保つ必要があった。
 GPSがあるので、無理して道路や線路の上を飛ぶ必要は無いのだが、取りあえず京浜東北線の上を飛んでいた。
 今、クロはしっかりホウキに乗っているからいいのだが、前みたいに新幹線の上に落ちたりしたらいけない。
 通勤電車だったら、追い付ける自信がある。
 荒川の上に差し掛かろうとした時だった。
「ミャ!?ミャー!ミャー!ミャー!」
 突然クロがパニックを起こした。
「どうしたの、クロ!?」
「ロックオンされたニャ!早く逃げるニャ!」
「ロックオン!?どこから撃ってくるって!?」
「違う!」
 その時、急にエレーナの上に大きな影が被ってきた。
 今日は梅雨晴れで、雲1つ無い快晴の天気だと聞いたが……。
「なに?」
 エレーナが見上げると、クロの言いたいことが分かった。
「はあっ!?」
 そこにいたのは巨大なコウモリ。
 羽を広げたその両翼の長さは7〜8メートルほどもあった。
「ナッパー・バットだニャ!」
「ナッパー・バット!?」
 ナッパー・バット。
 それは魔界に存在する大型かつ凶暴な人喰いコウモリである。
 例え家屋の中に避難していても、急降下して屋根を突き破り、そこにいる家人を2〜3人ほど一気に吊り上げ、自分の巣に持ち帰って食らうとされる。
 図体のでかいコウモリなので、小回りは苦手らしいが、面倒なのはその粘着性である。
 獲物を1度ロックオンすると、獲物の体力が尽きるまでどこへでも追い掛けるという習性がある。
 私のように、同じ飛行物体の場合はその航跡をきっちり辿るという習性も特徴の1つであるという。
 図体はでかく、小回りは利かないが、最高飛行速度は開業当時の新幹線並み(時速210キロ?)だとされる。
 なので、100キロも出せない私が一直線に飛んでいたのでは、すぐに追い付かれてしまう。
 私はなるべくジグザグに飛んで、ヤツがスピードを出せないようにした。
 それにしても……。
「何で魔界のコウモリがこんな所に!?」
「幻想郷の穴ニャ!どこかで幻想郷の穴が開いたんニャ!」
「何ですって!?」
 その穴にたまたま飛び込んだナッパー・バットが、たまたま私をロックオンしたのか。
 ナッパー・バットは基本的に空を飛ぶことくらいしか能の無いモンスターであるが、幻想郷の近代国家、アルカディア王国では魔界正規軍の治安維持部隊が掃討作戦に出たらしく、特に王都アルカディアシティに現れることは無くなったそうだ。
 特に翼を持った翼人系の兵隊が直接空を飛んで、一匹ずつ倒して行ったという話を先生から聞いたことがある。
「あ……」
 その時、私はある方法を思い出した。
 少し危険な賭けだが、成功すればこいつを倒すことができる。
 魔界正規軍・翼人部隊のガーゴイル隊長の武勇伝の中にあった話だ。
「クロ!ガーゴイル隊長が取った作戦、やるよ!」
「ミャ!?危険だニャ!失敗したら、エレーナ死んじゃうニャ!ポーリン師匠に緊急連絡を取るニャ!」
 確かにポーリン先生なら、このコウモリ一匹倒すのは造作も無いことだろう。
 しかし今、どこにおられるか分からない以上、悠長なことをしている暇は無かった。
「クロ、しっかり掴まってて!」
「マジ!?」
「クェーッ!」
「おっと!」
 ナッパー・バットが一気に私に襲い掛かってきた。
 だが、それはかわす。
 初めてこいつの鳴き声を聞いた。
 クェーって、オマエはチョコボか!
 私は飛行高度を一気に上げた。
 無論それだけなら、あの巨大コウモリもついてくる。
 そして、
「行くよーっ!」
「南無三!」
 一気にホウキの柄を70度くらいに下に向け、急降下した。
「クェッ!?……クェーッ!」
 ちょうど急降下しようとした時、ナッパー・バットは口を大きくを開けていたから、また私を食べようとしていたのかもしれない。
 しかし、先に私が急降下した。
 真下に向かうは荒川の川面。
 失敗したら、川面や川底に叩き付けられて死ぬ。
「えいっ!」
 墜落するかしないかという位置で、私は思いっきりホウキの柄を引き上げた。
 今度は急上昇する。
 ジェットコースターでも、こんな狂った角度のものはないだろう。
 ホウキのお尻の部分が川面に触れたが、何とか墜落せずに上昇することができた。

 そして背後では……。

「やったーっ!!」
 案の定、小回りが利かない癖に獲物の航跡を辿って追い掛ける習性が災いし、急降下から急上昇というムリな飛行術ができないヤツは、水面並びに川底に叩き付けられた。
 大きな水柱と水しぶきが上がる。
 
「大成功!」
「さすがだニャ……」
 仮にこれで死んでいなかったとしても、ナッパー・バットは泳げない上、水の中から飛び立つことはできない。
 つまり、最終的には溺死する運命にある。
 どう転んでも、私の勝ちだ。
「あはははははははは!」
 私は嬉しくて大笑いした。
 ガーゴイル隊長の立てた作戦は、自分達は小回りが利くのを最大限に発揮して、小回りの利かない連中をこのように追い込んで自滅させるものだったという。
「クロ、予定変更よ!ヤツがどこから現れたか調査するから!」
「了解ニャ」

 こりゃ意外と早く、先生から与えられた課題を終了させることができそうだ。
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“ユタと愉快な仲間たち” 「幻想郷の穴」 3

2014-06-22 15:23:32 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[6月21日07:00.東北新幹線“なすの”252号 上野→東京 稲生ユウタ&威吹邪甲]

〔♪♪(あのチャイム)♪♪。まもなく終点、東京です。東海道新幹線は14番ホームから19番ホーム。【中略】本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました〕
 上野駅の地下深いホームを発車した列車は、坂を一気に駆け上って地上に出た。
「新幹線から新幹線への乗り継ぎなら楽だからね、威吹、新幹線のキップ用意しといてよ?」
「分かったよ」
 都心のビルの合い間を縫うようにして、東北新幹線の始発列車は東京駅に向かう。
「それにしても……。班長もいい加減だな。『夏期講習会』のお知らせ、今週の始めに言うなんてさ……」
「雪女のことで頭がいっぱいだったんだろう。しょうがないヤツだ」
「僕は宿坊で一泊するけど、威吹は泊まれないから、民宿取ってあるから」
「承知」
 因みに藤谷からの先日の謝礼が伊藤ハムの御中元と、今回の威吹の往復交通費と宿泊費で誤魔化された感がある2人。
 威吹自身はそれくらいの費用を捻出できる余裕があるのだが……。

 こうして、10両編成のE2系列車は東京駅に滑り込んだ。
 この後、折り返すは“やまびこ”か、はたまた“はやて”か。

[同日07:15.東京駅・東海道新幹線ホーム 稲生ユウタ&威吹邪甲]

〔新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。まもなく16番線に、7時26分発、“こだま”635号、名古屋行きが入線致します。安全柵の内側まで、お下がりください〕

「威吹、駅弁!」
「おーう!」
 ユタがホームの売店で朝食の駅弁を買っていると、N700系が風を切って入線してきた。
「ユタも、もう少し食べなって」
「いや、僕はこれでいい」
「もう少し体を大きくしないとなぁ……」
「うん?」
「将来、ボクの食べる分が……あ、いや、何でもないです」
「よろしい。定番車両行くよ」
「はいはい」
 鉄ヲタとして1号車に向かうのはデフォ。
 階段から遠く離れているため、“ひかり”や“のぞみ”はそれでも混んでいるが、“こだま”はガラガラである。

〔「お待たせ致しました。16番線、まもなくドアが開きます。乗車口まで、お進みください。16番、準備できましたら、ドア扱い願います。……お待たせ致しました。どうぞ、ご乗車ください」〕

 1号車の2人席に座ると、早速弁当を開く。

〔ご案内致します。この電車は“こだま”号、名古屋行きです。終点、名古屋までの各駅に止まります〕

「そういえば昨日、カンジが言ってたんだが……」
 威吹が一口、肉と飯を頬張り、お茶を飲んだ後で口を開いた。
「何だい?」
「先日遭遇した魔女。どうやら、幻想郷……つまり、魔界の入口を探しに来たらしいぞ」
「何だって、そんなのを?ていうか、どうしてカンジ君、知ってるの?」
「前にマリアのことで、雑誌社とモメたことがあっただろ?それ以来カンジのヤツ、ちゃっかり記者と知り合いになったらしい。つまり、新聞筋だな」
「もう新聞社は嗅ぎ付けたのか。何か、こっちの新聞に似てるね」
「まあ……」
「でもどうして、魔界の入口なんかを探してるんだろう?」
「魔界の入口付近は瘴気が強いからね、もしかしたら奴らが魔術を使うのに都合がいいんだろうとのことだ」
「マリアさんの屋敷にも、魔界の入口があるらしいね」
「多分、既に宿敵に押さえられたもんだから、新たに自分で探すという魂胆だろう。ご苦労なことだ」
 威吹はそう言って、再び弁当に箸をつけた。
 因みにテーブルには、今頬張っている弁当とは別に弁当箱が置いてあるのは【お察しください】

[同日07:26.東海道新幹線“こだま”635号、1号車 稲生ユウタ&威吹邪甲]

〔「レピーター、点灯です!」〕

 発車の時刻になり、ホームに発車メロディが鳴り響く。

〔16番線、“こだま”635号、名古屋行きが発車致します。ドアが閉まります。ご注意ください。お見送りのお客様は、安全柵の内側までお下がりください〕
〔「お見送りのお客様、お下がりください。……ITV、よーし!ドアが閉まりまーす。ご注意ください」〕

 ピー!(客終合図)

〔「電車から離れてお歩きください」〕

 車内からそんなホームでのやり取りを聞きながら、ユタは朝食を終えた。
「やっぱり足りなくないか?」
「大丈夫だって」
 定刻に東京駅を発車する“こだま”号。

〔♪♪(さて、西と東海どっちのチャイムでしょう?)♪♪。今日も新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は“こだま”号、名古屋行きです。終点、名古屋までの各駅に止まります。次は、品川です〕

「まあ、これで新富士までのんびりと……できないか」
 ユタは既に弁当3個目に突入している威吹を見た。
「ボクのことは気にしなくていいから」
 威吹は笑い掛けて答えた。

[同日09:00.東京都江東区森下 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン&イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

「お世話になったわね」
「チェック・アウトですか?」
「そう」
 イリーナはフロントにいるエレーナにルームキーを渡した。
「そろそろポーリンが幻想郷から戻って来る頃だろうから」
「ポーリン先生が!」
「そう。あと、これ、チップよ」
 イリーナは文庫本サイズの本を置いた。
 サイズが文庫本なら、厚さもその程度のものである。
「これは……魔道書?」
「飛ぶ練習がしたくてもできないんでしょう?この本の中にヒントがあるから、参考にしてみて」
「でも私、あなたから物を受け取ったとポーリン先生に知られたら……」
「大丈夫よ。答えが分かったら、消えるようになってるから」
「ええっ?」
「それじゃ、お世話さま」
「あ、ありがとうございました」

[同日同時刻 国道139号線 西富士道路 富士宮方面 稲生ユウタ&威吹邪甲]

「オラ、もたもたすんな!とっとと行けっ!」
「い、痛ぇよォ……クスン……」
「まあまあ、威吹」
 イラついて運転席を後ろから蹴飛ばす威吹。
 苦笑しながら宥めるユタ。
 運転席には顔中あざだらけのケンショー・ブルーと、
「それでは、ブルーが新東名高速に入ります」
 同じく威吹にボコボコにされてケガをしているのに、助手席でポーカーフェイスの司会をするケンショー・ブラックの姿があった。
「入るなっての!地獄に行きたいか、コラ!!」
「……中止して、直進致します」
 新富士駅でタクシーに乗ろうとしたユタと威吹。
 3〜4人で乗れば料金がだいぶ浮くことから、便乗者を探していたのだが(法華講式タクシー乗車法)、何故か旧式の日産・シーマがやってきて、ケンショー・ブルーとブラックが襲ってきたので(ブラックは司会をするだけだったが)、威吹が素手で簡単にボコボコにした。
 因みにブルーとブラック、イエローの車を車検に持って行くという理由で、そのまま無断拝借したらしい。
「いやあ、いい車だなぁ、おい」
「威吹先生が、草履のままシートの上に乗ります」
「ああっ!?イエロー先生の車だぜっ!?汚すなよ!?絶対汚すなよ、ああっ!?」
「うるせっ!」
「威吹先生が、運転席を蹴飛ばします。ブルー、弾みでハンドルに顔をぶつけます」

 何はともあれ、タクシー代を丸々浮かした2人だった。

「右手には富士山が見えます。これより向かいます大石寺は山号を大日蓮華山といい、これも略称でありますが、日蓮正宗開祖であるところの第2祖日興上人が南条時光殿からの土地の寄進を受け……」
 司会を諦め、観光案内を始めるブラックだった。

 ていうかブラック(矢島総務)は司会だけでなく、地方大会の時は周辺の観光案内なんかやらせると結構ガチ役だと思うのは私だけか?
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“ユタと愉快な仲間たち” 「それぞれの事情」

2014-06-22 02:18:55 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[6月20日13:00.東京都墨田区菊川→江東区森下 稲生ユウタ&威吹邪甲]

「しかし、藤谷班長にも困ったものだな……」
 藤谷組の本社ビルを出たユタと威吹。
 ユタの提案で、帰りは森下駅から都営大江戸線に乗ってみることにした。
 新大橋通りを西に向かって歩く。
 その最中、威吹がボヤいた。
「まあまあ。班長も初めてのことなんで、戸惑っているだけだよ」
 ユタがフォローするように答えた。
「だからって、巻き込まされてもなぁ……」
「これは貸しでいいって言ってたじゃん。僕的には、いつもお世話になってるからさ」
「だけどね、もし藤谷班長と連合会との間で何かいざこざがあった時に、ユタに迷惑が掛かる恐れがあるからね……」
 面接者とその付き添い者は、純白の着物に袴……ではなく、これまた就職試験かと思うような、スーツ姿で来た。
 威吹のような齢ン百年の古い者以外は、普段から着物を着るということは無いらしい。
 というか、人間界での生活状況によっては冬以外それを着ない者までいるとのこと。
 結局藤谷はその場での決断はせず、後日に合否通知を送るとのことだった。
「あの分だと、『最終試験に合格しましたので、○月×日△△時に■■にお越しください』って、先延ばしにしそうだぞ」
 ユタはそう言った。
「またかよ。往生際の悪いヤツだな~」
 威吹が呆れるとユタも、
「折伏対象者が迷っていると、『男なら、ここで1発決めんかい!』と攻めるオジさんなのにねぇ……」
 と。
「女に攻められる方には弱いってか」

 そんなことを話しながら、2人は森下駅前のバス停付近に差し掛かった。
「むっ!?」
 向こうから歩いて来る者に見覚えがあり、威吹はユタの前に立った。
「あ!」
 向こうも気づいたらしい。
 それは、エレーナだった。
 両手に食料品や日用品の入ったビニール袋を提げている。
「ほほう……。ここで会ったが百年目というヤツだな」
 威吹は場所柄刀は抜かず、右手だけで骨を鳴らした。
「くそ、こんな時に……」
 エレーナはしまったといった感じで、2~3歩後ずさった。
「その荷物……。もしかして、この辺りに住んでるの?」
 ユタが聞いた。
「そう。ちょっと、世話になってて……」
「ユタ。話など聞かなくていい!両手が塞がっている今が絶好の……!」
「こんな街中でやめなって。交番も近くにあるから面倒なことになるぞ?」
「しかし……。こいつは、キミとも因縁のある魔女だぞ?」
「そのことについて聞きたいことがある。キミの家にお邪魔していいかな?」

[同日13:30.ワン・スター・ホテル ユタ、威吹、エレーナ]

「ホテル住まいなの!?」
 1階の小さなロビーに3人はいる。
 ユタが驚いていると、
「ポーリン先生の紹介でね。どんな繋がりがあるか、私も知らない」
「片や信州の森の中、片や江戸の旅籠か。どういう連中だ……」
 威吹の言葉をスルーし、エレーナは茶色の瞳をユタに向けた。
「で、何の用?私、仕事の途中だから」
「仕事?」
「良からぬことか?」
「うちのホテルの仕事ですよ」
 ホテルのオーナーが茶を運んできた。
 日本人の壮年である。
「外国人のお客様が多いので、通訳してもらってるんです」
 とのことだ。
「エレーナ。今はいいから、ここでゆっくり話をしていなさい」
 との計らいもしてくれた。
「はーい」
「どうも、すいません」
 オーナーがフロントに戻ると、
「マリアさんのことを週刊誌に流したこととか、キノ……鬼族の蓬莱山鬼之助をけしかけようとしたこととか、御開扉を妨害しようとしたこととか……」
 ユタが口を開いた。
「ああ。全部私がやった。それが何か?」
「こいつ、いけしゃあしゃあと……」
 威吹はムカついた様子で、エレーナを見据えた。
「まあまあ、威吹。それはあなたの自発的なものによるものですか?」
 とユタが聞くと、
「ぷっ……!」
 エレーナは吹き出した。
 そして、ひとしきり笑う。
「何がおかしい!?」
 威吹が文句を言った。
「いや……。今のあなたの質問、別のヤツにもされたからさ……」
「別の……ヤツ?」
 その時、フロント横のエレベーターのドアが開いた。
 そこから降りて来る者が1人。
「あふ……」
 欠伸をしながらやってきたのは、
「イリーナさん!?」
 イリーナだった。
「あら?珍しいわね。稲生君達のお寺って、この近くだっけ?」
「い、いや、今日は参詣じゃなくて……。それより、どうしてイリーナさんがここに?」
「まあ、私も少しワケありかな。ま、大したことじゃないよ。じゃ、私はちょっと出かけてくるから」
「行ってらっしゃい」
 イリーナはオーナーに鍵を預けて、外出していった。
 それを見送った後、エレーナは言った。
「あの人の弟子よ、同じ質問したの」
「ええっ!?」

[同日15:02.森下駅大江戸線ホーム ユタ、威吹]

〔まもなく3番線に、両国、春日経由、都庁前行き電車が到着します。ドアから離れて、お待ちください。……〕

 ユタ達はホテルをあとにすると、予定通り、大江戸線の乗り場に向かった。
 トンネルの向こうから轟音を立てて、電車がやってくる。

〔森下、森下。都営新宿線は、お乗り換えです〕

 電車に乗り込む2人。
 寸法の小さめな電車は、慣れないと圧迫感を感じるかもだ。
 軽めの短いメロディが流れた後、電車はすぐに発車した。

〔次は両国(江戸東京博物館前)、両国(江戸東京博物館前)。JR線は、お乗り換えです〕

(江戸東京博物館か……。威吹を連れて行ったらガチだろうな)
 ユタはそう思った。
 もっとも、当の江戸時代生まれの本人はそんなに関心が無いどころか、
「新宿の時点で江戸を出てるから、ちょっと違うかな……」
 と、ドアの上の路線図を見てダメ出しである。
 都営地下鉄なのだから、その運営母体である都庁の所在地、新宿が中心になるのはしょうがないことだが……。
「それより、エレーナとイリーナさんが1つ屋根の下ってのは驚きだな?」
 ユタがそう振ると、威吹は頷いた。
「まこと、あいつらの思考は神仏のように計りしれんね」
 そう言って、肩を竦めた。

[同日同時刻 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン]

「それではミスター・ブラウン。本日より2泊のご利用ですね」
 通訳だけだったエレーナだったが、今ではすっかりフロント業務をこなしている。
 さっきまで流暢な日本語を話していたと思ったら、今度は英語だ。
「402号室です」
 宿泊客はエレーナを見て、東欧辺りの人間が働いていると思っているらしい。
 まさか、世が世ならキリスト教から火刑にされる側の存在だとは思うまい。
 最近ではホテルの看板娘のようになったせいか、
「エレーナが来てくれてから、ホテルの売り上げが伸びたよ」
 と、オーナーも喜んでいた。
 無論、何かそうなるような魔法を使ったわけでもないし、特段商才があるわけでもない。
 アルバイト感覚で、それこそ近所にあるコンビニやファストフードの店員と何ら変わらぬと思っている。
 恐らくは、とある悪魔が、既に布石を敷いているのだと思う。
 何故なら、既にエレーナに契約させる悪魔については内々定しているからだ。
 それは七つの大罪の1つ、“強欲”の悪魔、マモン。
 ここでいう強欲とは物欲や金銭欲のことで、契約することで金運がケタ違いにアップする。
 対応悪魔はマモンで、動物は狐や針鼠とされる。
 だから日本でも、狐……つまり、稲荷大明神を祀る稲荷神社は、商売繁盛の御利益があると世間では認知されているが、それで……。
 だからエレーナは威吹達、妖狐を見ると、既に自分の背後にいて手ぐすね引いて待っている(免許皆伝)、マモンの化身が気になるのだ。
(“嫉妬”はイリーナ師、“傲慢”はポーリン先生。そしてマリアンナは、“怠惰”か……。まあ、マリアンナは離されたけど……。内々定で私が“強欲”ということは、まだ“色欲”と“暴食”が残ってるか……。ま、それだけ魔道師が足りないということでもあるか……)
 エレーナはそう思った。
 もっとも、そこまでは弟子の分際が考えることではないが……。
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