[9月11日12:00.天候:晴 東北工科大学・南里志郎記念館 平賀太一、平賀奈津子、3号機のシンディ]
「あら、シンディ?どうしたの?」
「ああ、これはこれは奈津子博士。お久しぶりです」
平賀奈津子は太一とは別の大学で専任講師をしている。
これは太一が大学生時代から卒業後も大学院にて南里に師事し続けたのに対し、奈津子は大学卒業後、海外へ留学した為。
シンディはエントランスに入ってきた奈津子を認識すると、ペコリとお辞儀した。
「何か社長が、『エミリーを気晴らしに外に連れてやる』ということで。私が代わりにここで留守番をすることになりました」
「そうなの。あの人のことだから、嫌がってなかった?」
「地下研究室に籠もって、ドアロックを何重にも掛けております」
「今のシンディは、もう暴れたりしないのにねぇ……」
奈津子は眼鏡を押し上げて言った。
「私ではロックが解除できませんが……」
「いいよ。私なら解除できるから。何かあったら呼ぶから、ここで待ってて」
「かしこまりました」
奈津子はそう言って、地下研究室へ向かう階段を下りて行った。
シンディは奈津子を見送ると、また暇そうに受付の椅子に座り込んだのだった。
(姉さんみたいにピアノでも弾けたらなぁ……)
エントランスの片隅にあるグランドピアノをチラッと見てシンディは溜め息をついた。
(しゃあねぇ。セキュリティ・ロボットでもイジってくるか……)
[同日15:00.宮城県仙台市青葉区・スーパーホテル国分町 敷島孝夫、アリス・シキシマ 1号機のエミリー]
「ホテルに荷物を置いて、それからまた大学へ向かおう。そろそろ何か分かるかもしれない」
ということで、まずはチェック・インする。
「エミリーは後でシンディと交替するから」
「かしこまりました」
「本当はシンディと一緒にいたいだろうけど、シンディの整備もしないといけないし、まだ不安な所があるからね。悪いね」
「いえ……」
ホテルに入ってチェック・インする。
因みに敷島とアリスの部屋はダブルである。
「男女入れ替え制だが、大浴場もあるみたいだ。後で入ってみる?」
「いいね!」
というわけで、今度はタクシーを拾って大学まで向かった。
[同日15:30.同区 東北工科大学・南里志郎記念館 敷島、アリス、平賀太一、平賀奈津子、エミリー、シンディ]
シンディに跪いて、彼女のブーツを磨くバージョン4.0がいた。
シンディは足を組んで、ふんぞり返って座っている。
この記念館は何も、南里の生涯を顕彰するだけの記念館ではない。
ウィリアム・フォレスト(通称、ドクター・ウィリー)との戦いについても紹介され、その研究の負の遺産として、バージョン・シリーズも展示されている。
普段はバッテリーが抜かれて動けなくなっているが、シンディは暇なのでバッテリーを装着して相手させていた。
設定上、マルチタイプの命令を聞くことになっている。
で、今はシンディのブーツを磨かせているという女王様ぶりだ。
「バージョン1000のこと、何か知ってる?」
「……何モ存ジマセン。データニ有リマセン」
4.0はロボット喋りで答えた。
「あ゛っ゛?やばっ、姉さんだ!」
敷島達が入って来る。
「ん?おい、シンディ!お前はまた勝手に展示品を動かして!」
「ちちち、違うのよ。ちょっと掃除でもしてよーかなーなんて……。ほら、そこ!サボってんじゃないよ!!」
エミリーはジト目でシンディを見た。
「きれいに・なって・いるのは・シンディの・ブーツだけ・のようだ・が?」
「き、気のせいよ、気のせい!」
「いいから、早く戻して来い!」
「はーい!」
「お前達、元の・場所に・戻れ」
「アラホラサッサー!」
「ホラサッサー!」
エミリーは配下のバージョン・シリーズ達に命令を出した。
「シンディも落ち着きの無いヤツだ」
「それで、じー様は暴れさせていたからねぇ……」
「後片付けはシンディにやらせるとして、エミリー、地下研究室に行くから案内してくれ」
「イエス。敷島・社長」
地下研究室へのアクセス権限は、エミリーにも持たされている。
一応、表向きは『館の女主人』という肩書きがあるからだ(人間の管理者は平賀太一で間違いない)。
地下研究室に行くと、既にエミリーの前のボディは片付けられている。
「どうですか、平賀先生?解析の方は順調ですか?」
「ああ、敷島さん。もう少し、ゆっくりなさっても良かったんですよ?」
「会社とのやり取りで、それどころじゃなかったですねぇ……」
「何か問題でも?」
「いや、おかげさまで、何も問題は無いんですがね。シルバーウィークに行われる『ボカロ・フェス』への調整も順調ですし……」
「それは良かったですね。……まあ、こちらも一応、解析は進めてみました」
「で、どうなんですか!?」
「まあ……何というか……」
「えっ?」
「一応、伝助博士も年齢が年齢なので、パスコードを紛失してしまった時の為に、保険は掛けていたようです。キールのメモリーが正規のパスコードだったんですが、一応、予備のパスコードも用意していたらしく、それでアクセスしてもOKな設定になっています」
「で、その予備のパスコードとやらはどこに?」
「うーん……それが、何だかよく分からないんですよ」
「え?」
奈津子が続いて答える。
「『3号機の鍵』って多分、シンディの前のボディから出て来た鍵のことじゃないかと思うんです」
「ああ!あれ、どこにやったっけ?」
「ここの記念館で保存していますよ。あれ、鍵のイミテーションかと思っていたんですが、本当にどこかを開ける鍵のようですね」
「なるほど。で、どこかって、どこかが分からないと……?」
「そういうことです。その情報も、警察が持っていった方に入ってるのかなぁ……?」
「シンディの前のボディの中から出て来たってことは、シンディやウィリーに関係する場所だってことでは?」
「例えば?」
「ウィリーの……隠れ家とか?」
「それ、もしかして藤野にあった十条達夫博士のお宅のことですか?」
「う……爆発して無くなっちゃった。あそこには、変なロボットなんていなかったぞ。……人間の動く死体のようなものはあったけど」
「ケンショーレンジャーみたいに、サイボーグの可能性がありますね」
「伝助博士がオリジナルで研究・開発していたのかな?でもその研究資料も、警察が押収しちゃったみたいだし……」
「何だかよく分かりませんねぇ……」
「もう少し詳しく解析してみますよ。すいませんが、打ち上げはまた別の日ってことで」
「あー、そうですね。じゃあ、シルバーウィークの『ボカロ・フェス』が終わった後でというのはどうでしょう?」
「それなら解析も終わってるでしょうから」
[同日17:00.同場所 敷島、アリス、エミリー、シンディ]
毎日17時になると、エミリーはエントランスの片隅に置かれているグランドピアノを何曲か弾く。
今日はシンディもいるので、フルートを持ち出し、合奏した。
エミリーのピアノにはファンもいるらしく、学生達がよく聴きに来る。
今日はシンディもいるということで、いつもより人数が多い感じがした。
エミリーの識別信号を戯曲化した『人形裁判』、シンディの識別信号を戯曲化した『千年幻想郷』、アルエットの識別信号を戯曲化した『竹取飛翔』、そしてキールの識別信号を戯曲化した『明日ハレの日、ケの昨日』を演奏中に、エミリーは涙を流した。
最後に『未知の花、魅知の旅』を演奏して終わると、学生達から拍手が起きた。
エミリーは涙を拭いて、シンディと一緒にお辞儀をする。
ホテルに戻るタクシーの中、敷島はシンディに聞いた。
「『千年幻想郷』の後で、少し間があったよな?もしかして、『明日ハレの日、ケの昨日』を演奏するかどうかで迷ったんじゃないのか?」
シンディは苦笑して、
「そうなの。アタシはむしろレイチェルの『上海紅茶館』をやりたかったんだけど、姉さんがどうしてもって言うからね。また泣いちゃうからやめとけって言ったんだけど……」
「ま、エミリーの好きにさせてやりな。さすがにそろそろキールで、懲りただろう」
「……だと、いいんだけどね」
「タカオ!」
「何だよ?」
「ホテルの近くに、牛タン屋があるってよ!?」
手持ちのスマホでチェックしていたアリス。
「はあ!?食う気か!?」
「当たり前じゃない!せっかく仙台に来たんだから!」
「あー、もう……」
新たな脅威の名前は出ているが、今のところは何とか平和が戻ったようである。
「あら、シンディ?どうしたの?」
「ああ、これはこれは奈津子博士。お久しぶりです」
平賀奈津子は太一とは別の大学で専任講師をしている。
これは太一が大学生時代から卒業後も大学院にて南里に師事し続けたのに対し、奈津子は大学卒業後、海外へ留学した為。
シンディはエントランスに入ってきた奈津子を認識すると、ペコリとお辞儀した。
「何か社長が、『エミリーを気晴らしに外に連れてやる』ということで。私が代わりにここで留守番をすることになりました」
「そうなの。あの人のことだから、嫌がってなかった?」
「地下研究室に籠もって、ドアロックを何重にも掛けております」
「今のシンディは、もう暴れたりしないのにねぇ……」
奈津子は眼鏡を押し上げて言った。
「私ではロックが解除できませんが……」
「いいよ。私なら解除できるから。何かあったら呼ぶから、ここで待ってて」
「かしこまりました」
奈津子はそう言って、地下研究室へ向かう階段を下りて行った。
シンディは奈津子を見送ると、また暇そうに受付の椅子に座り込んだのだった。
(姉さんみたいにピアノでも弾けたらなぁ……)
エントランスの片隅にあるグランドピアノをチラッと見てシンディは溜め息をついた。
(しゃあねぇ。セキュリティ・ロボットでもイジってくるか……)
[同日15:00.宮城県仙台市青葉区・スーパーホテル国分町 敷島孝夫、アリス・シキシマ 1号機のエミリー]
「ホテルに荷物を置いて、それからまた大学へ向かおう。そろそろ何か分かるかもしれない」
ということで、まずはチェック・インする。
「エミリーは後でシンディと交替するから」
「かしこまりました」
「本当はシンディと一緒にいたいだろうけど、シンディの整備もしないといけないし、まだ不安な所があるからね。悪いね」
「いえ……」
ホテルに入ってチェック・インする。
因みに敷島とアリスの部屋はダブルである。
「男女入れ替え制だが、大浴場もあるみたいだ。後で入ってみる?」
「いいね!」
というわけで、今度はタクシーを拾って大学まで向かった。
[同日15:30.同区 東北工科大学・南里志郎記念館 敷島、アリス、平賀太一、平賀奈津子、エミリー、シンディ]
シンディに跪いて、彼女のブーツを磨くバージョン4.0がいた。
シンディは足を組んで、ふんぞり返って座っている。
この記念館は何も、南里の生涯を顕彰するだけの記念館ではない。
ウィリアム・フォレスト(通称、ドクター・ウィリー)との戦いについても紹介され、その研究の負の遺産として、バージョン・シリーズも展示されている。
普段はバッテリーが抜かれて動けなくなっているが、シンディは暇なのでバッテリーを装着して相手させていた。
設定上、マルチタイプの命令を聞くことになっている。
で、今はシンディのブーツを磨かせているという女王様ぶりだ。
「バージョン1000のこと、何か知ってる?」
「……何モ存ジマセン。データニ有リマセン」
4.0はロボット喋りで答えた。
「あ゛っ゛?やばっ、姉さんだ!」
敷島達が入って来る。
「ん?おい、シンディ!お前はまた勝手に展示品を動かして!」
「ちちち、違うのよ。ちょっと掃除でもしてよーかなーなんて……。ほら、そこ!サボってんじゃないよ!!」
エミリーはジト目でシンディを見た。
「きれいに・なって・いるのは・シンディの・ブーツだけ・のようだ・が?」
「き、気のせいよ、気のせい!」
「いいから、早く戻して来い!」
「はーい!」
「お前達、元の・場所に・戻れ」
「アラホラサッサー!」
「ホラサッサー!」
エミリーは配下のバージョン・シリーズ達に命令を出した。
「シンディも落ち着きの無いヤツだ」
「それで、じー様は暴れさせていたからねぇ……」
「後片付けはシンディにやらせるとして、エミリー、地下研究室に行くから案内してくれ」
「イエス。敷島・社長」
地下研究室へのアクセス権限は、エミリーにも持たされている。
一応、表向きは『館の女主人』という肩書きがあるからだ(人間の管理者は平賀太一で間違いない)。
地下研究室に行くと、既にエミリーの前のボディは片付けられている。
「どうですか、平賀先生?解析の方は順調ですか?」
「ああ、敷島さん。もう少し、ゆっくりなさっても良かったんですよ?」
「会社とのやり取りで、それどころじゃなかったですねぇ……」
「何か問題でも?」
「いや、おかげさまで、何も問題は無いんですがね。シルバーウィークに行われる『ボカロ・フェス』への調整も順調ですし……」
「それは良かったですね。……まあ、こちらも一応、解析は進めてみました」
「で、どうなんですか!?」
「まあ……何というか……」
「えっ?」
「一応、伝助博士も年齢が年齢なので、パスコードを紛失してしまった時の為に、保険は掛けていたようです。キールのメモリーが正規のパスコードだったんですが、一応、予備のパスコードも用意していたらしく、それでアクセスしてもOKな設定になっています」
「で、その予備のパスコードとやらはどこに?」
「うーん……それが、何だかよく分からないんですよ」
「え?」
奈津子が続いて答える。
「『3号機の鍵』って多分、シンディの前のボディから出て来た鍵のことじゃないかと思うんです」
「ああ!あれ、どこにやったっけ?」
「ここの記念館で保存していますよ。あれ、鍵のイミテーションかと思っていたんですが、本当にどこかを開ける鍵のようですね」
「なるほど。で、どこかって、どこかが分からないと……?」
「そういうことです。その情報も、警察が持っていった方に入ってるのかなぁ……?」
「シンディの前のボディの中から出て来たってことは、シンディやウィリーに関係する場所だってことでは?」
「例えば?」
「ウィリーの……隠れ家とか?」
「それ、もしかして藤野にあった十条達夫博士のお宅のことですか?」
「う……爆発して無くなっちゃった。あそこには、変なロボットなんていなかったぞ。……人間の動く死体のようなものはあったけど」
「ケンショーレンジャーみたいに、サイボーグの可能性がありますね」
「伝助博士がオリジナルで研究・開発していたのかな?でもその研究資料も、警察が押収しちゃったみたいだし……」
「何だかよく分かりませんねぇ……」
「もう少し詳しく解析してみますよ。すいませんが、打ち上げはまた別の日ってことで」
「あー、そうですね。じゃあ、シルバーウィークの『ボカロ・フェス』が終わった後でというのはどうでしょう?」
「それなら解析も終わってるでしょうから」
[同日17:00.同場所 敷島、アリス、エミリー、シンディ]
毎日17時になると、エミリーはエントランスの片隅に置かれているグランドピアノを何曲か弾く。
今日はシンディもいるので、フルートを持ち出し、合奏した。
エミリーのピアノにはファンもいるらしく、学生達がよく聴きに来る。
今日はシンディもいるということで、いつもより人数が多い感じがした。
エミリーの識別信号を戯曲化した『人形裁判』、シンディの識別信号を戯曲化した『千年幻想郷』、アルエットの識別信号を戯曲化した『竹取飛翔』、そしてキールの識別信号を戯曲化した『明日ハレの日、ケの昨日』を演奏中に、エミリーは涙を流した。
最後に『未知の花、魅知の旅』を演奏して終わると、学生達から拍手が起きた。
エミリーは涙を拭いて、シンディと一緒にお辞儀をする。
ホテルに戻るタクシーの中、敷島はシンディに聞いた。
「『千年幻想郷』の後で、少し間があったよな?もしかして、『明日ハレの日、ケの昨日』を演奏するかどうかで迷ったんじゃないのか?」
シンディは苦笑して、
「そうなの。アタシはむしろレイチェルの『上海紅茶館』をやりたかったんだけど、姉さんがどうしてもって言うからね。また泣いちゃうからやめとけって言ったんだけど……」
「ま、エミリーの好きにさせてやりな。さすがにそろそろキールで、懲りただろう」
「……だと、いいんだけどね」
「タカオ!」
「何だよ?」
「ホテルの近くに、牛タン屋があるってよ!?」
手持ちのスマホでチェックしていたアリス。
「はあ!?食う気か!?」
「当たり前じゃない!せっかく仙台に来たんだから!」
「あー、もう……」
新たな脅威の名前は出ているが、今のところは何とか平和が戻ったようである。