[3月4日22:00.天候:雨 神奈川県相模原市緑区 (独)国家公務員特別研修センター3F宿泊室]
外は強い雨が降っていた。
どうやら超絶暖冬であったようで、今回は雪を見る事はなかったな。
これではスキーワックスも売れず、雪で商売する人達は大変なことになっただろう。
愛原:「はい、乾杯」
高橋:「乾杯っス」
私達は風呂から上がると、高野君には内緒で風呂上りのビールをもう一杯飲んでいた。
夕食の時とは別のおつまみを購入することも忘れない。
あの時は柿の種とかピーナッツだったが、他にさきいかもあったのでそれを購入した。
風呂に入ると汗をかいて体内の塩分が失せてしまうからな、さきいかの塩味で塩分補給だ。
研修所とはいえ、ビールの自販機があって助かった。
そこで缶入りや箱入りのおつまみも売ってるからな。
高橋:「明日は何時に起きますか?」
愛原:「7時くらいでいいだろう。善場主任は9時に到着するというし、朝食も7時から9時までみたいだ」
高橋:「分かりました。やっとまともな飯が食えそうですね」
愛原:「まあな」
最後の晩酌が終わると、私はトイレに行った。
部屋には洗面台が備え付けられているが、さすがに1つしか無いので、歯磨きは先に高橋に使わせることにした。
因みに使い捨て歯ブラシなどのアメニティも備え付けられていないので、これも持参しなければならない。
愛原:「ふう……」
トイレは無機質な空間ながら、そんなに暗くて汚いわけでもない。
便器は最新型ではないが、一応はセンサー式だし、個室を見てもウォッシュレットになっている(家庭用みたいにタンクに水を溜め、そこに付いているレバーを押して流すタイプ)。
洗面台もセンサー式で、水を出すとすぐにお湯に変わった。
愛原:「最近の合宿所ってこんな感じなのか……。俺が学生の時は、もっと古くて暗くて怖い所だったんだがな……」
学生向けの合宿所と、社会人向けの合宿所の違いだろうか。
トイレから出ると、向かいの女子トイレのドアからリサが出て来た。
リサ:「あ、先生」
愛原:「何だ、まだ起きてたのか」
リサ:「もうすぐ寝るところ」
愛原:「そうか。高野君は何時に起きるって?」
リサ:「6時半だって」
愛原:「6時半?そりゃまたどうしてだ?」
リサ:「高野さんが、『朝食は7時から』だって言ってた」
愛原:「そうだな。7時から9時までだ」
リサ:「6時半に起きて、朝の支度を30分でやればちょうどいいからって」
愛原:「なるほど。高野君は朝食開始時間に合わせたか」
私は朝食時間中に行けば良いと思っていたが、よくよく考えてみれば善場主任が早く来る可能性も有り得る。
そう考えると、さっさと朝食は済ませた方がいいのかもしれない。
愛原:「分かった。俺達もその時間に起きるとしよう」
リサ:「高野さんに伝えとく。……愛原先生」
リサは照れ臭そうな顔を浮かべた。
愛原:「何だ?」
リサ:「ちょっと顔近づけて」
愛原:「んん?」
私は少し屈んで、リサの頭と同じ高さまで頭を下げた。
するとリサ、私の唇に軽く自分の唇を重ねた。
愛原:「!?」
リサ:「『おやすみのチュー』だよ」
愛原:「お、お前なぁ……」
リサ:「おやすみなさい」
リサはパタパタと自分の部屋に戻って行った。
うーむ……ああいうのも、学校で教わって来るのだろうか?
高橋:「あ、先生。洗面台空けておきました」
愛原:「ああ、すまない。もう歯磨きはいいのか?」
高橋:「はい。ソッコーで済ませました」
私が部屋に戻ると、高橋は御丁寧に自分が使った後をタオルで拭いていた。
愛原:「高橋、明日の起床時間は6時半な?」
高橋:「6時半ですか?」
愛原:「ああ。隣の高野君達がその時間に起きるらしいから、俺達もその時間で」
高橋:「なるほど。おおかた、朝飯の開始時間に合わせるってところですかね」
愛原:「まあ、そういうことだな」
高橋:「懐かしいですよ。俺が収監されてた時の起床時間がそれでしたからね」
愛原:「それでお前、いつも6時半に起きてるのか?」
私より先に起きて朝食の準備をしてくれているのだが、10代からの習慣らしい。
高橋:「俺も便所行ってきます」
愛原:「おーう。カードキー忘れんなよ」
高橋:「分かってます」
何故かこの研修所の部屋のドア、ホテルみたいにオートロックになっている。
これが無いと締め出される寸法だ。
多分このビジターカードは、指定された宿泊室のドアしか開ける権限が与えられていないのだろうな。
一番権限の弱いカードだ。
ま、ビジターカードなんてそんなもんだ。
施設によっては、カードキーの機能すら無い場合もある。
高橋は暫く戻って来なかった。
トイレに行ったついでに喫煙所で一服しているのかもしれない。
高橋:「戻りましたー」
愛原:「遅かったな。ついでに一服してたのか?」
高橋:「そうっス。そしたら、あのレズビアンが絡んで来やがりまして……」
愛原:「子供相手に本気になるなよ?」
高橋:「分かってます。ていうか、ケンカ売られたわけじゃないんです」
愛原:「どういうことだ?」
高橋:「何かあいつ、家のメイドとラインやってるらしくて……」
愛原:「別にいいじゃないか。それがどうした?」
高橋:「何か、メイドが俺とラインやりたがってるって言うんですよ」
愛原:「それは、あれか?東京の方のマンションで、絵恋さんの専属メイドをやっているっていう……」
高橋:「そうですそうです」
愛原:「出発前にもお前に声を掛けてたからな。お前のことが気になるんじゃないの?」
私は笑みを浮かべて言った。
高橋は自称ゲイだが、見た目は本当にイケメンだからな。
女性の方から寄って来ても、何の違和感も無い。
高橋:「俺には迷惑ですがね」
愛原:「いいから、友達申請くらい受けてあげたら?」
高橋:「いや、何か違和感あるんス、あいつ」
愛原:「どういうことだ?」
高橋:「あいつ……俺と似たような臭いを出してやがりまして……。もしかしたら、あいつも収監歴があるのかもしれませんよ?」
愛原:「まさかー?前科者を差別するのは良くないけど、俺はともかく、あの天下の斉藤社長が自分の愛娘の世話係にそんな前科者を付けるかね?」
高橋:「いや、分かりませんけど。こんな前科者の俺を弟子兼助手にしてくれて、俺的には先生にマジでパなく感謝してるんです」
愛原:「そりゃどうも」
高橋:「俺は収監前、やっぱ前科者の女と絡んだことがありまして、そいつに臭いが似てるんですよ」
愛原:「ふーん……。じゃあ、お前と同じくらいケンカが強いのかね?」
高橋:「ケンカっつーか……。俺はこう見えても、相手に血しぶきは噴かせても、殺しまではやってませんよ?」
愛原:「知ってるよ」
高橋:「あいつからはそれ以上の『血の臭い』がしたんです」
愛原:「気のせいだろ?それってつまり、殺人……」
高橋:「殺しをやっても、未成年なら死刑にならないっスからね。俺がケンカで収監される前、そういう女と会ったことがあって、それで何となくそうかなって思ったんです」
愛原:「何となくだろ?気のせいだよ」
確かにあのメイドさん、どこか陰があるような感じはした。
それは私も探偵という仕事をしているし、その前は警備員として人を見る仕事を長年していたから、高橋の感覚は分からなくもない。
高橋:「そうっスかねぇ……」
愛原:「まあ、アレだ。まだあのメイドさん、名前も知らないんだからさ、明日絵恋さんに名前を聞いて、それから友達申請を受けるかどうか決めよう」
高橋:「はあ……」
今夜はそれで話を終わりにし、私達は部屋を消灯してベッドに入ったのだった。
外は強い雨が降っていた。
どうやら超絶暖冬であったようで、今回は雪を見る事はなかったな。
これではスキーワックスも売れず、雪で商売する人達は大変なことになっただろう。
愛原:「はい、乾杯」
高橋:「乾杯っス」
私達は風呂から上がると、高野君には内緒で風呂上りのビールをもう一杯飲んでいた。
夕食の時とは別のおつまみを購入することも忘れない。
あの時は柿の種とかピーナッツだったが、他にさきいかもあったのでそれを購入した。
風呂に入ると汗をかいて体内の塩分が失せてしまうからな、さきいかの塩味で塩分補給だ。
研修所とはいえ、ビールの自販機があって助かった。
そこで缶入りや箱入りのおつまみも売ってるからな。
高橋:「明日は何時に起きますか?」
愛原:「7時くらいでいいだろう。善場主任は9時に到着するというし、朝食も7時から9時までみたいだ」
高橋:「分かりました。やっとまともな飯が食えそうですね」
愛原:「まあな」
最後の晩酌が終わると、私はトイレに行った。
部屋には洗面台が備え付けられているが、さすがに1つしか無いので、歯磨きは先に高橋に使わせることにした。
因みに使い捨て歯ブラシなどのアメニティも備え付けられていないので、これも持参しなければならない。
愛原:「ふう……」
トイレは無機質な空間ながら、そんなに暗くて汚いわけでもない。
便器は最新型ではないが、一応はセンサー式だし、個室を見てもウォッシュレットになっている(家庭用みたいにタンクに水を溜め、そこに付いているレバーを押して流すタイプ)。
洗面台もセンサー式で、水を出すとすぐにお湯に変わった。
愛原:「最近の合宿所ってこんな感じなのか……。俺が学生の時は、もっと古くて暗くて怖い所だったんだがな……」
学生向けの合宿所と、社会人向けの合宿所の違いだろうか。
トイレから出ると、向かいの女子トイレのドアからリサが出て来た。
リサ:「あ、先生」
愛原:「何だ、まだ起きてたのか」
リサ:「もうすぐ寝るところ」
愛原:「そうか。高野君は何時に起きるって?」
リサ:「6時半だって」
愛原:「6時半?そりゃまたどうしてだ?」
リサ:「高野さんが、『朝食は7時から』だって言ってた」
愛原:「そうだな。7時から9時までだ」
リサ:「6時半に起きて、朝の支度を30分でやればちょうどいいからって」
愛原:「なるほど。高野君は朝食開始時間に合わせたか」
私は朝食時間中に行けば良いと思っていたが、よくよく考えてみれば善場主任が早く来る可能性も有り得る。
そう考えると、さっさと朝食は済ませた方がいいのかもしれない。
愛原:「分かった。俺達もその時間に起きるとしよう」
リサ:「高野さんに伝えとく。……愛原先生」
リサは照れ臭そうな顔を浮かべた。
愛原:「何だ?」
リサ:「ちょっと顔近づけて」
愛原:「んん?」
私は少し屈んで、リサの頭と同じ高さまで頭を下げた。
するとリサ、私の唇に軽く自分の唇を重ねた。
愛原:「!?」
リサ:「『おやすみのチュー』だよ」
愛原:「お、お前なぁ……」
リサ:「おやすみなさい」
リサはパタパタと自分の部屋に戻って行った。
うーむ……ああいうのも、学校で教わって来るのだろうか?
高橋:「あ、先生。洗面台空けておきました」
愛原:「ああ、すまない。もう歯磨きはいいのか?」
高橋:「はい。ソッコーで済ませました」
私が部屋に戻ると、高橋は御丁寧に自分が使った後をタオルで拭いていた。
愛原:「高橋、明日の起床時間は6時半な?」
高橋:「6時半ですか?」
愛原:「ああ。隣の高野君達がその時間に起きるらしいから、俺達もその時間で」
高橋:「なるほど。おおかた、朝飯の開始時間に合わせるってところですかね」
愛原:「まあ、そういうことだな」
高橋:「懐かしいですよ。俺が収監されてた時の起床時間がそれでしたからね」
愛原:「それでお前、いつも6時半に起きてるのか?」
私より先に起きて朝食の準備をしてくれているのだが、10代からの習慣らしい。
高橋:「俺も便所行ってきます」
愛原:「おーう。カードキー忘れんなよ」
高橋:「分かってます」
何故かこの研修所の部屋のドア、ホテルみたいにオートロックになっている。
これが無いと締め出される寸法だ。
多分このビジターカードは、指定された宿泊室のドアしか開ける権限が与えられていないのだろうな。
一番権限の弱いカードだ。
ま、ビジターカードなんてそんなもんだ。
施設によっては、カードキーの機能すら無い場合もある。
高橋は暫く戻って来なかった。
トイレに行ったついでに喫煙所で一服しているのかもしれない。
高橋:「戻りましたー」
愛原:「遅かったな。ついでに一服してたのか?」
高橋:「そうっス。そしたら、あのレズビアンが絡んで来やがりまして……」
愛原:「子供相手に本気になるなよ?」
高橋:「分かってます。ていうか、ケンカ売られたわけじゃないんです」
愛原:「どういうことだ?」
高橋:「何かあいつ、家のメイドとラインやってるらしくて……」
愛原:「別にいいじゃないか。それがどうした?」
高橋:「何か、メイドが俺とラインやりたがってるって言うんですよ」
愛原:「それは、あれか?東京の方のマンションで、絵恋さんの専属メイドをやっているっていう……」
高橋:「そうですそうです」
愛原:「出発前にもお前に声を掛けてたからな。お前のことが気になるんじゃないの?」
私は笑みを浮かべて言った。
高橋は自称ゲイだが、見た目は本当にイケメンだからな。
女性の方から寄って来ても、何の違和感も無い。
高橋:「俺には迷惑ですがね」
愛原:「いいから、友達申請くらい受けてあげたら?」
高橋:「いや、何か違和感あるんス、あいつ」
愛原:「どういうことだ?」
高橋:「あいつ……俺と似たような臭いを出してやがりまして……。もしかしたら、あいつも収監歴があるのかもしれませんよ?」
愛原:「まさかー?前科者を差別するのは良くないけど、俺はともかく、あの天下の斉藤社長が自分の愛娘の世話係にそんな前科者を付けるかね?」
高橋:「いや、分かりませんけど。こんな前科者の俺を弟子兼助手にしてくれて、俺的には先生にマジでパなく感謝してるんです」
愛原:「そりゃどうも」
高橋:「俺は収監前、やっぱ前科者の女と絡んだことがありまして、そいつに臭いが似てるんですよ」
愛原:「ふーん……。じゃあ、お前と同じくらいケンカが強いのかね?」
高橋:「ケンカっつーか……。俺はこう見えても、相手に血しぶきは噴かせても、殺しまではやってませんよ?」
愛原:「知ってるよ」
高橋:「あいつからはそれ以上の『血の臭い』がしたんです」
愛原:「気のせいだろ?それってつまり、殺人……」
高橋:「殺しをやっても、未成年なら死刑にならないっスからね。俺がケンカで収監される前、そういう女と会ったことがあって、それで何となくそうかなって思ったんです」
愛原:「何となくだろ?気のせいだよ」
確かにあのメイドさん、どこか陰があるような感じはした。
それは私も探偵という仕事をしているし、その前は警備員として人を見る仕事を長年していたから、高橋の感覚は分からなくもない。
高橋:「そうっスかねぇ……」
愛原:「まあ、アレだ。まだあのメイドさん、名前も知らないんだからさ、明日絵恋さんに名前を聞いて、それから友達申請を受けるかどうか決めよう」
高橋:「はあ……」
今夜はそれで話を終わりにし、私達は部屋を消灯してベッドに入ったのだった。