とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

犬をハグするシロクマ

2014-07-08 21:35:38 | いろいろ
HUG!friends: セラピーフォトブック (小学館SJムック)
クリエーター情報なし
小学館


カナダで野生のシロクマを撮り続けている写真家の写真集が、話題を呼んでいるそうだ。セラピーフォトブック「HUG!friends」(小学館、1080円)という写真集で、半年間絶食状態のシロクマが友達の犬のいる居留地に1年ぶりにやって来て一緒に遊んでいる様子を撮ったものだ。なかでも、シロクマがハスキー犬をハグしている瞬間をとらえたショットは奇跡的だともいえる。シロクマは肉食獣であり、犬をハグするなんて思いもよらぬ事である。一見すると、ハスキーが襲われるのではないかと思ってしまうが、実際は仲良しでじゃれあっているようなのである。これを見ただけで、ほのぼのとした気分にさせられる。まさに癒される写真集だ。

動画もあり、こちらも癒される。

2014有志による・・・石巻登山マラソン

2014-07-07 21:44:57 | マラソン
今年で第9回となる「石巻登山マラソン」に参加した。私自身は、6回目の参加となる。前日、帰宅が遅かったので慌てて準備して会場に向かった。今回は、50数名の参加者が集まったという。暑い時期のマラソンなので、まともに走れるか心配だったが、意外と涼しい気温で少し安心した。

ゴール地点となる石巻山山頂直下にある石山荘に荷物を置いて、スタート地点となる石巻山入口まで坂を歩いて下った。コースは、入り口付近の平地を2キロほど走ってから入り口に戻り、石巻山までの2キロの上り坂を走って上がる。その後、山の中の林道を数キロ走って折り返し、再び石巻山入口まで下ってから、もう一度坂を登り返して石山荘にゴールするという約15キロの登山マラソンだ。急坂を2回登るというのがミソで、2回目は息絶え絶えになるほどつらい坂道に感じる。そんなコースでも、これだけの参加者が集まったのだから、物好きな人が多いものである。


さて、どんなふうに走ったかというと、走り始めは体が重くてまともに走れるか心配だったが、だんだん調子が出てきて1回目の山登りでは、ほとんど歩くことなく走って登ることが出来た。その後林道に入ると息が切れてしばらくゆっくり走る。やがて、先頭集団が折り返してくるのに出会うようになり、自分も頑張らねばと少しペースを上げる。林道の折り返しあたりから調子が出てきて、走り続けた。しかも後半は下り気味なので走るのも比較的楽だ。石山荘からの下りではさらにペースを上げ一気に入り口地点まで走った。そして、最後の急な上り坂もスローながらも走って登った。久々に息が絶え絶えになるくらいのランとなったが、15キロだから頑張ることが出来た。ゴール後はお風呂と美味しいビールが待っていた。

この大会では、マラソン後の宴会が楽しい。3時間もの長丁場の宴会だが、自己紹介やカラオケなどをやってみんなと歓談していたら、あっという間に終わってしまった感がある。最後は、お馴染みの宴会会場での記念写真を撮って解散した。久しぶりのラン友にも出会うことが出来、楽しい一日となった。

内田青蔵氏と行く鎌倉旧宅めぐり

2014-07-06 22:33:54 | 社会人大学
5日は、社会人大学の課外講座という事で、鎌倉まで出かけていった。鎌倉といえば、いろんな観光地が有名だが、今回はそういう場所は一切いかず、昭和初期に建てられたモダンな住宅を建築学者の内田青蔵氏の解説付きで見学するツアーだった。戦争が始まる前に建てられた洋館ばかりで、明治大正の匂いを感じさせるノスタルジックな感傷に浸ることが出来た。

まず最初に見学したのが、鎌倉文学館である。


鬱蒼とした林の中を進むと手掘りのトンネルがあり、鎌倉文学館の建物はその先だ。


トンネルを抜けると、視界がぱっと開け、モダンな洋館が現れた。


この建物は、現在「鎌倉文学館」として使われているが、元はといえば、旧加賀百万石・前田家の第16代当主・前田利為侯爵の別荘として建てられものだという。戦後は、デンマーク公使や佐藤栄作元首相が別荘として利用したこともあるが、1983年に第17代当主・前田利建から鎌倉市に寄贈され、1985年から文学館として公開されている。


内田先生から、建築様式に関するいろんな説明があったが、専門的な話でどうすごいのかは良く分からない。ただ、当時の建築物としては贅の限りを尽くしたものだという事は良く分かる。1階が鉄筋コンクリートで主に使用人の部屋や調理場として使われていたという。2階3階が木造で反六角形の張り出し窓、半円形欄間の飾り窓、ベランダの手摺等洋風デザインが使われ前田家の家族が寝室や居間、食堂などとして使っていたそうだ。ただ、瓦葺の切妻屋根といった和風デザインもあり、和洋折衷の外観であるという。やはり、前田家という武士の家柄であることから和風デザインにもこだわったようである。


そしてこの洋館の前には、広い芝生の庭があり、その奥はローズガーデンとして春秋には200株以上のバラが花を咲かせるそうだ。




雨の中、傘を差しながら内田先生の解説を聞く。


今回の目的は、建築探訪ということなので、文学館自体の話はあまりなかったが、この文学館には川端康成、芥川龍之介、三島由紀夫などのそうそうたる鎌倉ゆかりの文学者たちの自筆の原稿や愛用品が展示されており、文学に興味がある人にはそちらのほうも大いに楽しめるはずである。

次に寄ったのが、旧華頂宮邸(きゅうかちょうのみやてい)と呼ばれる建物で、昭和4年の春に華頂博信侯爵邸として建てられたものである。現在は、鎌倉市が取得し市の景観重要建築物、国の登録有形文化財(建造物)に指定されているそうだ。残念ながら、中の見学は許可されず、外回りと庭だけの見学となった。


建築様式としては、古典的なハーフティンバースタイルの趣ある洋風建築だというが、ハーフティンバーの意味が良く分からないのでそうなのかと聞き流していた。


裏に回ると立派な庭があり、さすが皇族関係者の邸宅は凄いなあと感心する。


旧華頂宮邸は、端正で厳然としており神奈川県内では戦前の洋風住宅建築を代表するものだという。ただ、当初の家具・調度がほとんど残っていないというのが残念だと、内田先生は話していた。

旧華頂宮邸のすぐ近くには、報国寺があり、観光客で賑わっていた。


今回の見学コースではないので、空き時間に少し中を見た程度で終わってしまったが、「竹の寺」とも称されるらしく、竹林をよく見ておきたかった。




次に行ったのが、旧加地利夫邸である。こちらは、特にこの屋敷を熱心に研究していた建築学者の井上祐一氏の解説を聞きながら中を見学した。ただ、この屋敷は個人の持ち物で一般には公開されておらず、井上先生のつてで見学を許されたものなので、残念ながら写真は撮っていない。どこがすごいかというと、F.R.ライトという建築家の直弟子で、帝国ホテルの建設にも携わった遠藤新の代表作であるというがポイントだ。照明や家具などすべてが遠藤新による設計で二つとないものばかりになるそうだ。


最後に寄ったのが、葉山にある山口蓬春記念館だ。山口蓬春は、古典による伝統的日本画を探求する一方で、西洋画の技法を取り入れる等、従来にない数々の試みを実践し、独自の新日本画の世界を築いた日本画家である。




この記念館は、山口蓬春が晩年を過ごした邸宅で、アトリエは東京美術学校(現:東京藝術大学)の同窓生である建築家の吉田五十八による設計だという。全面ガラスの開放的なアトリエが特徴的だ。


4か所の邸宅めぐりは、結構ハードなスケジュールだった。鎌倉の街中は大型バスが止められる場所が少なく、ほとんど徒歩での移動となり、この日だけの歩数は1万4千歩くらいもあったそうだ。歩くことには自信があったが、団体でちまちま歩くから意外と疲れる。最後の見学が終わったのが午後5時を過ぎていた。それからバスで帰るのだが、静岡や焼津での乗降があり、浜松に着いたのは午後10時を回っていた。それから解散して家に帰ると午後11時近くとなり長い一日になってしまった。

ブラックダイヤモンドのトレッキングポール直る

2014-07-04 22:40:27 | グッズ


2年ほど前、軽くて丈夫なトレッキングポール(ストック)が欲しくて、山用品店で探し回ってブラックダイヤモンドのZポールを買った。かなりのお値段だったが、長いこと使えて信頼性があるものということで奮発して買ってしまった。

このブラックダイヤモンドのトレッキングポール「Zポール」は強度があって軽い。ロックボタンでロックのオンオフ(連結・収納)が可能であり、名前の通り3つに折り曲げるとZ型になる。折り畳んで収納すると40センチほどとなりザック内に入れて持ち運びができる優れものだった。

ところが、数か月前から1本のポールの上の連結部分がくっついてしまい全く動かなくなってしまった。この為、連結が不完全な状態となり長さの調整ができず使えなくなってしまっていた。金具を使って強引に動かそうとしても全くダメで、もうあきらめるしかないと思っていた。高かったので、今になって使えないのが悔しかった。

しかし、先日一緒に山に登った山友達が同じポールを使っていたので、そんな愚痴をこぼしたら「それは不良品だから、メーカーに出せば交換してくれるかもしれないですよ」と教えてくれた。メーカーに出すなんて考えても見なかったので、目からうろこが落ちた瞬間だった。一時期、ブラックダイヤモンドのポールの中には不良品が出回っていたらしく、不良品は無料交換してくれていたそうだ。

さっそく、購入した山用品店に持ち込んでメーカーに送ってもらった。二週間ほどたった先日、メーカーから物が戻った。新品との交換ではなかったが、無料修理で対応してくれた。内部に水分が混入したことにより膨張して、擦り合わせ部分がくっついてしまったらしい。修理の結果、問題なく直り従来通り安心して使えるようになっていた。高価な買い物した時は、いざという時メーカーに相談すれば何とかなる事もある。これで、山登りも信頼できるポールがあるから安心して行ける。

「さわやかに夏を」大谷康子さん&榎本潤さん

2014-07-03 23:49:54 | 社会人大学
今年も、ヴァイオリン奏者の大谷康子さんがピアニストの榎本潤さんと共に社会人大学にやってきた。大谷さんは、16年連続となるそうでこの社会人大学がお気に入りで、とても楽しみにしているという。特に浜松は、音楽の街ということもあり観客の反応が他の街に比べとてもいいという事らしい。

まず、最初の名曲は、毎度おなじみのエルガーの「愛の挨拶」だ。この曲は、エルガーが8歳年上の愛する女性に捧げた曲である。大谷さん曰く、符号が並べられた譜面を正確に間違えずに演奏するのが名演奏という訳ではないと力説する。演奏するうえで、その曲が作られた背景、作曲者の思い、誰のために書いたのかという事を知っておかなければならないという。この話をした後、もう一度「愛の挨拶」を演奏してくれたのだが、最初は譜面通り正確で演奏者の思いが入っていない弾き方だ。その次に、エドガーの思いを汲んだ大谷さんが思い入れを一杯こめた演奏となった。両方を聴き終えてみて明らかにその違いが良く分かった。後者のほうが、やはり愛する女性に捧げたいという思いがすごく響いてきた。この思い入れをどう表現するかというと、もちろん気持ちだけで済むわけではない。ヴァイオリンの場合は、弓に張られた馬の毛の使い方で調整するのだという。強くひいたり弱くひいたりして強弱をつけることで曲の感じが全く変わってくるのである。やはり、名演奏家というのは、こういった微妙な部分をうまく弾き分けることが出来るから人の心を打つのであろう。

次に、ヴィヴァルディの「四季」を春、夏、秋、冬と分けて演奏。それぞれの季節を表す特徴を詳しく解説された。普通のクラシック演奏会では、こういった解説など聞けることはない。久々に音楽の授業を受けているような感覚もあったが、一流の演奏家の解説とあらば勉強になる話だ。「四季」の次は、一転して「日本民謡の組曲」となり、茶っきり節などをヴァイオリンとピアノ演奏で聴く。

榎本潤さんは、日本唱歌の合唱指導を最近では精力的にやっているそうで、大谷さんの演奏の後、この会場でも懐かしい日本唱歌の合唱指導があった。曲目は、「ふるさと」「春の小川」「朧月夜」「こいのぼり」「茶摘み」「夏は来ぬ」「我は海の子」「村祭り」と我々の世代なら、間違いなく歌詞カードなくても歌える曲ばかりだ。小学校以来であろう懐かしい唱歌を全員で歌った。参加者は、年配の女性が多かったが、皆さん思いのほか美しいコーラスで感心した。流行の歌を歌うのもいいが、やはりどんな世代でも共通して歌えるような歌も残していかねばならないと思った。

最後は、ハンガリー舞曲の演奏だったが、アンコールで今流行の「アナと雪の女王:Let It Go」 を演奏。昔からの曲も大事だが、流行もしっかり掴んでいるところは、やはりプロである。この曲を聴くと何だか勇気が出そうになる。最後に得したような気分になったのも確かである。

「夢街道100キロ」新聞に載る

2014-07-02 22:16:22 | 呟き
先日の6月27日~28日にかけて走った「夢街道100キロ」の事が29日の中日新聞に載った。
「夜明けの佐久間に感動」、北遠駆け抜け100キロラン、浜松―飯田間16人完走
等と見出しが躍り、うまくまとめた記事となっていた。
さすが、新聞記者は見出しから、内容まで上手に書いてくれるものだ。

驚くべき集団的自衛権の行使容認

2014-07-01 22:12:20 | 政治
今日、政府は首相官邸で臨時閣議を開き、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を決定したという。集団的自衛権とは、アメリカなどの同盟国が武力攻撃を受けた際に、日本が直接攻撃を受けていなくても、自国への攻撃とみなして反撃できる権利のことをいい、日本への直接攻撃に対して反撃できる個別的自衛権の範囲を同盟国や友好国にまで拡げたものであるという。

政府は、この集団的自衛権を行使することは『限定的』とか『日本人を守るため』と言っているようであるが、戦争放棄を謳った憲法第9条を捻じ曲げた解釈であり、明らかな憲法違反であるとしか思えない。同盟国とは、あきらかにアメリカを意識したものであり、アメリカに追随して戦争に加担していく事になりかねない。戦後70年、戦争を放棄した平和国家日本のイメージが崩れてしまう出来事でもある。

2012年12月の衆院選で、自民、公明両党で衆院での再可決が可能な3分の2を上回る議席を確保して圧勝した時、すごく嫌な予感がしたのだが、その悪い予感が当たってしまったようだ。圧倒的な数の論理で、十分な論議も重ねず内閣の都合のいい政策がどんどん決められてしまっている。今回の集団自衛権容認の決定は、自衛隊を政府の都合のいい判断だけで戦場に送り込んでしまう事になりかねない。日本では自衛隊と呼んではいても、外国から見ればまぎれもない軍隊である。日本の若者が戦争に巻き込まれ命を失っていく事は避けられない。いざ戦争になったら、限定的な武力行使では収まらない。やがては、日本も戦地になる事だってありうるのだ。

今、我々一般市民ができることは、武力で物事は解決しないことを声高々に訴えることである。集団的自衛権行使容認の次は必ず徴兵制度の復活になっていくはずだ。自分たちの子供や孫が戦争に巻き込まれない為にも、今回の決定は容認できるものではない。特に若者たちには、もっと政治に関心をもって今後の選挙に臨んでほしいものだ。