家庭菜園でも、沢山の収穫が出来る
不揃いだけど、こんなに採れた野菜たち、味は美味しいのだ
このところ、新聞の投稿に同じような記事が載った
みんな、こういうことに感動するんだなと改めて感じた
一つは「優しさは順巡り」という投稿
電車で思わぬ親切にあった、見知らぬ人なので恩返しが出来ない
その時、母の教えを思い出した
「優しさは順巡り。優しさをもらった人には,じかにお返しできないことが多い。
だから、自分に出来るときにできるところで優しくすれば、順巡りでその人に優しさが届く」
こんな内容だった。
もう一つは、「今どきの若者は」と一括りにしないで欲しいという投稿だ
電車の中で一人の男性が倒れた。周りにいた若者達がその人を支え、次の駅まで運んだ
本来はその駅に下車をする予定ではない人もいただろう
この一部始終を見ていたのは若い女性、そしてこの若者達の行動に感動して投稿したのだ
自分も若者、助けた人達も若者…
どちらも、本来なら誰でもすべき行動なのだ
何故、こんなにもみんな感動するのだろう
見てみぬふりとか、スマホばかりに気を取られて、弱者を思いやることが出来ない
点字ブロックに平気で立ち止まり、白杖者の邪魔をする
言い出したらきりがないが、今の人たちは他人に優しさを期待していない
だから、優しさに逢うと感動るのだ
新聞でこういう記事を見ると、なぜか涙が出てくる
これも、又お盆のせいだろうか…