新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

雑感

2015-09-25 10:17:52 | コラム
9月25日に思ったこと:

(1)何故スコットランドに負けたのか:

「頂門の一針」3785号に朝日新聞から東海大のコーチ・土井崇司氏の戦評を引用されていた。私にはその中に

<それは、ボールを持った人間がすぐに寝てしまっていたからだ。日本は球を保持したいがために、すぐに寝るラグビーをしてしまった。これは、中学でも高校でも言えることが、弱いチームはすぐ「寝て」しまい、強チームは「立って」プレーできる。>

との指摘があったのが印象的だった。私はラグビーもフットボールも見るだけで経験者ではない。だが、この「寝てしまって」とある所が気になった。それはこの戦法はマスコミが嘗て礼賛しまくった早稲田の戦法で日本代表も採用する場合があると見える「ボールを持った者が頭を下げて突進し、昔は“ルース・スクラム”を作ってそこから早い球出しをする形を続け、これを繰り返せば何時かは相手の集まりが遅れるようになり守る人数が手薄になった時にバックスが持って走る」というラグビーそのものだと思ったからだ。

私は何故素早く球出しをしてバックスに展開して走ることを考えないのかと疑問に思っていた。そこで、何年前だったか、私が嘗て所属していたジムに全日本の代表がウエイトトレーニングに来た際の休憩中に2人いた大久保のどちらかに「何故か」を尋ねてみた。すると明らかに不快は表情で「そんな戦法は知らない。何の根拠で訊くのか」と一蹴された。

私が見た限りでは対南アでもスコットランド戦でも、我が代表のFWは敢えてマークする相手がいるところに頭を下げて突進戦法を採っていたと見えた。土井氏はその点を「寝てしまった」と言われたと解釈している。スコットランド戦では明らかにその点が読まれていて通用しなかったと思いたいのだ。

それ以外に問題だと思ったことはTB、特にウイングは真っ直ぐに走るだけでスコットランドの誰だったかが見せた「カットバック走法」を採らない点だった。それは直線には知った方が早いに決まっているが、相手のカットバックにあれほどやられたのだから、考え直す方が良くはないか。あれでは明治の大指導者、故北島監督の「前へ」戦法に未だに固執しているのかと疑いたくなる。

それと話題は変わるが、マスコミ報道では日本代表の「低いタックル」が賞賛されていた。だが、私はフットボール関係者から聞いたし、自分もアメリカ人の中にいて痛感したことで「欧米人(白人でも良いか)は上半身人間が多く下半身を攻めるのは効果的だ。だが、彼らは足を押さえ込まれても強靱な上半身が死んでおらず、何とか周囲を見回してパスする仲間を見出す強さがあるので、低いタックルが最善の手段とは限らない」を信じている。

(2)米の日本研究レベルは低級:
これは同じ3785号に掲載された平井修一氏の論文の題名だ。私は内容を読む前に極めて同感だと思った次第だ。それは22年半もアメリカ人の中で働き彼らの思考体系に馴染み、思想信条を知り得た者からすればというか、言わせて貰えば学者、評論家、所謂「知日派」や「親日派」と言われる人たちが語る「日本」の内容は屡々皮相的(”skin deep”というのは面白い)であり浅薄なのが気になっていた。

私は屡々アメリカを語る時に「内側から見た」を枕詞に使ってきた。それは私自身が彼らの組織の一部となるか、極力同化せねばなるまいと努めた結果で知り得たアメリカ人の正体を基に言うからである。即ち、私は学術論文乃至は学術書等の文献、研究論文、公式文書、統計資料、評論等から研究したのではなく、仮令東京が本拠でも1年365日彼らに接していて学んだ「アメリカ人とは」との地道な体験から語ってきたつもりだ。

別な表現をすれば、日本を語る多くの権威者の方々は日本語をこなし、(私のように)彼らの一員として長い年月仕事をしてこられた訳ではないのだと思っている。1990年代末期に連邦政府の重要な諮問委員であるIvy League大学の経済学の教授が日本経済を語る講演を聴く機会があった。私を誘って下さった北欧系の某社のK副社長と終了後に「あの程度が知日派か!」と意見が一致したこともあった。

W社にも社内で有名だった悪い表現では「日本人殺し」、即ち「日本に強い」マネージャーや副社長は何人かいた。だがその多くは東京事務所の担当者の通訳に依存していたし、日本文化やアメリカの思考体系の違いを完全に把握していたのではなかった。即ち、本部と東京の共同作業(今風にカタカナ語で言えば「コラボ」か、アー、気色悪い)の成果だった。

誤解なきよう申し上げて置くが、何もアメリカ側だけが一方的に日本を深く理解も認識も出来ていないのではない。我が方の多くの所謂知アメリか派や親米派も「その程度か」と思わせられることが多いのだから、引き分けとしても良いかも知れない。しかし、ここまで論じたのは広義の「皮相」であって、ビジネス、学術、スポーツ等に細分化して見れば、各分野には立派な方は幾らでもおられるだろうとは考えている。

(3)軽減税率案:
私は既に財務省のマイナンバーカード(イヤらしいカタカナ語だ!)併用案は「現実的ではない」と否定した。自公の税調も漸く立ち上がって財務省案の再検討と独自の案を出そうと言いだした模様だ。私は財務省が野田佳彦元総理を言いくるめて消費税率引き上げを言い出した頃から、何となく懐疑的だった。確かに財政再建は焦眉の急務だろうが、福利厚生がどうなろうと、それぽっちの増収で何になるのかと思ったからだ。

自分には関係が無いことだと思っていたので、簡単に食品関係だけを8%に残すのか、あるいはより低い税率にするかは別にして、一気呵成にアメリかのように別けてしまえば良いのではと考えていた。ところがイザとなると加工品がどうのという解説が現れて、何処までを対象にするかの線引きが難しいという、財務省側の懸案事項ばかりが取り沙汰されるようになって来た。

即ち、何処まで行ってもマイナンバーカード併用案でも指摘した点で、財務省は極力彼らの負担を軽減し現場に苦労させて増税を図るのが狙いとしか見えないマスコミ報道なのだ。私にはこれまでの方式が10%と(仮に)8%という二本立てに変わるだけだとするのが公明党の主張だとシンプル(英単語の誤用に近いカタカナ語だ)に考えてきた。私は自民党に古き悪しき野田毅がのさばっている間は事は進まないとの偏見を持っている。