新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

1月10日 その2 今週の小さな?落胆

2019-01-10 16:43:26 | コラム
合格者の100%が:

今週の週刊新潮の「早稲田大学VS慶応大学」という記事の中に恐るべき記述があった。そもそも今や有り難いことに「4大私立大学」の一角と評価されて大いに有り難いと思っている我が母校上智大学については「もしかしてその人気にはやや過大評価があるのではないか」と一人静かに密かに危惧している感がなきにそも非ずだった。そこを、100対0という数字を見せつけて立証するとは夢にも思っていなかったのだ。

それは137ページの表を見れば、早稲田大学の文学部と上智大学の文学部の併願者では100%が早稲田大学に入学し、同じ併願者で上智大学の外国語学部(最も人気が高い聞く)でも100%が早稲田大学を選んでいるとなっていたのだった。この表を見て何と言って良いのか全く何も思い浮かばなかった。25年前まで現職だった頃には、多くの製造業、総合商社、所謂外資系等々の企業で多くの上智大学出身者に出会ってきた。

その間に我が母校の評価が上昇し、もし今自分が受けても合格できなかっただろうという超有名校になっていたことを心の底から喜んでいた。そこに関係がないような早稲田と慶応の両大学を対比しした記事の中で、かくも冷厳なる数字を見せつけられたのだった。ここまで書いても、未だ何と言って反応すべきかが解らないのが悲しい。

勝てて良かったFIFAの50位

2019-01-10 16:12:31 | コラム
FIFAランキングの50位対127位の試合:

昨9日に行われたサッカーのアジア選手権の予選リーグの我が国対トルクメニスタンの試合のことである。言わねばなるまいが、勝ったのは我が代表だった。私は元々このランキングは当てにならないと思っているが、昨日の試合などはその典型的な例になると思っている。中継したNHKのBS(どうしてNHKはサッカーをこのように扱うのだろうか)のアナウンサーだったか解説の福西だったかが「このトルクメニスタンのランキングの低いのは、FIFAが審査に対象にする試合数が1~2と少なかったことにあるようだ」と言っていたのが非常に印象的だった。

トルクメニスタンは旧ソ連の国で人口が500万人にも満たないのだが、そのサッカー代表の水準は私の目にはとても127位とは見えなかった。それどころか見事というか何というか、強烈なロングシューで先制したのが127位の方だったのだ。私はその守りでの寄せの速さ、当たりの強さ、その昔我々が「ドッグレース」と呼んだ1対1で深い縦パスを追う時の速さなどを見れば「何れが50位か?」と思わせられたほど力強いサッカーをやっていた。

勿論、あの地区独特の小汚さも持ち合わせていたので、少し当たられたくらいで地ベタに寝そべって動かなくなったり、大袈裟に痛がってのたうち回るような芸もやって見せてくれた。それに審判団が全員イラン人だったので「中東の笛」が何時出てくるかという心配もさせてくれた。ご存じでない方の為に解説しておけば「依怙贔屓をした判定(何れに?)をする」という意味である。事実、GKの権田がPKを取られた反則も、私にはあのトルクメニスタンの選手が如何にも脚をさらわれたように演技をして見せたようにしか見えなかった。だが、中継ではその場面を何度も繰り返して見せなかったので、シミレーションだったと言い切るだけの確証はないが。

50位の我が代表の試合振りを振り返ってみよう。余り事前の情報なしに見たので先ず不思議に思えたのがセンターバックに私が全く評価していない槙野を使っていたことだった。何故富安ではないのかと思えば、彼は不慣れだったというボランチに出ていた。「エッつ、では中島は」と思えばそこには原口がいた。そう言えば、GKが権田だったのも不思議だった。途中で解ったが、中島は負傷欠場だった。

矢張りダメな奴を出すとダメなのは恐ろしいばかりで、50位のテイームの守りは不出来で127位に振り回され気味だったし、あのロングシュートなどは相手のエースにあの場面であれだけ好きなようにキープされた挙げ句の果てに狙い澄ましたシュートを許してしまった。攻める方も似たようなもので、相手の11人全員がペナルティーエリアの中に閉じこもっているようにひいているのでは、幾ら懸命になってシュートをしても所詮は壁に向かって蹴っているのと同じで、何処かで誰かに当たって跳ね返ってくる結果になるのだ。

代表にまでなったのだからそれくらいは解っていても良さそうなものだが、前半は全く何の工夫もなかったし、ここぞというチャンスがあっても見事に外してしまう不甲斐なさだった。試合後に富安君は反省していたが、彼の責任と言うよりも他にも負傷者の遠藤航がいたことも忘れてはならないと思う。それに、私は柴崎については未だ過大評価だとしか思えないのだ。その柴崎と富安が2人並んでいたのでは攻め方に工夫が足りなかったのも仕方があるまいと思った。

結果的には未だに長友の上がりに依存し、未だどことなく中途半端な攻め上がり方をする酒井宏樹が目立っているのだと思う。原口にも一頃の神通力が薄れたし、南野も独立した点取り屋と言うよりも、周りが上手く使ってくれないことには精彩を欠くという段階にあるようにしか見えない。堂安も「以下同文」のように思える段階に止まっているように見えた。換言すれば、森保監督就任以来一度も負けていないとマスコミは盛り上げるが、意外に層が薄いのかも知れない。

それよりも何よりも私には未だに評価を確定できない「半端ではない」存在の大迫は微妙な選手だとしか思えないのだ。私は大迫には古い言葉で言う「ポイントゲッター」が当て嵌まらないとしか思えないし、マスコミの解説者も過大評価をしているとしか見えないのだ。「何を言うか。昨日だった2点も取っていたじゃないか」と反論されそうだが。では伺うが「彼に往年の釜本の強力さを見出しますか」なのだ。

私はFWの真ん中に位置する以上、迫り来るデイフェンス陣をバッタバッタとなぎ倒して目にも止まらぬ強力なシュートを決めるのがポイントゲッターの仕事だと思っている。解説者は大迫の「ポストプレーが良い」とか「壁になってキープして攻撃の起点になってくれるのが素晴らしい」とか言うが、それでは点取り屋の仕事をしているとは言い切れないのではと言う疑問が残るのだ。

確かにドイツに行ってからは当たられ強くなって前線で良く持ち堪えてくれるようになったが、それにしても得点の数が少ないというよりも「何としても俺が取ってやる」という気迫は見えないのが残念だ。具体的に言えば、昨日の2点目などは、言うなれば岡崎慎司的なポジション取りが良かったことが為せる業で、私が期待したい豪快さとは縁遠いのだ。もっと言えば、「最前線で浮いているから、チャンスが来たら全部俺に回せ。必ず決めてみせるから」というような気迫が滲み出ていないということだし、何時かはそうなって欲しいという期待だ。

何れにせよ、中島一人の欠場であれほど多くの欠陥が浮かび上がってきたのには驚かされた。中島は私の好みの型の選手の一人だが、不安な点は体が小さいことだ。自分自身がそうだったからも言えるのだが、その点を克服するのは「より優れた技術と技巧と人並み外れたスピードがある技を身につけることだろう。当たりの強弱は練習を積めばある程度は磨けるが、90 kgもあるような奴が全力で走ってきたのに勝つことは不可能だ。故に、如何にして負傷せずにそれに勝る技術と技巧を身につけることが必須となるのだ。とは言ったが、矢張り小柄では辛いのだ。