新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

中国における紙・板紙の需給の考察

2019-01-29 15:08:18 | コラム
中国における紙・板紙の需給の一考察:

先日は中国の人口1人当たりの名目消費量について考えて見たが、世界の先進工業国における傾向としてICT化というかデイジタル化の急速な普及で印刷用紙の低迷や情報用紙の伸び悩みがある。では、世界最大の製紙国でありアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国の中国では使い捨ても含めて食品と液体容器関連の需給が如何なる次元にあるかを考察してみた。

食品包装関連の原紙の動向:
食品包装用の板紙(一般的にはボール紙と言えば解りやすいか)関連や液体容器(ミルクやジュースのカートン紙パック用)の原紙に需要については、私の在職中の1990年代前半にはW社では中国を全く除外して考えていた。その理由はあの13億もの人口から考えれば可能性はあると承知はしていても常温流通しか普及しておらず、低温流通機構(chilled distribution system)が存在していない段階にある国だったからだった。

現実には1994年1月末でW社をリタイアーしてから初めて訪れた中国には、スウエーデンが誇る世界的な多国籍企業であるテトラパックの紙容器(商品名・テトラブリック等)の常温流通の液体容器しか見当たらなかったのだった。

これは、スーパーマーケット等の大規模小売業の店内には未だ冷蔵販売用のケースが導入されていなかったということでもある。より具体的に言えば、屋根型の牛乳やジュース用のパックであるアメリカのピュアパック(登録商標)は常温流通では輸送も店頭の陳列も出来ないので、それ専用の原紙のメーカーであるW社等のアメリカの大手製紙会社の出番はないとの判断の基となっただと考えていた。

ところが、世界最大の製紙会社であるアメリカのInternational Paper(IP)は進出に踏み切り、1990年末期に中国の大手である太陽紙業との合弁で、液体と食品容器専用の板紙の工場を新設して、それ専用の大型マシンを導入しただった。このマシンの能力は40万トン/年という当時の日本全体の牛乳パック容器の需要の倍以上もある驚異的な規模だった。IPは後年に同じ規模のマシンをもう1基設置していた。個人的には「無理がある投資では」と思って見ていた。

果たせるかな、流石のIPも見通しを誤っていたかのようで、昨年にはこの合弁事業から手を引き、(ここでも個人的な観測では、IPと雖も撤退するには中国政府相手の手続き上はさぞかし苦労した事だろうとお察ししている)中国市場から撤退してしまった。撤退の理由は公開されていないが、単純に判断すれば「低温流通機構の発展未だし」と「テトラパックの常温流通用の容器の方が有利だった」となるのだ。

アメリカ国内の紙・板紙の需要の将来を悲観的に見て、2007年に「今後は将来性がある海外における設備投資しかしない」と大見得を切ったIPがこの状態であるから、如何に将来性があると見えても高級な白板紙(液体容器と冷凍食品等の容器向けの高品質で高コストの原料を使用した原紙)の需要が中国で現実のものとなるのは何時のことか、実務から離れた私には予測は極めて困難なのである。

高級板紙とは:
少し専門的な説明になるが、IPが中国から撤退した原紙について考察してみる。この40万トンマシンは察するに液体容器用原紙(牛乳やジュース等用)と、冷凍を含めた多色印刷を施した食品包装用の高級な板紙のみを生産するものだったのだろう。であれば、恐らく故紙を配合した一段階下の板紙は生産しなかったのだろうから、故紙を集めてリサイクルしてパルプに戻す処理をする設備を導入していなかったと見る。とすると、常温流通用の容器には高品質と高価格過ぎて不向きなSBS(英語の説明は省くが、高級な晒しパルプのみを原料とする白い板紙のこと)しか製造できなかったのだろう。

液体容器用原紙(ミルクカートン用原紙)はアメリかではFDAが、我が国では食品衛生法の規定で故紙の配合が許されていないので、業界用語で言う「高板」(=高級白板紙、英語の呼称はSBS)の部類に入る原木は針葉樹の繊維のみの晒しクラフトパルプ(我が国での通称はNBKP)を原料とした板紙であるから、上質紙(我が国で一般的に模造紙と言われている紙)よりも原価は高い上に、液体を入れる為に両面にポリエチレンのフィルムがラミネートされているので、完成品は高価な板紙になる。

そのような高級品の需要先は限定されていて、生産すれば何処に向けても売れるなどという製品ではないのだ。故にW社では液体容器用の需要のみに特化した原紙の製造販売に集約していた。即ち、販売先は低温流通機構が備わっている国に限定され、究極の最終需要家は乳業会社となる次第だ。因みに、私が知る限りの低温流通機構が存在する国とは、アメリカ、日本、オーストラリア、EU圏内の諸国、北欧、韓国くらいのものだった。

一方の冷凍食品等の容器の原紙は必ずしもSBSではなくとも良いのだ。それは、包装乃至は充填される冷凍を含めた食品等が包装容器である板紙と触接に触れることがないからである。従って、その容器には殆ど業界でいう「裏鼠」(ウラネズ)という表が漂白されたパルプで構成されている印刷面で、裏面は新聞用紙の故紙を再生したパルプを使った業界でいう「白ボール」が使われていた。鼠色になっている理由は新聞用紙をそのまま再生するので、黒かったインクが紙の繊維に混じって鼠色となっているだけのこと。コスト的にはこの紙の方が高価なNBKPの配合が少なく、故紙を使っている分だけ安価になる仕組みだ。

私はIPも中国の太陽紙業も共に、古紙再生用の設備への投資をしなかったと推察している。これはその為の高額の設備投資も必要だし、1年365日24時間稼働しないと採算が合わないので避けたのだろうし、1年間通して古紙再生パルプを生産しても自社で使う見込みも立たなかったと考えられる。

結局、アメリカでも我が国でも需要先が極めて限定された液体容器用向けのSBSを、中国で生産・販売しようとしたのは見込み違いだったか「時期尚早」の何れだったかかも知れないし、あるいは両方だったのかも知れない。我が国では過去・現在を通じてこの原紙の生産に乗り出したメーカーはなかったと言って誤りではない。それは大型マシンで高品質の原紙を生産しない限り買い手も付かず、採算が取れず、国内にはそこまでの需要がなかったということでもある。IPは既にアメリカ市場から手を引いてしまっていたし、W社もこの事業を一昨年で売却していた。