明石市泉市長の職員への暴言は:
本30日に久しぶりに大阪出身で、大阪在住の嘗ては同じ紙流通業界で活躍していた永年の仲間と電話で語り合う機会があった。因みに、彼は大学は京都にある大学の出身であり、その為に彼との会話は全て関西弁となるのだ。かく申す私も日本の会社時代には大阪支店に4年弱在籍したし「社内の公用語は関西弁」と社員たちが冗談めかして言う某総合商社とはリタイア後もずっと関係してきたので、もしかしないでも、関西の言葉の方が英語よりは達者だと自負している。
その知人との主たる用件の話が終わった後で、目下のところ各テレビ局が取り上げて大騒ぎをして兵庫県明石市泉市長の暴言について語り合った。実は、私はあの職員が録音したのだろうと思われるあの音声が繰り返して流されたのを聞いて「これが果たして記者会見で、何処が市長に辞職の意思を尋ねた記者がいたほどの大暴言なのか」と疑問に感じていた。事実、あれを言われた職員はインタビューでは「特に何とも思わなかった」と小さな声で言ったのが聞こえた。
私はあの市長の発言を如何にも質の悪い上司の暴言であるが如くに流して字幕まで出せば、関西の言葉遣いというか独特の感情表現に慣れていない関東以北と言うか本州北部の人たちが聞けば、「とんでもない悪口雑言」というか、近頃普及した極言の「パワハラ出現」と受け止めても不思議ではあるまいなとも思っていた。そういう東西間の表現の所謂「ニュアンス」の違いは恐ろしいものがある。例えば関西人は「馬鹿」と言われれば最悪の侮辱と取り、関東では「アホ」と言われれば大屈辱となってしまうのだ。
東京勤務の経験もあった知人は共通語とのニュアンスの違いを心得ているので「その通りである。あれは関西では普通の言い方で、あれが辞職に値するのだったら我々の共通の知り合いでもある某大会社の社長さんなどは何十回も何百回も辞職していなかったらおかしいと言えると思う」と大笑いだった。要するに、関西というか大阪では緊張した会話の中でも、関東人にはユーモアかギャグと俄に理解できないような表現を平気で使っているので、それこそ馴れないと「失礼な奴」となるか「暴言だ」となってしまうのだ。
彼とも話し合ったのだが、「テレビ局には関西の出身者がいるはずで、あのような言葉遣いになる場合があると知らないはずがない。恐らく承知の上で受けを狙って採り上げたのではないか」というように推理した。勿論、「あのような言葉遣いを、東大出身者で弁護士でもある市長さんが感情が激するままに使うのが良いとは言えない。だが、それを鬼の首でも取ったように扱うのもなー」ともなった。私が奇異に感じたのは市長に辞意の有無を尋ねた記者の言葉遣いは関東のアクセントだった。もしかして、何処かのテレビ局は東西の言葉遣いの違いを知らない記者を派遣したのかとすら感じた。
我々は「そういう地域による言葉遣いの相違点を知らん顔で採り上げたメディアは怪しからんとは思うし、笑ってやりたい思いがあ。だが、現在の何かと言えばパワハラだと騒ぎ立てて組織の上に立つ者たちを萎縮させる傾向は笑っている訳にも行くまい」を以て結論として話題を変えた。最後にお断りしておくと、この会話は全て関西弁だったものを、私が共通語に訳して表現してある。思うに、彼がの関西弁のままで書けば、今度は我々が何処かの誰かに槍玉に挙げられそうな事態になるだろうと怖れている次第だ。
本30日に久しぶりに大阪出身で、大阪在住の嘗ては同じ紙流通業界で活躍していた永年の仲間と電話で語り合う機会があった。因みに、彼は大学は京都にある大学の出身であり、その為に彼との会話は全て関西弁となるのだ。かく申す私も日本の会社時代には大阪支店に4年弱在籍したし「社内の公用語は関西弁」と社員たちが冗談めかして言う某総合商社とはリタイア後もずっと関係してきたので、もしかしないでも、関西の言葉の方が英語よりは達者だと自負している。
その知人との主たる用件の話が終わった後で、目下のところ各テレビ局が取り上げて大騒ぎをして兵庫県明石市泉市長の暴言について語り合った。実は、私はあの職員が録音したのだろうと思われるあの音声が繰り返して流されたのを聞いて「これが果たして記者会見で、何処が市長に辞職の意思を尋ねた記者がいたほどの大暴言なのか」と疑問に感じていた。事実、あれを言われた職員はインタビューでは「特に何とも思わなかった」と小さな声で言ったのが聞こえた。
私はあの市長の発言を如何にも質の悪い上司の暴言であるが如くに流して字幕まで出せば、関西の言葉遣いというか独特の感情表現に慣れていない関東以北と言うか本州北部の人たちが聞けば、「とんでもない悪口雑言」というか、近頃普及した極言の「パワハラ出現」と受け止めても不思議ではあるまいなとも思っていた。そういう東西間の表現の所謂「ニュアンス」の違いは恐ろしいものがある。例えば関西人は「馬鹿」と言われれば最悪の侮辱と取り、関東では「アホ」と言われれば大屈辱となってしまうのだ。
東京勤務の経験もあった知人は共通語とのニュアンスの違いを心得ているので「その通りである。あれは関西では普通の言い方で、あれが辞職に値するのだったら我々の共通の知り合いでもある某大会社の社長さんなどは何十回も何百回も辞職していなかったらおかしいと言えると思う」と大笑いだった。要するに、関西というか大阪では緊張した会話の中でも、関東人にはユーモアかギャグと俄に理解できないような表現を平気で使っているので、それこそ馴れないと「失礼な奴」となるか「暴言だ」となってしまうのだ。
彼とも話し合ったのだが、「テレビ局には関西の出身者がいるはずで、あのような言葉遣いになる場合があると知らないはずがない。恐らく承知の上で受けを狙って採り上げたのではないか」というように推理した。勿論、「あのような言葉遣いを、東大出身者で弁護士でもある市長さんが感情が激するままに使うのが良いとは言えない。だが、それを鬼の首でも取ったように扱うのもなー」ともなった。私が奇異に感じたのは市長に辞意の有無を尋ねた記者の言葉遣いは関東のアクセントだった。もしかして、何処かのテレビ局は東西の言葉遣いの違いを知らない記者を派遣したのかとすら感じた。
我々は「そういう地域による言葉遣いの相違点を知らん顔で採り上げたメディアは怪しからんとは思うし、笑ってやりたい思いがあ。だが、現在の何かと言えばパワハラだと騒ぎ立てて組織の上に立つ者たちを萎縮させる傾向は笑っている訳にも行くまい」を以て結論として話題を変えた。最後にお断りしておくと、この会話は全て関西弁だったものを、私が共通語に訳して表現してある。思うに、彼がの関西弁のままで書けば、今度は我々が何処かの誰かに槍玉に挙げられそうな事態になるだろうと怖れている次第だ。