新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

Price increaseは鬼門

2022-04-25 09:46:04 | コラム
ロシアによるウクライナ侵攻と円安が束になってやって来た:

この見出しのような悪材料がほぼ同時に発生した為に、エネルギーの高騰だけに止まらず、多くの消費者向けの製品も一斉に値上げの季節となってしまった。今日までに値上げという行為に非常に慎重だったというか臆病だった我が国のメーカーが踏み切り始めたのは、エネルギー・原材料・輸送費・供給不足等々が余程深刻なのだろうと察している。平常時ならば、製品を値上げすれば収益が好転して賃金も上げるものなのだと思うが、賃金が大中小の企業を問わずに上がったという話は聞こえては来ない。

私が20年以上もアメリカの会社の営業担当者としての視点から見てきたことは「我が国の市場ではお客様に迷惑をかけてはならないという大義名分から、コストが如何に上昇しても内部に於ける合理化等々に苦しい工夫を凝らし利益を犠牲にしてまでも、上昇分を製品価格に転嫁することを避けてきた」と見てきた。

また、その背景には「成長を停止した需要に対して供給が過剰になってしまったが為に過当競争となり、迂闊に値上げなどの挙に出れば同業他社に得意先を奪われるのではないか」との懸念があったようだった。要するに「お客様の為に耐え忍ぶ」という美徳が広く普及しているかのような感があった。その市場にあって製造業界は中間の業者や需要家とまでも慎重に値上げの話し合い(お伺いを立てるのか、交渉ではない事もある)をさせて頂く必要があったと見ていた。

このような特性というか「耐え忍ぶ」という美風がある日本市場に進出してきた海外、特にアメリカのメーカー、乃至は我が社と言っても良いかも知れない、Price increaseは「鬼門」とでも言えば良いかも知れない一大難事業だった。何故そういうのかだが、アメリカ市場においては「値上げとは通告か告知するだけのこと」であり「話し合うこと」ではなかったのだから。しかも、我々製紙産業界だけのことかも知れないが、アナウンス(announce=公表する)するか、ポウスト(post=公示する)するかで済むことだった。

アメリカ人というか経営者たちの頭の中にあることは「コストが上昇すれば、直ちに製品価格に転嫁して消費者に受け入れて貰うのは当然のこと」なのだ。即ち、二進法の考え方では「値上げするかしないか」の二択なのだから。株主の為と会社のより良い運営の点から考えれば「よし、値上げしよう」となっていくのだ。私は極めて大雑把に言えば「だからアメリカではインフレが進行しているのだ」と考えられると思う。

だが、この考え方というか姿勢は我が国の市場にはおいそれとは通用しなかった。私は副社長兼事業部長がどう受け止めていたのかまでは聞きだしていないが、私にとっては値上げ交渉が鬼門だった。流石に我が国の市場の異文化というか特性に慣れた我が事業部では、3M社の「ポストイット」(Post-it)ではないのだから、一片の通告だけで済まそうとはせずに時間をかけてでも「何故上げねばならないのか」をご理解願うように懸命に努めた。大変な難事業だった。値上げが通った後では、それこそ副社長と乾杯したい思いだった。

このような我が国の市場で連日のように電気・ガス等々のエネルギーを始めとして、続々と5月や6月からの食料品の値上げが通告されているのは、ロシアによるウクライナ侵攻に起因する穀物等々の供給態勢の問題に加えて「悪い円安」が遠からぬ将来に¥130台にまで達するだろうとの予測があるほど弱くなっている為のようなのだ。円安は何もアメリカドルに対してだけではなく、牛肉や鉄鉱石の輸入に頼っているオーストラリアドルに対しても10%に近く弱くなっていたのだ。

昨年度では紙・板紙類はこの円安下でも出超となっていたが、これを例外と考えるべきではないかとすら考えている。今や如何に我が国の製品の質が優れているとはいえ、世界の各国が我が国からの輸入品を喜んで迎え入れるほどの品薄の状態にあるとも思えないし、それほど好景気を謳歌している状態ではあるまいと勝手に考えている。第一に、我が国はGDPで見れば輸出立国の時代は過ぎているのだ。

私などには、このような現状を如何に切り抜けて、何十年も上がっていない初任給を他の先進国に追い付き、嘗てのLDCを先導するような地位にまで如何にして持っていくかなどは知らない。ただ黙ってG7、G20、QUAD、UNKUS、NATO等々(UNには何ら期待しないが)が現状を如何にして中国やインド等を抑えて改善して、平和で安全な時代を再現してくれるかを、少しだけ期待して待っているだけだ。