新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

英単語は正確にカタカナ表記せよ

2024-12-19 11:48:27 | コラム
どうしてカタカナ語が重宝に使われるのかな:

いきなり結論めいたことを先に言ってしまえば「カタカナ語だと色々な事柄を簡単に表現できるからだと誤解するか錯覚を起こしている人が多いからだと思っている。またカタカナ語批判かなどと思われずに、その気になって頂いてお読み願いたいのである。

先ず、解釈が間違っていると思う身近な例を挙げてみよう。先日、テレビのニュースで中年の女性がマクドナルドの店舗を指さして「つい最近リニューアルしたばかり」と言っていた。店舗等では改修すると「リニューアル・オープン」と記した旗が立っているのを見かける。これはほんの一例だが、実は「リニューアル」では具体的に何を言っているのかは不明確なのだ。

実は、英語のrenewal=「リニューアル」の本来の意味は「古くなったか、故障した品物等を同じ物の新品に入れ換える」即ち「一般的に店舗の内装や配置の変更、設備の更新など、比較的小規模な改修を指すことで、元の状態を活かしつつ新しくすること」なのだ。「リノベーション」とは別のことなのだ。

困ったことに屡々「リニューアル・オープン」などと掲示されている店舗でも、リノベーション=renovation であること場合があるのだが、現在では上記の「リニューアル」も「リノベーション」も同じように使われてしまっている。正確には「リノベーション」とは「より大規模な改修を指し、建物の構造自体を変更する場合もあり、古い建物を現代のスタイルや機能に合わせて改造すること」の意味なのだ。

理屈を言えば、あの女性はマクドナルドの店舗が何か改築か改修されたと承知しているので、咄嗟にマスコミ御用達で広く通用している「リニューアル」を使ったのだと考えている。「リニューアル」か「リノベーション」だったかどうかなどは、彼女にとっては関知したことではないのではないか。だが、英語という理屈っぽい言語では、この両者は正確且つ厳密に使い分けねばならないのだ。

現代の日本語には困ったことに、英語の単語の意味を恣意的にと言うか勝手に解釈して、このようにカタカナ語にして、複雑な物事を簡単に表現する傾向が顕著になっている。例えば「ハードルが上がった」とか「当店のメインは」とか「カスハラ」とか「オープン」とか「ゲットする」等々のように漢字を使って普通の日本語で表したい内容をカタカナ語に置き換えて使われている例が幾らでもある。

今や「ハードル」は猫も杓子も「ハードルが上がった」のように「~を処理するのがより難しくなった」や「~を達成するのが困難になった」という事を「ハードルが上がった」で済ましてしまう例が、国会議員から一般人までの傾向。私は宜しくないと見ている。何故、普通に日本語の文章にしないのかと不思議なのだ。“hurdle”=ハードルだと、何か知的で格好が良く、英語が堪能だとでも思わせたいのか。

因みに、Oxford English dictionaryにはhurdleの項目の三つ目に「目的を達成する前に解決しておくべき問題または困難なこと」が出ている。重ねて言うが、私は此処に訳しておいたような普通の日本語で表現すべきだと主張したい。せめて「障害となる問題点等を取り除いてからくらいのことを日本で言えないのか」と言いたい。カタカナ語に頼っていては、国語での表現力が劣化してしまうのではないか。

英語で自分の思うところすら表現できない状態でありながら、カタカナ語に依存して表現しようというのは「本末転倒」ではないか。先ず、キチンと国語を勉強して基礎を固めた後で、英語の習得に出ていくのが筋道ではないのか。両方とも中途半端なのにも拘わらず、カタカナ語に過剰に依存するのは誤りではないのか。

次に「メイン」も解説しておこう。「メイン」も誤った形で多用されているので宜しくない。“main”は名詞の場合の意味は「ガスや水道の本管」という意味になるのだ。英語教師は単語をチャンと教えておくべきだ。「主に」という形容詞は「必ず名詞の前に置く」という大原則がある事を教えていないようだ。

だから、「主に」か「主たる」という意味の形容詞の形を、恣意的に名詞で使ってしまうのだ。例えば「当社のメインは輸出入業務で」のように使われている。これを英語にすれば“main line of business is”のようになるべき。また「メインはステーキにしよう」などと言うが、これは“main dish”のように“dish”という名詞の前に置くべきだし、“the main street”や“main gate”のようになるべきなのだ。

もう一つ多用されている例を挙げて締めくくろう。それは“open”である。これは、名詞形では「戸外、野外、広場、空き地」なのだが、今や「オープン」と言えば「人が営業・商売などを始める」という動詞に使われるようになっている。同時に「何かを開ける」か「開始する」と言いたい時には「オープン」になり果ててしまった。「チャンと日本語で言えよ」と私は叫んでいるのだが、効果はない。

カタカナ語排斥論者としては「カタカナ語をお使いになることは妨げないので、自由にお使い下さい」とは言ってきた。だが、こうまで勝手気ままに日本語を見出すような使い方を容認した積もりはない。だから、今回のように真っ向から批判するのだ。本来は「パワハラ」だの「カスハラ」だの「ヒーローインタビュー」のように英語の語順が間違っている例も取り上げたかったのだが、別の機会に譲る。


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