朝一で、袋井市の高級ゴルフリゾート『葛城北の丸』を取材しました。ヤマハ発動機のボートを買うVIP客向けのカタログ情報誌に、ヤマハのおもてなし精神を象徴する施設として紹介するというもの。1隻1億~4億円という最高峰機種コンパーチブルのユーザーに向けた、格調高いコピーを書けというお仕事です。
私なんぞのレベルでは、北の丸でお茶するだけでもすごーいVIP気分なのに、北の丸の高田泉社長は「この雑誌の読者は、ゴルフリゾートといえば船で九州・沖縄・東南アジアあたりにホイッと出かけられる方々で、北の丸の存在すら知らない方のほうが多いでしょう。載せていただくのは光栄です」といたって謙虚。
「企業戦士が日常を忘れ、故郷に回帰し、昔の殿様か領主様になった気分でトコトンくつろげるように」というコンセプトのもと、ピアノから家具まで銘木を扱うヤマハらしく、北陸の古民家7軒の古材を移築し、離れが渡り廊下で結ばれている薩摩藩主・島津家別邸「磯庭園」の建築群を参考に、現代に平城を甦らせた建物です。
瓦は、葛城ゴルフ倶楽部のロゴマークをデザインした遠州瓦5万枚を特注で作ったもの。室内は国産のヒノキ、ケヤキ、スギ、カリン、カヤ、ナラなどをふんだんに使い、日本の木造建築の粋を示します。今年で開館30年になるそうですが、今の日本で、これだけのリゾート施設を自前で作れる企業があるでしょうか。
「酒蔵をぜひ見せてください」とおねだりして、社長に案内してもらった地下のワインカーブでは69年のロマネコンティとか、山積みのドンペリを目ざとく見つけ、ためいきをつくばかり。
1億円以上のボートが2年先まで予約一杯、ヤマハ所有のマリーナは空きが出ても、ものの10分で埋まってしまうとか。 「どんな人が買うんですか」と訊いても、「私もよくわからないんです。フツウの常識では想像できないお金持ち。何もしなくても一生使いきれない資産を持つ身分の人、としかいえません」と社長。想像できないような金持ちに読ませるコピーなんて、どう書いたらいいのか、帰宅してからもためいきばかりです。
締め切りは明日の昼。ちっとも筆が進まず、ついついこのブログのほうを先に書いてしまいました。
北の丸で飲ませる日本酒は、主に『開運』と『國香(こっこう)』。ワインカーブでロマネコンティを眺めた後、売店で、ごくごくフツウに観光土産っぽく置かれた國香を見つけ、蔵元杜氏の松尾晃一さんに会いたくなって、その足で國香酒造を訪ねました。
蔵を訪ねたことがある人はご存知だと思いますが、地震か台風が来たら一発で潰れそうな、古く、たよりない小さな木造蔵で、仕込み蔵の扉はダンボール。タンクを冷やすのはぐるぐる巻きになったホース。初めて見る人は、ホントにここで造っているの!?とビックリするでしょう。
蔵人は雇わず、蔵元の松尾さんがたった一人で造っています。もちろん、一人で造れる量と、身体に無理がないような作業手順を考えての造りです。
仕込み蔵では、ちょうど大吟醸と本醸造のもろみを見比べることができました。同じ静岡酵母HD-1ながら、本醸造の香りには“厚み”があり、大吟醸のそれはシャープで洗練されています。
「今年は早い段階でもろみに派手な泡が立つように造ってみた」と松尾さん。大きな泡を見ると、醗酵が活発で、ボーメが進み過ぎるのでは、と思いますが、素人なりに想像すれば、 酵母をうんと働かせて体力を消耗させ、ギリギリに追い詰めて、最後の呻きのような香りを吐かせる…というのが、今年の松尾流吟醸造りのようです。
蔵人を何人も雇う蔵では、今まで職人の勘に頼っていた麹造りの温度管理ひとつとっても、品温をこまめに計測してデータを共有化し、品質を均一にする努力をします。
松尾さんはその逆。今まで温度計に頼っていたものを、「手をスーッと入れただけで温度が正確にわかる訓練をしている。一人でやるとなると、いちいち温度を測る時間も惜しいから」と言います。一人でやることで、職人としてのスキルがどんどん研ぎ澄まされていくのです。
古くて小さな蔵の中で、たった一人、ただひたすらに酒と対峙し、相手が理解しようがしまいがおかまいなしに、造りへのこだわりを語り聞かせる松尾さんを見ていたら、この人の蔵元として、あるいは杜氏としての素直さ・気高さに涙が出そうになりました。環境がどうあろうと、自分が納得する造りに決して妥協せず、ブレることもない、職人としての品格がそこにありました。もしかしたら、今の『國香』の酒は、松尾晃一一代で終わるかもしれません。そう思うと、よけい、なんと貴重な酒だろうと響いてきます。
北の丸の売店に無造作に置かれた國香の価値を、VIP客の中ではたして何人が理解してくれるだろう、見た目の高級感やネームバリューに左右されずに、この酒の価値をまっすぐに理解してくれる人がいるのだろうか・・・そんな不安の一方で、「想像もつかないお金持ち」の中には、想像のつかないレベルの目利きや食通もいるはず。先入観なしにこの酒のよさを見抜く人もいるはずだ、と思い直します。松尾さんのような職人魂を『吟醸王国しずおか』として映像化する価値もそこにある、と思うのです。