3月1日付 読売新聞編集手帳
カリブ海を荒らし回った18世紀の海賊「黒髯(くろひげ)」は
ケイマン諸島にも出没したという。
〈この島はむかしから海賊を引き寄せてきたんだよ。
むかしは『黒髯』。
現代の海賊は、
会社をつくって財産を隠す連中だ〉
ジョン・グリシャムの推理小説『法律事務所』(小学館)の一節である。
配当などの税金が極端に安い国や地域を「租税回避地」という。
英領ケイマン諸島もその一つで、
ときに企業の不正会計事件などで名前が出る。
有り金が、
いつのまにやら、
蒸発する…の頭文字かどうか、
「AIJ投資顧問」(東京)なる会社もひと皮むけば、
背広を着た海賊の群れであったらしい。
運用を委託されていた年金資産の大半にあたる約2000億円が
ケイマン諸島経由で転々とした揚げ句に雲散霧消した。
運用の失敗か、
不正な流用もあったのか実態は不明だが、
顧客をだましつづけたのは確かである。
委託していたのは、
多くが中小企業で働く人だという。
波静かな海辺で人生の美しい夕映えを迎えるために、
ひと粒いくらという汗を額に浮かべて工面してきたお金を、
跡形もなく食い散らかす。
むごい海賊がいる。