3月3日付 読売新聞編集手帳
豪雨で堤防が決壊し、
いままさに流されようとしている自宅に、
一家は忘れ物を取りに戻る。
制止する警官に母親が言う。
「2冊でも3冊でも、
アルバムをとって来たいんです。
家族の記録なんです。かけがえがないんです…」。
かつて放送された山田太一さん脚本のテレビドラマ
『岸辺のアルバム』最終回の一場面である。
家族のかたちが壊れかける物語の筋はたとえ知らずとも、
“かけがえのない記録”という言葉には誰もがうなずくだろう。
震災で肉親を亡くし、
せめて思い出だけでもと、
がれきから家族のアルバムを掘り出す人の姿を、
幾度、
目にしたことか。
この季節になると思い出す詩に、
吉野弘さんの『一枚の写真』がある。
雛(ひな)飾りの前で、
幼い姉妹がおめかしをして座っている。
〈この写真のシャッターを押したのは
多分、
お父さまだが
お父さまの指に指を重ねて
同時にシャッターを押したものがいる
その名は「幸福」〉。
きょうも、
どこかの屋根の下で
“かけがえのない記録”が生まれることだろう。
指に指を重ねてくれる者のありがたさが身にしみるに違いない。
いつもの年にまして。