日暮しの種 

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ああ五月 そなたは美しい

2017-05-07 17:15:00 | 編集手帳

5月7日 編集手帳

 

 日曜日の終わりが近づくと
、明くる日のことを考えて憂鬱(ゆううつ)になる。
勤め人や学生の誰もが覚えのある心の動きだろう。
自分もそうだという人がいつの時代にもいて、
サザエさん症候群やブルーマンデーといった言葉が命脈を保っている。

過ぎゆく休みを惜しむ気持ちが一層強まることだろう。
大型連休の最終日と重なる本日の日曜日である。

きょう一日を詩人になった気分で暮らすと、
少し変わってくるかもしれない。
『五月の歌』と題するゲーテの詩に一節がある。
〈草木みどりに花は咲きて/さつき楽しき月にしあれば…〉(片山敏彦訳)。
与謝野晶子も自作の『五月の歌』に綴(つづ)った。
〈ああ、五月、/そなたは、美くしい〉
〈そなたの為めに、/野は躑躅(つつじ)を、/水は杜若(かきつばた)を、/森は藤を捧(ささ)げる。〉
――詩のごとく5月を丸ごとたたえてみる。
その時間を惜しむのなら最終日まで先は長い。

詩心がなくとも5月の楽しみは尽きない。
鰹(かつお)がうまい。
ビアガーデンが始まる。何よりも過ごしやすい…。

どこに喜びを感じるかは人それぞれでも、
長い連休のみが5月の魅力にあらずとは断言できよう。
薫風はあすも吹く。


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平和憲法の旅

2017-05-07 07:15:00 | 編集手帳

5月3日 編集手帳

 

 三蔵法師を評して、
『西遊記』は言う。
〈出身も申しぶんなく、徳行も抜きんでており、万巻の仏典にも通ぜざるところなく、仏教音楽をも心得ている〉と
(中野美代子訳、岩波文庫)。
聖僧のなかの聖僧だろう。

この崇高なる魂の前に、
妖怪どもがひれ伏すかといえば、
さにあらず。
次から次へと悪さを仕掛けてくる。
弟子の孫悟空が金箍棒(きんこぼう)(如意棒(にょいぼう))や筋斗雲(きんとうん)を駆使して妖怪を蹴散らすくだりは映画やドラマでおなじみである。

日本国憲法とともに歩んだ戦後の70年を顧みるとき、
遥(はる)かな天竺(てんじく)へ三蔵一行のたどった苦難の旅が重ならぬでもない。

国際平和を希求する崇高な理念をうたった憲法が三蔵ならば、
現実の脅威を抑え込む同盟のパートナー、
米国はコワモテの悟空だろう。
どちらか一方が欠けても、
旅の安寧は期しがたい。
すぐそばに核ミサイルという“妖怪”がうごめくなかで迎えた今年の「憲法記念日」である。

悟空の乱暴が目に余るとき、
三蔵は「緊箍児呪(きんこじじゅ)」という呪文を唱え、
悟空の頭にはめた輪を締めつけた。
連れを信じ、
頼り、
ときには緊箍児呪で脱線をたしなめて、
平和憲法の旅はつづく。



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