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“アプリ”で伝える日豪友好の歩み

2019-09-09 07:00:00 | 報道/ニュース

8月19日 NHKBS1「国際報道2019」


「オーストラリアと日本 友好と繁栄」
両国の友好の歴史をまとめた本である。
このなかで紹介されているカウラという町。
この町には美しい庭園とともに
太平洋戦争中に戦った日本軍とオーストラリア軍の痕跡が今も残されている。
カウラで何があったのか。
本だけでなくスマートフォンのアプリでも伝えていこうという新たな取り組みが始まった。

オーストラリア南東部の町カウラ。
戦時中 日本兵などの捕虜収容所があったことなどから
日本とオーストラリアの戦争と和解の歴史を今に伝える場所となっている。
太平洋戦争中
日本軍は連合軍の基地があったオーストラリア本土をたびたび攻撃するなど直接戦火を交えた。
カウラにあった捕虜収容所。
当時1,100人を超える日本兵が収容されていた、
1944年8月 ここで集団脱走が起きた。
脱走する捕虜への発砲などで230人余が死亡した。
戦後 収容所の近くには日本兵などの墓地が整備され
カウラは日本とオーストラリアが互いに理解を深める町となったが
その歩みを詳しく知る人は多くない。
そこで日系人に関する研究などをしているグループが
カウラの歴史を紹介するアプリを新たに作った。
(製作者の1人 ショルツさん)
「アプリなら簡単な操作でより多くの人に聞いてもらえると思いました。」
アプリでは墓地や収容所の跡地など10か所を示し
触れるとゆかりのある人の証言を聞くことができる。
(アプリの音声)
「日本兵は小屋から集団で出てきて
 有刺鉄線まで走ると鉄線に毛布をかけた。
 手を守るため野球のグローブをはめた者もいた。」
証言者の1人 オリバーさん(71)。
当初 捕虜の遺体が埋められた場所は放置されていたが
戦地から戻ったオリバーさんの父とその仲間は清掃などを行った。
死んだ戦友が弔われたのか遺族から尋ねられた時
日本兵の遺族も同じ思いでいるに違いないと気づいたという。
(証言者の1人 オリバーさん)
「父たちは
 墓を手入れして
 命を落とした人たちに敬意を払うべきだと思ったそうです。」
父と仲間たちの取り組みはカウラの住民たちの心を動かし
現在の墓地が完成。
今では毎年慰霊式も行われている。
(証言者の1人 オリバーさん)
「アプリを通じて
 和解がどのように始まり広がったのかを知り
 その重要さを理解するのはすばらしいことです。
 誰も二度と戦争を望みません。」
この日はアプリを作ったグループのメンバーが地元の高校生らにアプリを紹介した。
生徒たちはアプリを通して
墓地の墓地の整備にかかわった人の話や脱走した日本兵に関する説明に耳を傾け
70年余前の出来事に思いをはせた。
(アプリの音声)
「父たちは墓地の草を刈り雑草を抜いた。
 日本兵の遺族も誰かが墓の面倒を見ることを望んでいるはずだと思ったんだ。」
(地元の高校生)
「初めてカウラの脱走事件を身近に感じました。
 学校で詳しく習わないので
 アプリの話を聞き
 より大事なことと感じました。」
グループは
後世に証言などを伝えることで
日本とオーストラリアのつながりがさらに深まってほしいと願っている。
(アプリ製作者の1人 ショルツさん)
「アプリの証言を聞いた人はその話を広めるでしょう。
 多くの人がそこから何かを学び
 未来につなげてほしいと思います。」



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