9月4日 読売新聞「編集手帳」
「男はつらいよ」など名曲の数々を手がけた作詞家の星野哲郎さんは、
自身の作品を「演歌」とは称さなかった。
遠くにありて歌う遠歌、
人との出会いを歌う縁歌、
自分や誰かを励ます援歌…。
書くときは「えん歌」とペンを走らせた。
映画の主題歌としてヒットした「柔道一代」も、
人生の何事かを歌う「えん歌」だろう。
次の一節がある。
<この世の闇に
俺は光をなげるのさ>。
この詞を贈り、
頑張ってと呼びかけたい柔道家がいる。
世界柔道81キロ級の前大会覇者、
イランのサイード・モラエイ選手である。
先月の東京大会で祖国から圧力を受けたという。
イランが国家として認めていないイスラエルの選手との対戦を避けるべく、
途中棄権を求められたと国際柔道連盟(IJF)に打ち明けた。
事実とすれば、
対立を超えて技を競うスポーツの価値を台無しにする関与と言うほかはない。
祖国との関係が心配されるため連盟が支援を検討している。
モラエイ選手は黙ることもできた。
勇気もいった告白だろう。
紛争の絶えない世界情勢に負けずにスポーツの本分が守られるよう、
彼の「柔道一代」に共感する。