11月7日 読売新聞 編集手帳
夏目漱石『三四郎』で、
三四郎がほのかに恋心を寄せる美禰子に出会う場面は、
美しい描写で知られている。
<上から桜の葉が時々落ちてくる。
その一つが籃バスケットの蓋の上に乗った。
乗ったと思ううちに吹かれていった。
風が女を包んだ。
女は秋の中に立っている>――
落ち葉を散らすや、
運び去る強めの風が吹いている。
秋も終わりにさしかかる今時分の描写であるらしい。
もし北よりの風でかつ毎秒8メートル以上であれば、
現在は気象庁が東京と近畿で観測の対象にしている。
木枯らしである。
さる4日、
近畿に木枯らし1号が吹いたという。
昨年の12月1日、
気象庁が発表した“異変”を思い出す。
「東京地方では39年ぶりに木枯らし1号が吹きませんでした」。
期限の11月末までに条件を満たす風が観測されなかったからだ。
例年なら冬への季節の変わり目を分かりやすく肌身に教えてくれる大気の動きだろう。
あす立冬を迎える。
思えば今年は高温や大雨が続いて、
いつ夏が終わり、
秋が来たのかよく分からなかった。
四季は以前の規律を取り戻し、
穏やかに移ってほしいものである。
北風よ、
冬よ。
もうすぐかな。