Michiyo Kamei "Shape of life"いのちのかたち  

画家 亀井三千代 記
「身体曼荼羅」春画と解剖図
michiyokamei diary

亀井三千代 HP/Michiyo Kamei official web site 

https://michika-6.wixsite.com/michiyokamei

父を描く2

2010年10月25日 09時10分08秒 | 日記


冬の気配。我が家のゴーヤカーテンも黄葉してきた。

10月22日、再度父のスケッチに挑戦。父を描くのは2度目。 1度目はこんなかんじでした。
http://blog.goo.ne.jp/michika-6/e/2404ab29076ec06cfc9ca6ec06e464e0

この日も、父と二人きりになるチャンスだった。
母が出かけて、父は一人で寝ていた。
部屋に入って「三千代だよ」というと、父は「おかえり」と言ってくれた。

おかえり??

今まで父に「おかえり」なんて言ってもらったことあったかな?何だか変だ。初めて言われる感じ。 でも、まあいいや。

さて、前回は、離れた場所からこっそりスケッチできた。
…というのは、部屋が明るかったので、離れていてもよく見えたのだ。近くで描くのも失礼な気がするし。
でも、今回は違う。父が明るさを嫌うので部屋が暗い。
よく見えないから、父のそばに行った。
成り行き上「描いていい?」と聞くと「いいよ」と言ってくれた。

自分でもずうずうしいと思いながらも、顔を描かせてもらうことにした。
前回スケッチしたときより、もっと痩せたみたい。一体どこまで痩せるんだろう。

しかもあまりに暗すぎて、自分が何を描いているのかほとんどわからん…。
う~ん… 

そうこうしているうちに、母が戻ってきた。
私は手を止めた。人が見ているところで描きたくなかったから。
すぐにスケッチブックを閉じる。描いたものを見る勇気もないし。
まあ、いいや。。。

帰り際、父に「じゃあね」というと、父も「じゃあね」。
それが最後の会話。

散歩と ヒコーキ

2010年10月18日 09時28分15秒 | 日記



朝、散歩をすることにした。理由は太ってしまったから。
今日がその1日目。

川崎大師平間寺(写真)でおまいりをして、その裏の大師公園を歩き、多摩川の河原へ。そこで太極拳を3回繰り返した。じんわり汗をかく。

始めたものの、いつまで続くだろう。


羽田空港が近いので、散歩中に何度も飛行機を見る(写真)。

そういえば昨日は電車の中で熟睡し、終点の羽田空港駅まで行ってしまった。初めて降りるやけにキレイな駅。。。

目覚めたばかりの私はほとんど頭がおかしくなった。
何故ここにいるのか。ここはどこなのか。寝過ごしたことに気づくのに、おそろしく時間がかかった。
…ほとんどボケている。

そんな私の作品を取り扱う画廊、羽黒洞が11月に行われるプリュス・トウキョウ・コンテンポラリーアートフェア(東京美術倶楽部)に参加する。
私の作品も展示して下さるらしい…。
詳細はまた告知いたします。

とりあえずはこちら。 http://www.xax.bb4u.ne.jp/~michiyo/info.html

どうぞよろしくお願い申し上げます。

何が望み?

2010年10月14日 18時02分49秒 | 日記



久しぶりに静物画を描いてみる。
やっぱり難しい。でも楽しい。
絵はどんどん変化して、その変化についていけない。
自分で描いているのに変な気分になる。

ところで、私は何が望みなんだろう。一番ほしいものって何かな。

それはたとえば、心の中で膨らんで私を歩かせてくれる何かだ。

たとえば、自分の絵のことを馬鹿みたいに吐露する私の前にある深いまなざし。ただただそのまなざしさえあれば良いと、それさえあれば歩いていけると思えるような…。
絵を描く難しさを分かちあえたら、絵を通して互いの人生までいとおしく思えたら、それはきっと最高だ。人生は何だかとても面白いものだと思えるだろう。

心でしか触れないようなものがほしい。
…贅沢だろうか。


裏打ち

2010年10月07日 16時52分11秒 | 日記



今日は一日を裏打ちの作業に費やす。
朝からのりを作り、午後昼過ぎから作業を開始。終わったのが夕方4時前。

歳のせいか、いすに座ったまま少し寝てしまった。
(ちなみに私は立ったままでも寝ることができる…)

目が覚めたらベランダの薔薇の赤が風にゆれていた。
秋の薔薇はとても美しい。育て始めて6年目の薔薇。よくここまでもったと思う。ずっと病気続きだったのだ。
はじめの2~3年は葉が鉄さびのような色に変わってぽろぽろと落ちる病気。それがおさまるとこんどはカビ。花も葉もカビで覆われて真っ白になった。
今年の春、はじめて薬を使ってみた。薬には抵抗があったのだけど…
カビはおさまり、きれいな花を咲かせてくれた。
もっと早く使ってあげれば良かった。いつも癒してくれてありがとう、と思う。

あまり上手ではないが、自分で裏打ちができるようになって絵の自由度があきらかに増した。
絵を1枚仕上げるのって簡単じゃない。なんて沢山の行程。沢山の人からの沢山のアドバイス。会話。。。

自分一人で描いてるわけではないことを知る。

ランボー

2010年10月06日 20時28分33秒 | 日記



フランスの詩人ランボーの詩集。
これは、4年前パリに行ったとき、セーヌ川沿いに並ぶ屋台のような古本屋さんで買ったもの。
表紙の色と絵に一目惚れした。
このランボーの顔はよく教科書に出てくるのとは違う。
調べてみたらファンタン=ラトゥールの描いたものらしい。教科書的なのはこっち。 



いずれにせよ、美形だ。二十歳そこそこで詩作を放棄、放浪の末夭折…。

不思議なことだが、家という概念をそもそも持っていない人が時々いる。
何かが壊れているのがすぐにわかる。
だが同時に、そういう人にはどこか居心地の良い、たっぷりとした魅力を感じることもある。

何かを捨てて歩き出すこと、そして前にしか進まないこと、その先には全く未知の物語が無限に広がる。漠とした世界。
それはどこか恐ろしくもあるが…でも生まれてきたのなら放浪も一つの選択肢なのだろう。家を持たない人にとっては。
彼らは家の代わりに翼を持っているのだ。

私には動かない家が必要である。必ず戻る場所が。
ふかふかのベッドとあたたかい声が。

これは引っ越し9回にしてやっと知った自分である。