Michiyo Kamei "Shape of life"いのちのかたち  

画家 亀井三千代 記
「身体曼荼羅」春画と解剖図
michiyokamei diary

亀井三千代 HP/Michiyo Kamei official web site 

https://michika-6.wixsite.com/michiyokamei

河辺栄一展@ギャラリー檜e 30日まで

2016年07月29日 09時31分23秒 | おすすめ展覧会

河辺栄一展 7月30日まで
11:30-19:00(最終日は17:00まで)
ギャラリー檜e

河辺さんとは古い友人。
30代の頃、グループ展を一緒にやった仲間です。
当時から全くぶれずに制作されていてどんどん精度を増しています。

作品は
アクリルを使った立体作品、動く彫刻(モビール)です。
作品に当たる光が、壁に美しい形を描きだし、
それらが変化しながら移動する様を見ていると
非日常、別次元に居るような気さえしてきます。
(下に貼ったyoutubeをご覧ください)

30日までですが、京橋界隈にいらした際は
是非ともお立ち寄りください。 

河辺栄一展(動画)
https://youtu.be/_7SoTw80jCA
 
ギャラリー檜e
http://hinoki.main.jp/info.html




「美術と表現の自由」

2016年07月28日 08時56分32秒 | 日記


美術評論家連盟主催のシンポジウム
「美術と表現の自由」を聞きに行く。

これは、以前お世話になった学芸員の方から
なんとFacebookで招待を受けた。
興味のあるテーマ、私にこれを知らせてくれるとは!



前半はパネリスト5名による講演
林道郎氏:美術と表現の自由(ろくでなし子事件/他)
土屋誠一氏:東京都現代美術館における「規制」の事例(会田家の作品撤去問題/他)
中村史子氏:2014年に起きた鷹野隆大作品の展示変更について
小勝禮子氏:美術と表現の自由ージェンダーの視点から
光田由里氏:大浦信行《遠近を抱えて》(1982-85)をめぐる30年

後半は討論、質疑応答

講演内容は録音をもとに文字に起こされて
後日 国際美術評論家連盟日本支部HP http://aicajapan.com/ にアップされるとのことです。

参加して、美術評論家連盟には「表現」を守るために言葉をつくす努力を惜しまない人が
こんなにも大勢いるのだと言うことを初めて知り、驚いた。
また会場も、補助席が出るほど盛況で、この問題に興味のある人が
こんなに沢山いるとは思ってもみなかった。
私の視野が広がる瞬間だった。





★ノート

①表現の自由を守るのは、
表現することが「善」だからではない、と。
表現する行為は少なからず暴力性をおびていて、
作家の意図に関わらず、誰かを傷つける可能性がある。

②というのも、
表現は、社会一般のノーマルへの異議申し立てであり
一般の意識とは違う。
未来の他者への視点を持ち、
故に現社会に対する変更を要請するものである。

③表現が不快なものであるという前提で
表現の自由を考えなくてはならない。
表現が不快であっても、表現として受け入れ
その上で批判をする。

同時に、表現の自由によって傷つけられる特定の人達への配慮や
歯止めはかけなくてはならない。

④二者択一にはなり得ない。
つまり、矛盾するものの間にいて、言葉をつくさなくてはならない。

ところで、二者択一にはなり得ない、というのは
「この作品は、芸術か?わいせつか?」という議論にもあてはまる。
芸術でもあり、わいせつでもあるという表現は過去沢山ある。
だから、芸術ではないものはわいせつとして取り締まって良いというのは
あまりにも危険である、と。


⑤表現の自由を守るために必要だと私が感じたことは、
まず、美術家が自分の態度を明確にすること。
それを言葉にすること。
その言葉を以て協力者を得て、協力者とともに粘り強く(規制に対して)交渉すること、あきらめないこと。
自由という自明の定義はなく、それは時代や状況に応じて勝ち取っていくものである、ということだった。





ところで、
ここで詳細に触れることができませんが、
光田由里氏の講演、大浦信行《遠近を抱えて》(1982-85)をめぐる30年を聴いて、
現在人人会で議論されていることに対して合点がいった。

また、「美術と表現の自由」というテーマ自体が
私自身の制作に関係することでもあるので、

今後しっかり考えていきたいです。

会場では偶然知り合いの作家さんに会い、
彼が育てたというお野菜を、何故かいただく(@_@;)
ていうか、野菜を持ち歩いているのかしらん…?

でっかいキュウリとツヤツヤのピーマン。
美味しくいただきました。
ごちそうさまです(^_^)!!


ありがとうございました。

2016年07月19日 09時00分25秒 | EXHIBITION


座の会、無事に終了しました。
昨年より入場者数も増え、各作家に変化も見られ
とても刺激的な展覧会となりました。

個人的には、次なる課題も見え
手探りですが、実現していきたいイメージもあります。

座の会の興奮さめやらぬうちに
どんどん描いていきたいです。
要するに、絵のことしか頭にはありません。

人生は短い
ありったけの時間、制作に費やしたいと思います。

ところで、
日本画とはなんぞやとギャラリートーク等で話題になり、
その得体の知れないものに、今更だけど興味がわく。
で、その後の議論で、実は私は日本画家と思われていないことを知った。
知らなかった!!(笑)

つまり、日本画とは素材ではない。
出自か?システム論か?といえば、そうでもない。
対洋画だろうか?
もしそうなら、洋画の概念がはっきりしていないと成り立たない。
こんなに、扱いにくい素材をわざわざ使ってまで表したいものとは何だろう?

私は油絵のようなこってりしたものには少し抵抗を感じるし、
周りを見ても、描きたいものを描くのに素材は関係ない、なんて思えない人がそもそも日本画をやっている。
だからといって、素材の研究さえしてれば日本画になるとも思っていない。
どこか、日本画の中に日本らしさが在るのではないかと
(幻想かもしれないが)
それを掘り起こすのではなくて、結局は発見・発明していくしかないのかもしれない。
素材、風土、線、そして現代に生まれて描きたいもの、残したい概念、
そんな複雑な精神活動の全体が日本画なのではないかと思う。

座の会のメンバーが何となく気が合わないのは
日本画というやっかいなものに対して、常に戦闘態勢にいるからで
おおらかそうに見える作家のほとんどが
内心では辛抱強く不可能性に対峙しようという、偏屈な人間の集まりだからかもしれません。
そんな座の会が何年も続くとは思えませんが
続く限りは私を受け入れてくれている仲間から学び考え、
その場に精力を注いで行きたいと思います。

お暑い中を、お越しいただいた方々
本当にありがとうございました。


図録あります。

2016年07月06日 08時39分30秒 | EXHIBITION

 
現在開催中の座の会では
小品2点も展示。

左から「蘭」「預言者」

「蘭」は岩絵の具をモリモリ盛って描いていた頃のもの。
懐かしい!!
やっぱり、私は私の作品が好きです。

今回は触感にまつわる指摘があり、
「触ってみたくなる」ような絵について
もう少し踏み込む必要があると感じました。
そういう意味では、モリモリの旧作は示唆に富み
良い気づきになりそうです。


5周年を記念して制作した図録も出来てきて
受付には15部限定のサイン本も500円で販売されているようですが、
もう残り僅かなようです。


大御所先生方のサインも。


エントランス入ってすぐ。
左:八木幾朗「分断」

7日(木)は休館ですが、土日も開催し13日(水)まで。


はじまりました

2016年07月03日 10時09分13秒 | EXHIBITION


「フリンジ」亀井三千代

昨日はオープニングパーティで
いろんな方々にお話しを聞けて
何だか1年分くらいの収穫があったように思いました。

座の会はバトルの会…というか
こんなに気の合わない人が集まっているのに、
なんで5年も続いたのか?と
昨日もメンバーとそんな話をしましたが
そばに居た誰かが、それが良いのだとフォローしてくれた。

仲良しグループは嫌いです。

画廊で展覧会をやると
面と向かってダメ出しをしてくる人は少ない。
でも、グループ展のオープニングだと
お酒の入ったどさくさの中で
きっちりダメ出しをしてくれる人もいて
本当に、本当にありがたい。

やっぱり耳障りの良いことばかり言われていてはダメになる。
今、自分に何が足りなくなっているのか、
気づかされました。

で、既に展覧会が終わった気がしているのですが
実は、これから約10日間続きます。
皆様、どうぞお越し下さい。


トーク風景・左から藤田一人(美術ジャーナリスト)、野口玲一(三菱一号館美術館)、宮島弘道(出展作家)
正面作品「Kinesis No.673(blue hole)」間島秀徳