梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

深夜の出来事、痛い!

2011-05-20 09:19:07 | 雑記
先週土曜日に現れた通風の症状は昨日辺りにピークを迎えたらしい、足の甲まで腫上ってしまい階段の上下もかなり苦労する、
どうにか家に戻ったが腫上った足を持て余して9時頃布団に入った、足首が動くと痛みが走る、今回は右足首だったので左向きに横臥して左の足先に右の足を乗せて何とか安定した、
痛みが強いと歩く度に全身に力が入るせいか体全体が疲れているので其のまま寝入ったのだが、夜中に強烈な痛みで飛び起きた、
隣に寝ている女房の足が見事に患部を蹴り倒したのだ、確かに随分ダイナミックな寝相の女房だが長年左側に寝ていても蹴られて起きた事は無かった、まあ有っても其のまま寝ていたのかも知れないが見事にピンポイントで腫上った足首を勢い良く蹴っ飛ばされてしまった、
此れは痛い、跳び起きてと言っても上半身を上げると又痛いので丸まって呻いていたが女房は安らかに寝息を立てている、良く鼾もするが今回は実に安らかに寝息を立てている、
痛みが激しくて怒りなんぞは思い付かない、やっと少し痛みが和らいだ頃には怒る気は無くなった、第一怒られた女房はとんだ迷惑だ、仕方ないのでトイレに行って時計を見たら4時前だったが何とか其のまま寝付いた様だ、目が覚めたら5時半だった、
改めて足を見たら腫れは少し納まった様だ、女房は相変わらず幸せそうに寝ている。起きてみたら昨日の夕方よりはかなり楽だ、珈琲を入れていたら女房が起きてきたので今朝方の事を言ったが当然「覚えていないわ」と言う事だった、もっとも覚えていたら問題だが。
大根の花が全部落ちてしまったが未だ2本位芽が出ているのでこっちがどうなるかと本体を捨てるのはやめにしてので根元から切って置いた、会社には出てきたが仕事が来ても此れでは出掛けられそうも無いので病院にいく事にしよう

ドキドキしない訳

2011-05-19 09:38:16 | 雑記
テレビ番組で老化の話しが出て「異性に対してドキドキしなく成ったのは老化の証拠」と言っていたが考えてみたら自分は異性に対してドキドキしなくなってから随分と経つ、
随分昔から老化現象が現れていたのか、そいつは驚いた、女房が「若い子を見てもドキドキしないの?」と聞いて来たが正直しない、その後寝ながら考えたが自分がドキドキとしたのは何時頃だったか?恐らく10代前半から20代位だったろうか?
ドキドキと言うのは期待感とか逆に不安感とかがそうさせるのでは無いか、と考えると異性に期待しなくなった頃からと言う事になる、何故期待しなくなったのか?
ひとつはやはり女性に余り過大な期待をしないと言う自分なりの特殊な理由があるのだが年齢から来る物だとするとおそらく全く自信が無くなった事もあるのかもしれない、
鏡を見て自分なりに考えるのに「若い女性が異性として好感を持ってくれる」と言う様な甘い考えはとうの昔になくなっている、欲の方が無くなった訳ではないからそう言う事で魅力は感じるがそれが叶う訳も無い、
割り切った処理以外での関係では自分との接点部分以外を考える事は全くと言って良いほど無い、
いやらしいとかスケベ親父とか思われるのも嫌だからその点はかなり気を使っているのでそうは思われていないだろうと思うので取引先でも行き付けの店でもそれなりに若い娘さんとは気を使って対するのでにこやかに話しはして貰えるがそれは取引先の年配のおじさん、よく来るお客でそんなに悪い印象の人ではないと言った所だろう、
此れは自分がそう思われたいと言うのではなく相手に嫌な思いをさせたくない、させないのが社会的に必要だと思う所から気をつけているだけの事だ、しかしそれでも嫌われる事もあるだろうがそれはもう致し方ないと思っている、
女房に言わせれば単に「外顔が良い」だけかも知れないが、女房殿、私が一番機を使っているのは彼方だと言う事は心の中で思っているぞ、言葉に出したら偉い事にはなるだろうから此れもその一部、
兎に角そんな訳で全く期待していないので不安も無く全くドキドキはしない、此れが老化だと言われれば異性にモテナイ生れつきを理解した時点から老化現象と言うわけになる、せめて女房には異性として意識させて貰うくらいしか老化防止が出来ない様だ、まあお互いに無理だとは思うが

原発の効用と副作用

2011-05-18 09:12:33 | 雑記
原発が無くなれば電力が不足して大変な事になると言う論調が有る、現在の消費電力を賄うには原子力発電を完全のゼロにするのは難しいと言う論調だ。
火力に頼ればCO2の増加に拍車をかけると言う事もその論拠である、此れには大きな選択肢がある、
ひとつは今の消費電力を如何に確保するかと消費量そのものを見直すと言う方向だ、多少哲学的にも成るがいわゆる「物を増やすか欲望を減らすか」と言う事だ。
両方に共通するのは「欲望」がどれだけだったら適正化と言う事になるが増やす方向ではその方法を変える時期では無いだろうか。
一方「欲望」は何処まで減らしたら適正かと言われても恐らく結論は出ないだろう、
大戦前、或いは大正時代は今の10分の一にも満たなかったがその事が当時の人々が大変な不便であったかは元からそう言う物だったのだから余り感じていなかったと思うが現在に生まれ育った人にとっては実に暗くて不便な生活だろう、
今が贅沢だと言うのは簡単だがじゃあどの程度だったら質素で簡潔な生活かと言われれば答えようは無い。
今の消費電力を賄えば間に合うかと言えば恐らく欲望は更に次を求めるだろうから恐らくその上昇は際限が無いだろう、
今回の被災はその考え方を修整する良い切っ掛けだろう。
電力エネルギーが不足すると言うことは社会にとって病理ではない、言わば栄養不足の様な状態だ、(栄養過多かどうかはとりあえず置いておいて)だとすると発電と電力神経の様な或いは血液の様な物だとしてみると言わば薬ではなくサプリメントの様な存在だ、
しかし薬品には副作用がある様に各々その方法には副作用が有る、
例えば水力だとするとダムの下流域で自然が大きく変り生態系に影響がでたり水害を引き起こしたりする、
火力は排気による環境汚染、温暖化を招く、風力はやはり自然景観を大きく変えて更に騒音が出ると言う、
しかし原子力発電の副作用はそんな物では無かったようだ、完全にコントロールできると言う条件でもかなりの副作用はあり、使用済み燃料の処分と言う後遺症も大きい、
生命にかかわる病理の薬剤でもなく楽に生活が出来ると言うサプリメントの副作用としたらあまりに大きく割に合わないのではない、
自分はいわゆる原発推進派では無かったが積極的反対派でも無かったが今回の災害ではっきりと反対に変った、
私の子供の頃は原子力は夢のエネルギーだった、アトムの心臓も小型原子炉だった位安全で未来のエネルギーとして聞かされて来た、
興味を持ってその仕組みを色んな本で読んでみたが今思い出してみると原子炉と言うのは「核爆弾をゆっくりと反応させてそのエネルギーを利用する」と言うものである、つまり原子炉自体は原爆そのものなのだ、
重い荷物を載せた列車を坂の上から落とし、落ちる速度をブレーキで調整しながら利用する、崖の上から其のまま落とせば爆弾なのだ、
しかし今回はそのブレーキが壊れてしまった、それ以上に車軸まで壊れてしまいブレーキを掛けても車輪は滑って行きそうな状況だ、
根本的にはその大きな荷物を降ろさなければ成らない、しかしブレーキが利かず坂を転がり始めた列車から降ろすのは至難の業、更に加速が付けばますます難しくなる、
しかし悲観している訳には行かない、この状態あらゆる原発で起き得る事だ、それは日本だけでなく世界中で起き得る事なのだ、
此処を乗り切れば日本に原発がなくなってもその技術は世界的に役に立つ、我々はその力を信じて見守り、あらゆる知恵を集合しなければならない、今までこの政策に寄って集って来た電力会社、充電メーカー、そして推進してきた政治家は溜め込んだ資産を全て掛けても明日の日本の為に努力して貰いたい、

メルトダウンと臨界点

2011-05-17 11:16:57 | 雑記
福島第一でメルトダウンが起きていたらしい、昨日は「臨界状況が懸念される」と言う記事が出てきた、
元々核反応と言う言うのは臨界状況を作り出す事にある、不安定な放射性同位元素がある密度を超えると分裂しながら中性子が次々と核を破壊して行くのが連鎖核分裂反応だ、
一気に進めば核爆弾でゆっくりと反応させているのが原子炉と言う事になる、ブレーキの役をしているのが減速材と言うう制御棒でこの制御棒が中性子を吸収するので臨界点が分散される、
原子炉の中には燃料棒が何千本か一定の隙間を保って挿入されていてその間に制御棒が交互に差込まれているのが基本的な構造だ、
制御棒を引き抜く事により核反応が始まるわけだが制御棒が入る程度の空間があっても総量でいうと常に臨界状況にあると言うのが原子炉である。
それが解けて落下して1か所に纏まったと言うことだとすると通常の原子炉以上の密度で核燃料が固まったわけだから臨界状況に成る事は火を見るより明らかと言う事だ。
核爆弾はこの反応を何万分の1秒で行うのであの巨大なエネルギーが一気に解放されあのような被害をもたらすのだが核物質を臨界状況に押し固めたらどう言う反応が起きるのか、いずれにしても巨大なエネルギーは制御不能な状態で暴走を始める事になる、此れを止める方法は原則的には臨界密度以下に分割するしかない、
中性子を強力に吸収する物質が有ったとしても溶融した原料の内側に入らない限り表面だけの効果にとどまってしまう、福島第一にはあと5基の原子炉がある、他の原子炉が同じ状況に無いとしても1号炉が暴走し始めるとその熱は連鎖的に他の原子炉を巻き込んでしまわないか、
チェルノブイリはどうなったのか、加圧式と沸騰型の違いは有るがメルトダウンした核燃料はどう言う形になったのか、
熱は収まっても放射性物質は排除できないと言うが今どう言う状況に成っていてどう言う手立てをしているのか、
恐らく人間は必ず近い将来には克服するだけの知恵は持っているだろうが今現在ではどう言う手立てが出来るのか、
それ以前にどうなっているのか、早急に正確な情報が必要だ、面子の問題、責任逃れ等をしている場合ではない、
遅れれば遅れるほど事体は重篤化してゆく、燃え広がった火事は余計に消えない。
想定した範囲を超えないと言うのは人間の思い上がりだろう、何時か必ず想定以上の事は起きる、
解らないのは電力各社は何故そこまで原子力に拘泥しているのか?元々電気料金は「掛かったコストの合計に一定の利益を乗せて決定」しているのだろう、
電気代が高額だから売れないと言うシステムでは無い独占事業であるにもかかわらずコストが掛かるから安全は多少犠牲にするというのがわからない。

政治に正義を

2011-05-15 10:02:45 | 雑記
地方公務員年金を廃止しなければならないと言う議論の結果、一時金を倍にして今まで貰っていた分はそのままにすると言う案が持ち上がってきた、いわゆる「お手盛り」である、
これを言葉に沿って見ると「米が無くなってきたからこれから皆は今の半分程度で我慢して、年貢米をもっと持て来い」と言う配膳係りがまず自分の椀に2杯分を盛り付けてから配膳を待つ人々の飯を半分以下にする」と言う事だ、
米の無くなった家では子供に盛ったらお櫃が空になる時は親は笑って「大丈夫、ちゃんと食べているから」と子供に食べさせたと言う、少し前の代議士は「井戸しか残らない」と言われた物だ、
まあ公務員は代議士ではないがいわゆる「公僕」である、同じ釜の飯を食うと言うが国民の為の公僕だ、せめて同じ負担を負い、同じ程度の報酬で務めるのが人間としての良識だろう、
この行為は北朝鮮の政府と基本的には変わらないと言える、代議士は仮にも選挙で国民自ら選んだ訳だし民意でNoが出せるのだが既得権と言う事に拘泥する事は言い方はきついが「恥を知れ」と言言ってやりたい。
二人で公平に物を分ける方法は「どちらかが分割し、もう一人が先に選ぶ」と言うのが一番だと言う、配膳するのも椀に盛る掛りと配る掛りを分けられれば良いのだがなにか良い方法が無い物か?
電力の問題も送電と発電を分けて更に自由化をするのが良いだろう、そうすれば「事故を起こしたが保証するのには金が掛るから値上げする」のは難しくなる。
かかるコストを積み上げた上に利益を乗せて料金を決めると言うのでは幾らコストが掛ってもその分を上乗せできると言う事だから当然コスト意識など極めて薄くなる、なにしろ「他からは買えない」のだから、。
かし使う電気は買って使わなければならない訳ではないのだから各消費者毎に自家発電をベースにして大消費分だけ買う方向にするのが自己防衛だろう、設置コストは掛ってもその後電力会社から買わずに済むなら少し長い目で見ればペイ出来る、
政府は電力会社に出す金をそちらに廻した方が将来的に無駄が省けるのではないか、送電コストは無くなるし災害時の復旧も大幅に低コストで早急に出来るはずだ。
大手企業もこれからの低消費に対応できるだろうし国際的なマーケットも期待出来る、政策的に何処かの政党が打ち出してくれないだろうか。

ジャガイモはどんどん咲く