CubとSRと

ただの日記

構える(シートベルトから)

2020年02月28日 | バイク 車 ツーリング
2011.11/11 (Fri)

 車とバイクの心地よさの違いが超初心者の私にはまだよく分からない。
 「そう簡単に分かってたまるか」と言われるかもしれない。まだ乗り始めたばかりなんだから、分からないのが当然だ、という気もする。けど、乗り始めた時の新鮮な感じ、目新しいものに対する好奇心、という奴は、意外に的を射た物の見方をしていることがある。
 段々慣れて来て、それなりの雑多な知識が身につき、そこそこに諸事に応対ができるようになって来ると、初期の新鮮な感覚や好奇心が薄れて来て、物の見方もいい加減になって来る。「そんなもんだよ」の一言で集約されてしまう。
 「要は慣れ、だよ。プロになるわけじゃないんだから。そこそこでいいだろう?右翼でも左翼でもない。中道だ。バランス感覚が大事なんだよ」

 物事には表裏がある。
 「そんなもんだよ」の一言は全てを諦めてしまっているように見える。
 けれど、「諦める」の裏側にだって、ポジティブな捉え方である「明らめる」があるように、「そんなもんだよ」という言葉だってそうなんじゃないかと思う。だのに、大方の人は一方しか見ない。と言うより、考えようとしない。何故?

 先月、車の免許の更新に行ってきた。二輪でも車は車。それにこれからは四輪にも乗るんだから。
 何しろ田舎なもので、二時間講習を受けた者が十数名しか居なかった。そのためか、何度も質問される。
 「子供を抱えて衝突した時、時速何kmくらいまでなら耐えられるか」と聞かれた。
 「十キロももたないんじゃないんでしょうか」と答えたのだけれど、正解は9km、なんだそうだ。9kmなら、辛うじて抱えていられる。
 でも、そんな衝突なんて、まず、ない。
 母親がシートベルトをしていたら、子供は瞬時に引き剥がされ、フロントガラスに吹っ飛んでいく。母親がシートベルトをしていなければ、子供を抱いたまま浮き上がり、フロントガラスに突進する。フロントガラスを突き破る可能性大。フロントガラスを突き破って、車外まで飛んでしまうことも考えられる。

 ちょっと落ち着いて考えてみる。
 直立していて、そのまま腰を曲げることなく、床に倒れこんだとする。身体の撓りや、腕の屈曲を上手く使ってもきれいに倒れるにはそれ相当の腕力が必要になる。
 朽木倒しのように、棒のように倒れこんでいったとしたら、そして、ただ、腕を突っ張っただけだとしたら、普通は耐えられない。顔面の強打を覚悟するしかない。
 その際の速度は時速で言えば何kmくらいだろう。まず、十km以上ということはあり得ない。母親がシートベルトをして、子供は抱えただけだとしたら・・・。
 これは想像しただけでも恐ろしい結果が待っていることが、すぐに分かる。

 ではシートベルトをしていない運転者はどうか。
 最近は運転席、助手席共にエアバッグがあるから大丈夫、と思っている人もいるだろう。あんな窮屈なシートベルトなんて、ということで、「できればしたくない」と思っている人の方が多いのでは、と思う。
 徳大寺有恒氏の言では、「エアバッグは気休めみたいなもの」、なんだそうだ。
 「一瞬で膨らみ、次の瞬間にはガスが抜けるようにしてある。そうしなければ人間の方が耐えられないのだ」、と。
 まあ、言ってみれば人間なんて丈夫な袋に水を一杯入れたような存在なわけだから、叩きつけられたら破裂する。天安門事件で戦車に轢き殺された人の写真なんかは、衣服が路面に叩きつけられているだけのようにしか見えなかった。同じように、エアバッグのガスが抜けなければ、人間が破裂するしかない(それは、言い過ぎ。でも、呼吸停止は間違いない。内臓も大きなダメージを受ける)。ガスが抜けることで、さらに衝撃を和らげる。
 ということは、ガスが抜ける時は、まだ或る程度の速度で人間は前方に動いているということだ。シートベルトをしていなければ頭からフロントガラスに・・・・。

 これらのことは、理屈だ。それも簡単に誰でも了解できる理屈だ。では、何故、ワゴン車やミニバンのリアウィンドウ越しに動き回る小さな頭が見えるのだろう。シートベルトをしていないどころか、広い車内を子供が動き回っているのは何故だろう。
 子供にこんな理屈を「分かれ」という方が無茶なんだから、大人が無理やりシートベルトをさせなきゃならない。嫌がるなら「連れて行かないぞ」と叱らなきゃいけない。なのに、子供は動く。責任は大人にある。

 「言っても聞かない」から? いや。
 大人がこんな簡単なことさえ考えようとしないからだ。考えれば分かることを、大人が考えようとさえ、しないからだ。
 「構える」という言葉は、普通、守りの体勢を意味し、動かないで攻撃を受け切ることを目的としているものと思われている。しかし、これも実は表裏があることをみんな薄々知っているのに、あまり考えようとはしない。
 「構える」というのは、「事を構える」という言葉もあるように、「いつでも攻撃のできる体勢をつくる」という意味もある。両者、見た目には何の違いもないのだけれど。

 「心構え」が全てを決める。「そんなもんだよ」。だから、「どうするか」、だ。
 TPPだって、参加不参加が問題なんじゃない。今の政府にその「心構え」があるのか、ということだ。「平成の開国」だとか、急かされ、焦って参加を表明しようとする、猛反対にあって、一日発表を延ばす。「事を構える」心構えは一体どこにあるのか。

 あれ?何書いてんだ?
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