ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

質感

2017年01月30日 | 珠玉

 三年前、売れない演歌歌手だった私は、地方を慌ただしく回り、ショッピングセンターや日帰り温泉の特設ステージで歌っては自分のCDを手売りする毎日でした。
 それがある時あまりに売り上げが伸びないため、専属のマネージャーさんがいなくなり、ベテランの方が私を掛け持ちで担当することになりました。
そのNさんが初めて会うなり私に言ったのは、「質感にこだわりましょうね」でした。
 まず彼は会社と粘り強く交渉して私のお給料を上げてくれました。
私は時々入るテレビの歌謡ショーの仕事で売れっ子の方々と同じステージに立つたび一種引け目を感じていたのですが、Nさんはそれに気がついていたのか、同じステージには立っているけれど、同じ土俵で勝負しちゃいけませんよ、今はまだけたぐりで倒すくらいしかできないのだから、と繰り返し言いました。
衣裳は少ない予算で印象深いものになるよう、クラシカルであざやかな模様のアンティーク着物を仕入れたり、和装雑誌のモデルの仕事を積極的にこなして、その際に安く分けていただいたり、と工夫しました。
地方巡業では、Nさんは安宿に泊まって自分の費用を削り、その分私のホテルのグレードを上げてくれました。
 相変わらず私の歌の売り上げはさっぱりでしたが、Nさんの指導と助言のとおり質感にこだわり、それを大切にしたせいか、一流企業のパンフレットのモデルや大きなイベントの司会の仕事が人づてに舞い込み始め、会社からもそれなりに認められるようになって行きました。

 今、私は結婚して歌手を辞め、嫁ぎ先が営む老舗旅館の若女将を務めています。
結婚の報告をすると、Nさんは言いました。
きみの歌はそこそこだったけど、それ以外は本当にいいものを持っていた。
これからは夫君になる方が別の角度からスポットライトを当ててくれるだろうから、引き続き努力し、輝いて行くといい。

 慌ただしい毎日の中で私は時々懐かしく思い出す、ちょっとだけ上がったお給料でマナー講座や着付け教室に通ったり、休日にのみの市を巡って風合いの良い古着を探したりした、私のいわば修行の日々を。

コメント
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