NPO法人なごやか理事長は県国保連から振り込まれた介護職員慰労金を事務員さんに全額、銀行から下ろしてきてもらうと、居合わせた私も加えた3人で仕分けして封筒に入れ、のりで封をした。では事業所ごとに届けましょうか、と私が申し出ると、少し前からなにか思案顔だった彼が思いもよらないことを言い出した。
「せっかく渡すのなら、感謝の言葉を添えたいと思うんだ。」
私は聞き返した。
「宮城分は90名、全員にですか?」
「そう、全員に。」
とんでもないことを言い出したものだ、と私の顔に書かれていたのだろう、理事長は重ねて言った。
「大丈夫、一言ずつなのですぐに終わるから。雑誌でも読んでいてくれるといい。」
お金の入った封筒の山をとんと机に置くと、彼は早くも書き始めた。
『慰労金』ボールペンで、筆圧強めに、封筒の左上に大きく横書きした。
『高梨管理者様』
私からか。
理事長はサラサラと書き上げると、封筒を私に差し出した。「まず、きみにだ。」
『きみのおかげでなめとこデイサービスは市内有数の繁盛店になりました。あらためて感謝の念を伝えます。ありがとう。』
理事長は猛烈なスピードで書き続けた。
『きみの笑顔は行く先々をぱあっと明るくする。その誠実な笑顔こそ、利用者様の求めるものです。』
『気づいていないようだけど、きみは最高の管理者です。』
『この理事長にだまされたと思いながらついてきたら、民間のトップをとりましたね。ヘンゼルとグレーテルより不思議な物語でしょ?』
『まさか「三景島居宅の次ちゃん」と一緒に仕事をすることになるとは思ってもいませんでした。きみの元上司には絶対負けません!』
『きみに一目ぼれして何年が経ったろう?きみのやさしさ、丁寧さは全職員の手本です。』
これは私が入職する以前に、理事長が珍しく他法人から引き抜きを行なったという男性CMへだった。
『とうとうここまで来ましたね。よく頑張りました。きみが初めてホームへ来た日のことは今でも憶えています。』
これは最近、管理者に就任した方へ。なごやかへいらした時はまだなんの資格も持っていない、介護未経験者だったそうだ。
『きみは特別な職員です。一つ難があるとすれば、面食いなところかな。』
それ、セクハラじゃありませんか?
あっという間に、理事長は90枚を書き上げた。
一枚の書き損じもなかった。
私は怖れを感じた。