波風立男氏の生活と意見

老人暮らしのトキドキ絵日記

死を思う の返信

2022年02月11日 | 新聞感想

新聞投書(2/7朝日朝刊)読み、この歳で死を思いそれを文章にまとめ投稿しているのに驚く。これを目にした後、小説『燃え上がる緑の樹』(大江健三郎著)を思い出しながら『死』を考えた。死が悲しみでなく、恐ろしいのか・・・・。

死は恐いのか
自分がいないのに世界が続いているのが怖いという14歳の少年に主人公が、それに同意しつつそれまでの人生で忘れられない「一瞬よりいくらか長く続く間」(=信号待ちで赤が青に変わるぐらいの時間)の体験の有無が怖さを克服できるかどうかの分かれ道だと話する場面がある。また、君が生まれる前に世界はあるのに君はなぜ怖くないのか?と聞く場面も忘れがたい。
生きる長さ(様々な経験)では無く質(永遠を捉えたという確信)が生死の間際に問われる価値だと。

何をどう祈るのか
主人公が、『祈り』とはひたすら『集中』することでありその対象はわからないと語る。「魂のことをする」主人公に「神に祈るのか?」という支持者の問いに対して、蛾の飛び立った後の空っぽの繭みたいな光り輝くものに集中することが祈りだと語る。小説は、宗教の成立過程を思わせ、神のいない教会、福音書、祈り、がいちいち新鮮。難しい小説だが、信仰とは何かを考えさせる。暮らしの中に、ある人(ある人たち)のことを注意深く思うならそれは祈りだと言ってくれるから。死の悲しみを祈りが救ってくれるかもしれないのだ。

やっぱり  よくわからない
キリスト教信徒の詩。
愛なる神よ/人は どうして/一人残らず/死ぬのでしょう/それは 生きることより/もっとすばらしい世界が/死後にあるので/生きたほうびに/与えて下さるということでしょうか/幼い者 老いた者/中年の者/順序不同に召したまいます/疑うことなく/恐れることなく/天に召されるように/力を与えて下さいませ (「三浦綾子 祈りの言葉」から)。波風氏はこの意味が分からない。しかし、死を前にした人の救いにはなるのだろう。


パンデミックで、世界中の人たちとつながっている感覚と、孤立していく実感を同時進行で体験中。それは、意味のある生と死を思うこと 民放社長が、独善的経営と経費乱用で辞任。金と権威の扱い間違い、いつでも何処でも耳にする。

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