電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

時代小説における田沼意次の描き方

2009年01月10日 05時45分24秒 | 読書
今まで読んだ時代小説の中で、田沼意次の描かれ方は、大別して三通りあるようです。
一つ目は、田沼意次善人説です。平岩弓枝『魚の棲む城』(*)が代表でしょうが、池波正太郎の『剣客商売』シリーズでも、田沼意次は有能な政治家として描かれています。
二つめは、田沼意次悪人説です。今、継続して読んでいる佐伯泰英『居眠り磐音江戸双紙』シリーズは途中からこの立場を取っており、わいろ政治家という世間の通説もこちらでしょう。
そして三つめは、田沼意次中悪説です。基本は悪役なのですが、実は田沼を操ったもっと上の悪い奴がいる、という説。藤沢周平『闇の傀儡師』は、こちらの立場に立った描き方になっています。こちらも、なかなか面白い伝奇小説です。

個人的には、田沼意次は、米中心の重農主義政策から、貨幣中心の重商主義政策へ転換した、近代政治家のはしりのように受け止めていました。ですから、好嫌いは別にして、有能な政治家として描かれる方が、実際に近いのかな、と思います。あるいは、せめて中悪説くらいかな。佐伯泰英さん、はじめ今津屋吉右衛門は田沼意次の政策を支持していたのではなかったかと、最近の田沼父子の悪役ぶりに、ちょいと割り切れなさが残ります。

(*):平岩弓枝『魚の棲む城』を読む

写真は、先日食べたそばです。いえ、側用人あがりだからというわけでは……ばれたか(^o^)/
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