久しぶりに新しい視点に触れて、刺激的な時を過ごした。対話の楽しさとそこから啓発されるものの大きさは例えようがない。
一方で午後2時から国民の半数以上が反対する安倍元首相の国葬が執り行われている。SNSを見ると中継動画、献花に並ぶ人々、国葬に反対する各地のデモなどが紹介されている。英国BBC放送は、引き裂かれた日本の状況を伝えている。テレビがなく国葬の視聴は不可能だった。しかし今どきは録画された動画がネットで見れるようになっている。一部は目に入ってきた。
午後から興味深い動画を視聴する『ゆんたく会』で時間が流れた。記憶の中の忘れられない1ページになった。
真喜志康忠氏の「よもやま話」の動画は氏が60歳の頃のお話しで、芝居のお話だけではなく、うちなーぐちとやまとぐちの流暢な話しぶりの面白さ、その中で披露される琉歌にあらためて感銘を受けた。琉歌に込められた叙情や肝心の表出は味わい深い。多くのウチナーンチュが新自由主義やグローバリズムの中で一元化、モノトーンになりつつある潮流に必ずしも波乗りだけしているのではないことは、盛んな芸能公演が自ずと主張していることからわかる。
その芸能のヒエラルキーや、一部の徒党を組んだような劇場の公演に、嫌気がさしたりしているのも事実。それが普通の感覚で受け入れられる時勢の流れを見ると、危うさも感じるが~。高い税金を払っているのだ。「同じ顔ぶれ」だけの劇場にしてほしくない、しかし、「同じ顔が並ぶ国立劇場おきなわ」の自主公演にうんざりしている。データを取りたい。
出演者のデータを取ると、誰がどれだけ突出して自主公演に出場し、税金の恩恵を受けているかが分かる。10年単位で区切り、1年毎に出演者とその回数を数値化することによって、可視化される。データはしっかり残っている。芸術監督養成プログラム制度ゆえか、候補の出演が異常に突出している事実がある。芸の力量の前にシステムに興ざめしてしまう。
沖縄の文化的コアの祈りや祭祀芸能、民俗芸能、そして民族芸能とも言える伝統芸能の組踊や沖縄芝居、琉球舞踊、古典音楽、民謡、そして空手を含め、「小さな島の大きな文化」は世界の舞台へ出立して100年ほどになるのだろうか。はじめて移民がハワイなどに出港したのが1900年である。
移民したハワイや南米で定着したのは2世の時代あたりからだろうか。沖縄から関西や東京、神奈川への移住も戦前から続いた。大正区や尼崎に沖縄系の住民が多く住んでいると思っているが~。実際の人数はわからない。そして川崎だろうか。戦前朝鮮・沖縄お断りと差別された地域、街に子孫が暮らしているのは事実だろうか。川崎は戦後すぐ川崎沖縄芸能研会https://kawaokiken.jp/ を設立している。
「川崎沖縄芸能研究会は、昭和24(1949)年に沖縄県出身の人達が多数住していた川崎で発足しました。川崎を中心に川崎市はもとより、神奈川県、東京都、関東近郊で活動する会員により構成され沖縄の芸能を学び研修をしております研究所(教室)の集まりです。発足から70年、会の名称は変わらず継承に努めております。 」
世界へと飛んで公演している沖縄芸能界である。先日吉田妙子さんが6回ハワイで公演したとお話していた。意外とハワイと沖縄は近い。南米でもペルーやアルゼンチン、ブラジル、ボリビアなどで公演が続いている。彼女はブラジルと中国はまだ行ったことがないと話した。アメリカやヨーロッパも巡演している。沖縄芸能団が、多様なグループ構成で世界で公演活動を続けてきて久しい。来年以降、世界の歌舞劇団と同様、世界を巡る旅程が再開されるだろうか。コロナパンデミックゆえに世界が萎縮してしまったこの2年半、渡航は厳しくなっている。
グローバリズムの恩恵を受けて、世界を自由に飛べた時代が嘘のようだ。一方でオンラインの力、インターネットによるライブ舞台の公開は続いている。実際にネットで過去の録画映像がどんどん流れている。それを世界中からアクセスされている現況を見ると、世界が一つのコミュニティーになっているのも事実なのかもしれない。40億人がネットを利用する現在だという。それにしてはメディアによる局地的戦争の中身さえ、捏造やプロパガンダ合戦が盛んにネット上でもなされている。何が真実で何が事実か見えなくなっている。情報リソースの選択によっていかようにも事実は解釈される。
10月に世界のウチナーンチュ大会が開催される。コロナパンデミック収束が宣言されてはいない状況下で、世界に住むウチナーンチュの子孫がやってくる。彼、彼女を歓待するための様々なイベントが劇場を含め繰り広げられる。「首里城明渡し」が「なはーと」で開催される。首里城が燃えたのは2019年、10月31日である。翌年の4月からコロナパンデミックに突入、世界は分断に追い込まれてきた。
今、コロナ後の世界が模索されている。しかし、空気は重たい。その中でも、救急車やパトカーのサイレンが相変わらずがなり立てている朝夕だが、前よりその数は幾分少なくなったような気配はある。
そうした中できさ子さんは来年の新書の出版に目処がつき、そして今日4人のゲストを招いた動画の鑑賞とユンタク会が開かれた。
今年自署『「日本を変えた男!」名護親方のいろは山に登る』を出版された上間信久さんとご友人、そして組踊実演家の実力者で、八重瀬町の芸能に深く根ざし、地域芸能を世界に羽ばたかせるアートマネジメントにも深くコミットする神谷さん。
動画に見る空手舞踊や棒術に驚嘆した一時、すでに中国やベトナム、シンガポールでも披露された民俗芸能と空手舞踊に、その一地域芸能とは思えない技の凄さに、目を見張った。中国のアクロバットのような舞踊団に負けずとも劣らない技芸に、これで世界を巡演しても多くの観客を魅了することは間違いないと納得した。
民俗芸能の一つ棒踊り(棒術)だけの大会が10月末に開催されると言う。獅子舞もある。エイサーは大きな大会が開催されて久しい。沖縄が民俗芸能の宝庫であることは確かだ。この島のそれぞれの地域に生きる人々の活力、パッションが弾けている。
自然に溶け込み、この母なる地球に感謝し、祈り、歌が生まれ、踊りが誕生してきたごく素朴な人間の歩み、歴史の中で培われてきたものがこのように、表出されていく営み(取り組み)に、尊いものを感じる。
小さな島の大きな文化。そしてそれは決してAIや科学技術によって代理できるものではない。人間の生身の身体そのものが芸術の核ゆえに、命が輝く瞬間瞬間に私たちは感銘を受ける。
真喜志きさ子さんは、来年以降真喜志康忠プロジェクトを推し進める考えのようだ。来年は13年忌に当たる。7年忌にテンブス那覇で偲ぶ会を開催してもう6年になる。月日が経つのは速い!
「ユンタク会」は、上間信久さんのお話がとても良かった。これまで知らなかった事柄がもりだくさんで、刺激的だった。いつまでも天然の少女のようなきさ子さんのお話は味くーたーで、神谷さんの実直なお話も何よりだった。根をしっかり地域に張っている実演家、「生涯空手」を念頭においているその視線の柔らかさに改めて感銘を受けた。それにしても彼の空手舞踊の俊敏な技芸をもっと舞台で観たい。組踊や史劇(時代劇)、そして空手舞踊の名手として功績を残すに違いない。
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余談だが、先日真喜志康忠氏の四男、治さんの動物病院で猫の悠輔(ユーちゃん)の足の怪我を見てもらったばかりだ。痛み止めと抗生剤の注射を打ってもらった。少しびっこをしていたのが治った。抗生剤とステロイド剤をいただいた。人気のある小さな動物病院である。