志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

朝起きた時、夢の中にいた。不思議な夢は何かの暗示なのだろうか?

2023-09-01 01:16:44 | 日々の記録・備忘録
まだ20代の頃、見た夢を記憶して書いていた時期があった。昨今は夢を見ても記録することもなくなった。夢の中で明らかになる物語の筋がある。その中で自分らしき人物が誰かを意識している様子だが、その当人が身近にいてそば耳をたてている様子なのだ。久しく夢に登場することのなかった人物が夢に現れたのは、何かの暗示なのだろうか。なぜか気になった朝の目覚めだった。
 そう言えば、元気で有意義な日常を過ごしていることと推測するだけだが、長い事、会う事も語ることもない。
ゆめ‐はんじ【夢判じ】がある。 夢の吉凶を判断することを意味するようで、それを仕事としていた時代もあるようだ。さて見た夢が何を暗示しているのか、いささか気にはなった。こちらの様子に敏感になっている様子がうかがわれたが、それが何を意味するのか、予兆としては、日常の中で意識していた事柄がスケッチのような場面を見せている気配もする。
 今朝、部屋を片付けていると古い文書(茶封筒)が出てきた。その中の資料の中に2004年の頃の沖縄の文化的事象、思潮を批判するシンポジウムがあったことを知った。そして新聞の中に夢の中の人物が沖縄の当時の思潮を論じている文書があったのだ。それと関係していたのかどうか、貴重な史料として大事にとって、じっくり読もうと思った次第である。
 文化的な潮流が政治という枠組みにあることは否定できない。すべてがつながっている。形而下と形而上の絡み合いは補完しあっている。この国の在りようは基本的な支配構造の仕組みが変わらない限り、貫かれているヒエラルキーがあり、有象無象の中にも可視化され、普段着のように、拡散され当たり前の服を着るように馴染ませられているものがある。その流れの中にいることは紛れもない事実なのだ。
 体制というもの、作られたものがある。それとの折り合いが社会のすべてを覆いつくしている。同時代を生きている。不思議で不思議ではない事実がある。
 深夜にヘリが飛び、パトカーや救急車のサイレンが鳴り続ける。異常に思える事象が日常になる。それはおかしいと思う感覚がおかしいと思えてきたりする。そうではなく、それはおかしいと思う感覚は間違ってはいない。
 右に流される。流されたままで奈落の底へ突き落されることもあり得る。
 とにかく奇妙な事が多すぎる昨今ゆえに~。国の施策がアゼンダなり言葉に掲げられた目標が、現実や現象を全く見据えてない取組だったりもして、ちぐはぐながら懸命に善行を行っているようなシステムを作ったりしている事実は、もう誰彼が何かに演じさせられているようで、リアルが後ろ向きなのである。こんな大嘘がまかり通るなんて、と思える事がしっかり見えるにも関わらず、いかにも良い事をやっているような仕組みを作って平然としたりしている。
 おかしい現象は変わらない。おかしいままでいいわけはないのだが、そのおかしい事柄が世界的に右習えで強制させられるのではないかと、不安がやってくる。奇妙な世の中になってしまった。
 透明なプロパガンダに簡単に人は騙され淘汰されていく。
認識の闇や捩れはそう仕向けられているのらしい。何が真実で何が嘘か、分断させられている。
 深夜のパトカーのサイレンは不穏な空気を増長する。一体何事だ〜。
不気味な空気が辺りを包んでいる。

写真は「蜘蛛巣城」の一場面

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