このところ花に縁があって、家中花だらけです。
先週水曜日、一緒に飲んだ後輩が近頃奥さんと不仲と言う話しから「花束でも買って帰りなよ!」と言ったものの恥ずかしいというので「俺も一緒に買ってあげるから」と言ってつき合いで買った花がこれ。
お蔭で、付き合ってあげた後輩はなんとか奥さんと良い切っ掛けが掴めたみたいです。めでたしめでたし。
私の妻は、渡すなり 「なんかで当たったの?」 だって??1000円もしたのに・・・
ちょっとその前の日曜日に近くのスーパーに行ったら私の好きな花の一つ、ガーベラが沢山売っていたので、思わず買った花が玄関にまだ咲いています。
そうこうしている内にまた日曜日が来て、ホームセンターに買い物に行ったら大分小ぶりシクラメンがすごく安かったので購入し、その足で食料品を買いに行ったらその中に入っている花屋さんでどれでも50円とか書いてある鉢ものを妻が発見。
花の咲かない葉っぱの植物を買ったは良いが、その脇に200円で「恋人の花」とか書いた黄色い花があり、こちらも思わず衝動買い。
そんなこんなしていて、鉢へ移していたら雨が降って来て夜になった頃、知り合いのおばあちゃんが6日に91歳で亡くなられ、盛大なお葬式が土曜日にあったのですが、その生花をわざわざ綺麗に束にして持ってきてくれました。
手前の花束と和室に見える花束がそれです。妻がアレンジしてくれました。
こんな訳で家中花に囲まれた素晴らしい日を過ごせています。
でも、このおばあちゃんは90過ぎとは思えない程とても元気でつい最近家族で北海道旅行に行って、帰って来て楽しかったと云ってその楽しさが残る数日後深夜突然亡くなられて朝まで誰も気づかなかったという事で、最後の最後まで誰にも手を掛けずに楽しいまま亡くなられたらしく、自分も死ぬ時にはそんな死に方が出来ればと思いました。
知り合いというだけのお付き合いなのに花束を持ってきてくれる娘さんの心と、そのような教えをして来たおばあちゃんの暖かい心が感じられ、おばあちゃんが生涯ハツラツ元気で幸せだった理由があらためて分かったような気がしました。
この花を見ていると、生前のおばあちゃんの笑顔が目に浮かびます。 合掌。
雑談ですが、なぜ死ぬ前の事を「死前」と言わずに「生前」というのか調べたら、肉体が死んだ後に魂が天国へ行き、天国からすれば、その魂が生まれた事になるため天国での「誕生」を中心に考えると人間として肉体をもっている時は「生前」となるんだそうです。 知らず知らずの内に私達はこんな仏教の教え(輪廻転生)の言葉を自然と使っているんですね。