17世紀、家康の決断がこの国を救った、それは信長や秀吉にもできなかったコト、この国をねらうポルトガルやイスパニア、技術や兵器にキリスト教をからめてくる、カトリックでこころを支配し、土地を奪い取るという戦略だ。
信長も、なかば説得されかかっていた、あの「長篠の戦いの銃弾はナマリ製」であったが、これは東南アジアの鉱山のもの
イエズス会の修道士の仲介だったようだ、
「これでは 相手の要求を飲まざるをえない」
ところがイエヤスは、
「ピシャリ」
そして、
「オランダを採用」
オランダは新教で、商売だけ、
「宗教をからめない」
本質を見抜くチカラ、それを決断するチエ、
「これこそ 仏教の知恵であろう」