" Recently , A Christian of Copt religion was slaughtered by Islam's terrorist in Egypt .
This was in front of the church of Copt religion .
Christian God seems to have done nothing .
The God who should make the earth , make the sea and make this world , kept quiet .
The people's belief is leaving by such circumstances is inevitable . "
エジプトで、キリスト教の一派・コプト教の教会で自爆テロがあり、多くの信者が死んだ、現在では、
「天地を創造した全知全能の神サマは なぜ止めなかったのか」
そんなコトを言うヒトはいない、それどころか、
「政府は なにをしていたんだ」
神さまよりヒトの政府の方が重要で責任がある。
キリスト教の神は政府以下になっている、だが、この疑問こそが、中世から近代へのトビラを開いてくれた、中世、ヨーロッパの中世にあっては、キリスト教の神は絶対であり、人間の目には不合理であっても神にあっては正しいかったようだ。
貧困・病気・災害・戦争・・・これらはみな神の手によるもので、この無理難題も神のココロミ、人間の考えでは不合理であっても、それは、神にあっては、正当な理由があるのであり、それらを通じて信仰を貫くことが求められる、ある牧師は、ひとり娘を交通事故で亡くした、この牧師さんニコニコと笑って、
「神に 召されたのです」
「あの子は 神に愛されていたのです」
愛され過ぎじゃあないのかな。
「いえいえ 天国で再会するのです その時は いまの何倍・何十倍も幸福になるのです」
どうやら、これが通用しなくなっている。キリスト教の賞味期限が切れようとしている。