The orthodox civilization is the festival politics of Japan

「安藤真の『世界文明の正統は』」の続き、祭政は人間中心を超え物質文明を越える、これを受け継いでいるのが日本の伝統と文化

霧深き山の彼方に消えた10部族

2014-09-10 18:37:38 | 世界経済
          
 やっと授かった子供を、「イケニエに捧(ささ)げろ」、アブラハムはイサクを連れて、山上に向かう、
 「子羊をつれていかなくてもいいのですか」
 「・・・」
 腕をしばって、我が子の首に刃を当てる、その手を天使が止めた、
 「契約は 完成した」
 「見えるかぎりの土地は おまえとおまえの子孫のものだ」

 もちろん、当時、さまざまの民族が住んでいた、ずいぶん自分勝手な神さまだ、ほとんどキチガイの世界だろう、まともには聞けない、実際、ユダヤ12部族のうち10部族は、バビロニアに幽囚された後、エルサレムにもどることはなかった、こちらの方がまともではあるまいか。

 だから、12分の2は6分の1、6人いれば1人ぐらい、おかしい者はいる。

 「自分たちの国を持ちたい」、これが、いわゆるユダヤ人の悲願だった、世界の各地に候補地が挙がった、なぜ、パレスチナに決められたのか、ユダヤ教の原理主義者の活躍のためだと解説されているようだが、やはり、イギリス・アメリカ・フランスの応援があったのではあるまいか。

 広大なイスラム世界を睨み、アフリカ大陸の北に位置し、地政学的にズバリの場所だ、ヨーロッパ資本主義のアンテナショップ、アメリカ帝国主義のアラモの砦、フランス石油企業の中継点、自由経済の世界化というビックビジネスの中東支社。

 イスラム教では神の信仰がイチバンで、
 1、貧しくてもいい
 2、消費生活より信仰生活
 3、信仰のために死ぬことは名誉・・・
 これでは、商品が売れない。

 BC538年、バビロニアから解放されたユダヤ10部族は、エルサレムに戻ることなく、
 「霧深き 山の彼方に消えていった」
 東へ東へと、彼らは旅をつづけ、終に、日本列島にまで到達したという説があった。

 強引にパレスチナに移住し、元からいた人々を追い出し、無理難題をつきつけて、さらに追いやる、それにくらべるならば、これらの人々・10部族の方が、そう、本当のユダヤ人だったのではあるまいか。

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