畠山義綱のきままな能登ブログ

畠山義綱が見てきた史跡を紹介します。
時々、経済や政治などもつぶやきます。

京都・奈良紀行~その4~

2008-06-01 18:50:43 | 歴史
 京都御所でゆったりしながら、京都の観光マップを見ていて次はどこにいこうかと考えた。よし、京都市歴史資料館に行こう。京都御所の寺町御門から出るとほどなく近くにある。小さな資料館でも地元ならではの雑誌があれば購入したいな、などと考えていた。…しかし本日は月曜日。休館だった。残念。


 次の候補は「新島襄旧宅」。京都市歴史資料館から歩いてすぐ。すぐに見つかったが、ここは特別公開以外の時期は入れないらしい。新島襄と言えば同志社大の創設者。意外と家は質素だった。派手な外装はなしなのが逆に特徴的らしい。


 本日宿泊するホテルに戻りつつ歴史史跡を探索する。そこで、長州藩京都藩邸跡地の石碑を見つけることに。京都市の中心部ということもあり、全然目立たなかったらどうしようとも考えたが、京都ホテルオークラのビルの前に目立つ桂小五郎像があった。私は佐幕派だが記念に写真を撮る。京都御所、とくに蛤御門からそれほど遠くない地にあったんだなと思った。


 この日最後に私が行きたかった歴史スポット。それがこの池田屋騒動址の石碑である。1864年に潜伏していた長州藩の尊皇攘夷過激派を新撰組が襲撃した事件である。この襲撃で新撰組は9名討ち取り4名捕縛の成果を挙げた。新撰組の一番の活躍の場面とされる池田屋騒動。佐幕派の私としてはぜひ行きたい場所である。石碑捜索は結構手間取った。なかなか場所が見つからない。なんとか見つけると、街中にぽつんと石碑がたっていた。石碑の後ろのパチンコ屋は倒産していたみたいで、テナント募集中だった。都会にある歴史スポットは開発優先で破壊されることの方が多い。歴史ある京都ではこのような形でも残してくれたのは嬉しい。
 さて、本日の歴史の旅は終わり。3日目はほとんどプライベートの時間が取れない。京都駅から新幹線で帰るまでのわずかな時間を、京都タワー見学にでもあてようか…。