畠山義綱のきままな能登ブログ

畠山義綱が見てきた史跡を紹介します。
時々、経済や政治などもつぶやきます。

犯罪はいつまでも続く。

2008-06-10 22:33:34 | 日記
 通り魔殺人。許されないこと。マスコミはその犯行理由に飛びつく。そしてその犯行の経緯や手立てを詳細に報道する。まるで、「こんな風に用意すれば、同じような事件を起こせますよ」と犯罪を起こすか起こさないかの境界人を誘惑するように…。
 人間はみんな闇の心を抱えている。負の心。やましい心。悪意。NHKニュースでは淡々と事実を報道する。民放ニュースでは「なぜこんなことをするのか?」とさも、犯人の異常行動の特殊性を指摘する。しかし、人間には必ず闇の心が存在する。その多くがパッと見には見えないものである。だからこそ、実は怖い。私にも負の感情がある。時々自分でも嫌になるくらい。ただ、私は臆病者だ。だから反社会的な行動(暴力や犯行)ではなく、非社会的な行動(引きこもり・ニート)になってでるのかも。まあどちらも闇は深く、反社会的行動と非社会的行動は紙一重でもある。そんな負の行動を抑えてくれるのは何なのだろうか?私を一例にすると、私にとっては周りからの賛同が、私の負の行動を抑えてくれる。「仕事がんばっているね」「ありがとう」「よくここまで調べましたね」などなど。自分の行動が認められれば嬉しい。そうでなければ悲しい。他人に必要とされたい。結局私はわがままなのである。それはみなさんも同じですが?今の日本は、他人を攻めすぎる。政治は与野党で悪口の言い合い。経済は下請けいじめ。社内パワハラ、セクハラ。教育は校内暴力、校内いじめ。報道は、悪いニュースばかり。キャスターも評論家もわかったような口調で悪口や愚痴をこぼす。一般社会では、他人への無関心に続き、見ず知らずの人に対し、ちょっとぶつかっただけでも敵対心→暴力。なんでこんなに攻撃的な社会になったの?周りをおもいやる気持ちはないの?数え切れないほどの犯罪が発生するのは、報道が発達したから?私たちは悪いニュースばかりに接して、それを反面教師とすべきなの?報道の功罪、ネットの功罪。社会は良い方に向かっているのか、悪い方に向かっているのか、それすらも今はまだわからない。