ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

【ご報告】建長寺巨福能

2007-06-04 08:39:18 | 能楽

↑事前の稽古。作物は ぬえの手製だったりします

昨日、鎌倉・建長寺での「巨福能」が行われました。初夏の晴天の下、爽やかな風が吹き抜ける鎌倉。今回は自分の装束や小道具・作物類をたくさん持参したので車で現地に向かったのですが、心配した渋滞はまったくなくて、快調に走ってかなり予定より早く到着してしまいましたが、この大伽藍を目にすると。。やっぱり緊張してしまう ぬえでした。

仏さまにご挨拶をして、そして準備に取りかかりましたが、やはり通常の舞台とは大いに勝手が違って、立つ位置を最初から決め直す作業にかなり膨大に時間が取られ、これは予定通りに会場に到着していたら、慌てふためいて舞台に出なければならなかったところでした。あの柱を目指して歩いて、止まるのはここ。それからいつもより少し大きく廻って、作物が目に入ったらグッと左に切れ込んで廻って。。後ろ半分が畳、前半分が板敷きという条件の舞台でしたが、だんだんと位置の感覚もつかめてきました。

正午をまわって、お囃子方も到着されたところで、急遽代役となった チビぬえの出番のあたりだけを舞台で申合をし、これは簡単にパスできたので、爽やかな風を楽屋で感じながら支度を進めていると。。あれあれ?会場の周囲の扉は全部閉めちゃうのね。。うう。。これは予想外の展開。ろうそく能ではないけれど、ほとんどそれに近い状態に舞台は設えられました。

さて催しの冒頭にはお坊さんによって般若心経が唱えられ、これはあらかじめ客席にもお経を記した紙が配られていて、お客さまも一緒に唱えておられました。続いて ぬえの師匠による仕舞『千手』が演じられて、それから『隅田川』の上演となります。

楽屋からはいったん会場の方丈をとりまく回廊、というか広縁に出て、ぐるっと建物の反対側まで歩いていかなければなりません。そのときの風の心地よかったこと。ところが。。舞台はとんでもない暑さでした。おまけにわずかなライトだけで照らされた舞台からは目印にした柱も見えない。。閉め切られた方丈の舞台でしたので、あの古色蒼然とした唐門や、その前に広がる白州を眺めながら舞う、という ぬえの期待もみ~んな夢と消えました。ああ、事前によく確かめておけばよかった。。

そんなこんなで舞台は始まりましたが、事前に決めておいた立ち位置を見つけだすのに最初から苦労して、冒頭から手探り状態、とちょっと危ない滑り出しで、サシの文句を一箇所間違えてしまいましたが。。次第に様子もわかってきて、「狂イ」までにはようやく舞台を使えるようになってきました。

問題は。。やはり暑さで、まだ立っている時、動いているときはそれほど感じなかったのですが、舟の中でおワキの「語リ」を聞いている頃から身にこたえはじめて。それでもこの後は座っている型が多くなるので、身体がぶれないように気をつけてはいたのですが、おワキから鉦鼓を受け取って塚に向き、立ち上がったそのとき。。意識を失い掛けた。。「立ちくらみ」に似た、血の巡りから起きた事なのでしょう。こんな経験も初めてでした。重心がグラッと傾いたのであわてて踏みこたえましたが、お目汚しの点だったと思います。。反省。

おワキとの同吟の念仏はかなり苦しかったのですが、その後の地謡の念仏になってからは正気を取り戻して、子方もまあ、あの暑い中作物で待機していながら間違える事もなく、よくやってくれました。その後のキリはまあまあ自分では思い通りにできたとは思います。能楽堂を離れた環境で舞うことは ぬえは海外ではよくあるし、また日本でも薪能やホール能での経験は何度かあるのですが、それともまた違う、劇場の形式を備えていない会場での変形の舞台で舞う事がこれほどつらいとは思いませんでした。お客さまも大変だったろうと思いますが、終わって楽屋に帰ってきた子方もおワキも汗びっしょり。よい勉強にもなったし、反省点も多い舞台となりました。

ちなみに面白い事もありました。舟の中で我が子の死を知り、おワキに促されて立ち上がったとき、おワキとの約束では、ぬえは塚のそばの自分で決めた立ち位置に行きたいので、その位置に到着したときにはシテの方から向きを変え始め、おワキにはそれを見て「なうなうこれこそ彼の人の墓所にて候へ」と言ってもらう事にしていたのです。ところが歩き出してみると、あらかじめ目標にしていた柱も、作物も見えない。。「あれ。。??どうしよう。。塚は。。どこだ。。?」とものすごく不安になりながら、それでも歩き続けて状況が改善するのを、目標を発見するのを探っていたところ、背後からおワキが「なうなう、これこそ。。」と言ってくれた。そこで向き直ってみたら。。塚はそこにありました。楽屋でお礼を言ったら「ええ。。どうしようかと思ったんですが、ぬえさん、塚を通り過ぎようとしていたので、これは見失ったんだな、と思ったもので」というお返事でした。やっぱ、プロですね。そこまで見抜いて、約束を違えてまで臨機応変に対応してくれたおワキに感謝。

それからお笛。楽屋に到着した彼は挨拶を終えると開口一番「トメは『丁々』を残すんですね?ブログに書いてあった通りでいいのね?」。。おいおい。(^_^; でもあの美しい「丁々」には ぬえも心動かされました。とっても信頼しているお笛方の友人ですが。。がんばっているなあ、彼。

。。あ、これも読んでいるかも知れないからって、おべんちゃらを言ってるんじゃないですよ?(;^_^A

いろいろ反省点もあった舞台で万全とは言えず、お客さまにはお目汚しもあったことを まずはお詫び申し上げ、あわせてご来場頂きましたことを深謝申し上げます。今後ともご教示、ご叱正賜りますよう、伏してお願い申し上げます。m(__)m

で、今朝はこれから早速、今月研能会で上演する『春日龍神』の稽古を致します。上演までもうあと2週間だ!