ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

【ギャラリー】建長寺・巨福能『隅田川』。。そして能面作家について

2007-06-06 01:49:38 | 能楽

本日、建長寺での巨福能でスチール撮影を担当してくださった渡辺国茂さんより『隅田川』の画像が送られてきました。その撮影の腕前に ぬえはビックリ。よくまあ、あれだけ暗い中で、混雑の中で、ここまで鮮明に撮れるものだ。。しかもシャッター音は ぬえ、ついに耳にしなかったのに。面白いのは子方の登場のシーンですね。シテがぼんやりと事態が飲み込めないでいる様子が遠景に写っています。こういう構図の『隅田川』の写真ははじめて見ました。







これらの画像はあらためて撮影者の渡辺国茂さんの許可を得て、近々に ぬえの会のサイトにアップしておきます。

ところで、今日はまた昼から『春日龍神』の稽古をして、それから ぬえが信頼している能面作家の方のお宅に久々にお邪魔しました。ぬえとこの能面作家の方とは、もう15年ほどのお付き合いになります。能面を打つ方は現在では多くおられますが、もともとアマチュアとプロの境目のない世界で、この方は ぬえが初めてお会いした当初は「趣味で面を打っています」とご自分でもおっしゃっていましたが、まあ、もともと素養のある方である上に大変に勉強熱心な方。能面展など古面を間近に見るチャンスがあればどんな遠方でも駆けつけ、面を所蔵するいくつかの施設ではお願いして泊まり込むようにして面に接し。現代のものであっても、有名・無名を問わず、プロ・アマに拘らず、能面の個展があれば必ず覗きに行く、というほどの方で、その方面では有名であるらしい。

たまたま ぬえと出会ったのがこの方にとって初めて能楽師と接する機会だったらしいのですが、一代目の能楽師で能面も持っていなかった ぬえにとっても、このような出会いは予想外でした。まずはその出来映えに驚きましたが、ぬえはすぐにそれを拝借して師匠にお目に掛けました。これがまた。繋がったのです。あまり知られていない事かも知れませんが、ぬえの師匠は能面の知識、審美眼にかけては能楽界の中でも有名で、これは何人かの能楽師に「君のお師匠さんは、少なくとも関東では一番能面に詳しいんじゃないかな。。」と、ぬえも言われた事があります。

そこで師匠にこの方の面を見せて批評を仰いだのですが、まあ、その指摘のスゴイこと。「般若は角と下あごの牙が同じ角度だと、表情が効くんだよ」「なんでも古色をつければ良いってものでもないよ?十寸髪は真っ白な方が好まれるんだ」。。聞いている ぬえはただ呆然。そんなところを師匠は見ているんだ。。着目点が違うのです。そして師匠のこの批評を ぬえがこの方に伝えると、これがまたさらに発奮させたらしく、また新しく面を打っては ぬえがそれを師匠のもとに運んでご批評を仰ぐ。それを伝えるとこの方はまた直して持参する。。ぬえは、師匠とこの方の間に立ちながら、能面を見る眼を養いましたし、この方から作品を預かるときには「ここは大変だったんです。市販の面相筆ではここまで細い毛は描けないので、穂先を削って。。」こんな苦労話を聞いて能面を打つ技法についても(多少ですが)学ぶ事ができました。

この方の腕が上がってくると、師匠は古面の補修を頼んだり、海外公演で使いたいけれど、それはとても怖くて海外には持って行けない古面の「写し」を打つことを命じたり、というレベルにまで達してきました。師匠との架け橋になった ぬえに感謝されたのでしょう、この方は ぬえにもいくつかの面をプレゼントしてくださり、ぬえも「それならば」と自分の舞台にその面を使ったり。本当にこの方と ぬえは、一緒に育って来たな~、と思います。そしてこの方の面を使う、使わないとはまったく無関係に、この方は ぬえの舞台には必ずお出まし下さっています。ぬえが招待券を差し上げようとしても、「私はアマチュアですから」と頑なに固辞されて。。

建長寺にもお出ましになったこの方、その翌日に ぬえに連絡があって、「今度 ぬえ先生は『春日龍神』を勤められますよね? もしも、稽古のためだけでも、お入り用かも、と思って打った「黒髭」の面が出来上がりましたので、よろしければ差し上げます」という内容でした。じつは、こうして頂いた面が ぬえ家にはたくさんあります。たまたま今日は『春日龍神』の稽古をするほかに用事のなかった ぬえは、喜んで久しぶりにこの方のご自宅に遊びに行ったのでした。

それで、いつかこの方の事もブログやサイトでご紹介したいとずっと以前から思っていた ぬえはデジカメを持参して、この方が面を打つところを撮影して、この際ついでにプロフィールも聞き出そうと考えました。あらかじめ「演出も必要ですから、作務衣か何かを着られて、木屑が散乱する作業場でノミを振るうところを撮影させてくださいな」とまでお願いして。

ところが。。ご自宅に到着すると、この方、普段着のままです。そして。。「お気持ちはありがたいですが、私は ぬえ先生の陰に居させて頂いてお手伝いができる事があれば、それで良いのです。私はアマチュアですから。。」

。。。

ぬえは「人」とは本当に良い「出会い」があります。ぬえ、恵まれていると思う。建長寺などという大名刹への出演の機会を無名の ぬえに与えて下さる方。そこに情熱を込めて撮影される方。忌憚ない観能の批評を寄せて下さる方。そしてこの方。ぬえはこの方の実名を公表して宣伝して差し上げたい。でも。。この方の気持ちに背くわけにはいかない。。いまは。。ぬえだけはこの方を「能面作家」と呼んでおこう。


この方から頂いた「黒髭」は。。素晴らしいものでした。。