ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

師家所蔵 16mmフィルムのデジタル化大作戦!(その4)

2010-06-02 08:19:19 | 能楽
さてこの除幕式で ぬえの師匠(先代)が『羽衣』を勤めましたのですが、お相手は…よくわかりません。おワキや囃子方のクレジットがないのです。映像をよく見ると、小鼓は北村一郎師、大鼓は安福春雄師であるようですが、お笛と太鼓はわかりませんでした。

それどころか、『羽衣』の映像とともに流れていた音は…たしかに『羽衣』ではあるのですが、除幕式の当日の録音ではなく、囃子こそ入っているものの、故師が独吟で謡われたものでありました。総じてこのフィルムにはナゾが多いのですが、とりわけ音声については不審があります。すなわち除幕式のその場の音…能の実演の音ばかりではなく、挨拶・スピーチにいたるまですべての音がアフレコによるもので、ナレーション(フランス語)とピアノの独奏によるBGM、そうして前述のように故師の独吟+囃子による『羽衣』なのです。当時、野外という万全とは言い難い条件はあったものの、それを録音する技術がなかったとは思えず、ましてや話題性のある除幕式に思えるので、そのライブ音源を記録しなかったのはどうも不審が残ります。

ともあれ、全体で7分間という短いフィルムの中に式典がダイジェストで収録されているのですから、演能が収録されているのも わずか1分間程度です。こうして演能のあとに三保の松原から見た富士山の遠景が再び映し出され、「FIN」という文字が浮かび上がってフィルムは終了しました。

こうしたわけで、三保の松原での『羽衣』の演能、それも能や三保の松原への憧憬を持ち続けながらそれを見ぬままに若くして世を去ったフランスの舞姫を追憶するための石碑の除幕式での演能という意義深い催しであったにも関わらず、能の記録としては式典のダイジェストのほんの一部でしかなかったわけですが…それでもこのフィルムがDVDとなって師家に到着したとき、これを見た門下一同は、たいへん貴重な映像であるという感想で一致しておりました。

…それにしてもこのフィルム、ナゾは尽きないです。まず、一体 誰が何のために作ったものなのか。冒頭のテロップからして、エレーヌに捧げられたものでありながら、明らかに商用としての上映を念頭において作られていると思われます。…全編にフランス語の解説やナレーションが入っていること、三保の松原の景色をはじめ日本の習俗を写した映像も入れられていることから、本編はフランスでの上映を意識しているのは確かなのですが、唐突に冒頭に入れられた日本語のプロローグは…本編の完成後に追加されたものなのでしょうか。だとするとフランスでの上映のほかに、日本国内での上映も計画されていたわけですが、それにしては本編のフランス語のナレーションを日本語に吹き替えたり、字幕を入れるなどの処理は施されておらず、これまたナゾは深まるばかり…

ところが、このあと意外な展開がありました。

完成したDVDを師家や門下にお目に掛けたところ、ぬえの現在のもう一人の師匠…師匠の弟師から、ご自宅にこのフィルムと類する録画がある、とのお知らせを頂いたのでした(!)。

師は、フィルムで『羽衣』を舞っておられる先代師匠のご次男に当たられるのですが、ご多忙にもかかわらず、このような記録類は普段からきちんと整理・保管されておられる方。この度もDVDをご覧になってすぐ「三保の松原でのエレーヌ夫人のための羽衣…そういえば うちにもこの時の録画があるよ。このフィルムとは全く違う内容だったと思う。終わってから父が関係者と握手を交わしていたり…なにかのニュース映像だったかもしれない」と即答されました。これを聞いた ぬえは仰天!

早速、催しの合間を縫って師のお宅にお邪魔して録画を拝借して参りました。

伺ったところ、件の録画は もとはベータの時代のビデオテープに録画されたもので、最近保存のために師がみずからDVDに焼き直されたものだそうです。ダビングを重ねて画質が悪いから、とのことで、オリジナルであるベータのテープも貸して頂いたのですが…さすがに ぬえ家ではベータは再生できませんでした…(__;)