<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

ほろほろと泣きだしてしまうような

2014年06月26日 18時02分48秒 | Weblog
ラブレターを書きたい。これを書いて捧げる人はいないけど、それでも書きたい。人に愛を感じていたい。人を美しくあたたかく見ていたい。読んだその人が、この世に生きていることが無上のよろこびであると思うようなラブレターを書きたい。この世に愛があることで嬉しくなってほろほろと泣きだしてしまうようなラブレターを書きたい。そうやって人間と人間との愛に触れてあたたまっていたい。
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仏陀の横顔をスケッチしました

2014年06月26日 17時51分28秒 | Weblog
今日は仏陀の横顔をスケッチしました。2B鉛筆とボールペンで下絵を描きそれからクレヨン水彩を使いました。官製葉書の裏ですから、そんなに長い時間をとりませんでしたが、こころを集中させて完成させました。作品は仏壇に供えて、育ててもらった両親の位牌にも見てもらっています。いい出来映えではないに決まっていますが、束の間を仏陀その人に向かい合っていられたような満足がわたしを静かな夕暮れの海にしています。

仏陀の横顔をスケッチできるなどというのはわたしにできることではありませんから、これはきっとあたたかい助けがたくさん入っているはずです。
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わたし一人を美しくするために

2014年06月26日 17時33分39秒 | Weblog
「仏陀その人に仕えるがごとく」

わたしは仏陀ではありません
仏陀ではありませんが
仏陀その人に仕えるがごとくに
仕えてくれているものがいます

一人ではありません
二人ではありません
十人百人千人ではありません
ここにいる全ての人が
わたしをよろこばそうよろこばそうとして
よろこんでよろこんで暮らしています

人ばかりではありません

今日はダリアの花が赤く咲きました
わたしのところへ来て美しく咲きました

わたし一人を美しくするために
あたかも
仏陀その人を美しく荘厳するがごとくに

お昼から雨が大空から降り注いで来て
大地を潤しました
水入れの田圃では
オタマジャクシがすいすい泳ぎました

これはわたし一人のこころを
あたかも仏陀その人を潤すが如く
潤すためでありました
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あなたにはどんな苦労もさせませんよ

2014年06月26日 16時31分29秒 | Weblog
「空気」

わたしがここへ生まれて来て
そしてそこから
わたしが呼吸をするための空気は全部まるごと
わたしが製造しなければならなかったとしたら
これは大変な苦労を強いられねばならないところでした

わたしは空気生成化学の勉強から始めなければなりません
そしてそれから空気製造工場を建設しなければなりません
それには建築工学のスペシャリストにならねばなりません
工場の機械を動かすには人手が要りますから
労賃を支払わなければなりません
労賃を支払うには資本金を所持していなければなりません
その資本金を稼ぎ出すためには働きに出なくてはなりません
働くためには元気でなくてはなりません
元気でいるためには新鮮な空気を吸っていなければなりません

この過程がすべて省略されていました

わたしが呼吸をする空気は初めっから満ち満ちていたので
いきなり呼吸ができたのです
おぎゃあと泣くだけで肺に空気が届けられ
頬も唇も手も足もほんのり麗しい桜色になれたのです
しかも誰のものでもなく吸いたい分をどれだけ沢山吸っても
横合いから文句も出ることもありません

お米は買い出しが必要ですが
新鮮な空気はお代がいりません
しかも毎秒向こうから鼻先へ届けられてきます
買い物袋を提げてスーパーへ買い出しに行く暇が省けます

量に限りがありませんから毎日毎日腹一杯吸うことができます
地球上の生き物がみんな消費しているから
なくなってしまいそうですが
なくなりません
不思議です
できたばかりでいつだって新鮮です
腐りません
死ぬその日まで吸っていていいのです

あなたにはどんな苦労もさせませんよ
空気はそう言うのです
吸いたいだけわたしを吸って
どうか元気で溌剌として生きていてください
空気はそう言って頼んで頼んでわたしを拝んでさえいるのです
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松影過窓 これで安定している

2014年06月26日 09時52分01秒 | Weblog
松影過窓 しょうえいかそう。松の影が窓を過(よ)ぎる。



障子戸の窓を庭の松の影がちらちら過ぎって行く。風が吹いているのだろう。昼下がりの家内(やうち)は静かだ。



人生は絵である。美しい絵である。絵を見せて、また絵を見せて、松すらも美しい絵を見せて、わたしをふうらりと過ぎて行く。



今日もまたそうだ。わたしの寄りかかる窓辺に風の音が流れて松の影が揺れている。それでどうしたということもない。どうにもしなくとも、絵になっている。



どうにかしよう、どうにかしよう、もっといい策があるはずだと勘定することもない。これで安定である。これから先のことも過ぎたことも、とうに笹舟に乗せて流してある。
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自治能力がある これに頼れ

2014年06月26日 08時25分33秒 | Weblog
人間には自治能力がある。これに頼れ。頼れる能力だからこれに頼れ。

自治能力とは自分で自分をコントロールできる能力だ。自分の病気くらいは自分を治せる。魚だって鳥だって獣だってこれを駆使している。アンバランスをもとに戻す翼(つばさ)が身体には設置されているのだ。

自治能力とは自分を治める能力だ。統治し統御するセンターだ。こころが衰微しかかっているときにもこの能力が顔を出してきて解決を図ることができる。

おれにはそんなことはできない、そういって尻込みをすることに、三郎は長けている。そして、事実それをしない。しないで終わる。

いろんなことができるように、人は造られている。やってみることだ。打って出ることだ。打って出ていけばそこで自治能力が首をもたげてくることになる。きっと助けが入る。

自分の能力を、敢えて、好んで、1000分の1にして放り出しているが、1000倍にすることも可能なのだ。制限はかけられていないのだ。自治能力を持つ人間は予想以上に、期待以上にパワフルである。

大きく大きく息を吸へ。下腹の丹田に力を込めろ。うううう~んと唸ってみろ。三郎は三郎に命令を下してみた。これでなんだかやれそうな気持ちになってきた。なんでもやれそうな気がしてきた。魔法がかかったのだ。
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アトムにはお茶の水博士がついているぞ

2014年06月26日 07時23分02秒 | Weblog
おばば様は年を取っている割にはでっぷりと肥えていて恰幅がいい。案外、見た目よりも若いのかもしれない。わたしの夢の中においでになるおばば様だ。いつも高い高い塔の最上階におられるので、わたしはふうふう荒い息をついて、そこを登って行かねばならない。螺旋状の階段は長い。くたびれて、明かり窓からちょいと外へ飛び出して、わたしは雲を呼んで休憩を謀る。雲よりももっと上から、おばば様のお誘いの声が降ってくる。塔上の神宮の屋根が反り返っている。もう一度階段へ戻って駆け上がる。神宮の内宮はだだっ広い。よう来たよう来たのねぎらいがかかる。おばば様の前に座る。おばば様の手が触れる。わたしに電流が走る。すると途端にわたしは青龍になっている。山の大岩の奥のがらんどうから引き出されて来た青龍はおとなしくそこにとぐろを巻いている。

おまえは尻込みばかりするから困る。なぜもっと縦横無尽に活躍をしないのだ。今夜のおばば様は、青龍に説教を垂れている。おまえには如来神力がこめられているが、ちっともそれを使わないでいる。これじゃせっかくの明珠に錆がつくばかりだ。おまえは自分の威力にまだ気がついていない。おまえにゆだねられている千万力の力をどうして無駄にしているのだ。おばば様の叱咤が続く。縮んでいた風船がふくらむように、青龍のわたしに勇気のようなものがわき起こってくる。胸があたたまってくる。熱くなる。具備された力を発揮しろ。おばば様の命令が下る。



鉄腕アトムにはお茶の水博士がついている。青龍にはおばば様がついている。後押しがついてないとすぐに自信喪失してしまうからだ。飛べアトム! これでアトムは空を飛ぶ。飛べ青龍! これで青龍も空を飛ぶ。宇宙の果てまであっという間だ。空を飛ぶなんてそんなことはできっこないと思い込んでいたのが嘘のように、飛んでいる。パワフルだ。勇猛果敢に如来神力が発揮される。宇宙のあちらこちらにわだかまっていたさまざまな困惑がこれで解決する。



自分がパワフルだということに気がついていない人がごまんといるだろう、きっと。横着や傲慢になってはいけないけれど、あまりにも萎縮し過ぎていやしないか。萎縮を以て美徳としているふうだが、それは誤認ではないのか。人はおおよそ自分がどれほどパワフルであるかということを知らないでいる。知らないでいようとしている。知らない方が楽ができるとしている。神がかる必要は毛頭ないが、人間に備わっている固有のパワーというのは百万馬力くらいではないはずだ。
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森の全体を一呑みにして咀嚼する

2014年06月26日 06時49分38秒 | Weblog
わたしの魂魄氏が深々と息を吸う。おいしがる。まるで新緑の森の全体をを吸っているかのように深々と。ご機嫌だなということが、これで判明する。

息を吸うのは腹だ。だから、もちろん腹もいっしょにおいしがっているはずだ。下腹に手を当ててみるとゆっくりゆっくり上下して振幅している。

息を吸わなくなったら、そこで一巻の終わりを迎えることになる。その時をまだ迎えていないので、賢い魂魄氏はからだをしていのちのゆたかさを腹一杯堪能させているのだ。そうしていいのだ、もっと。もっともっとしたたかに。

おいしい。朝の空気がおいしい。何がどうしたからでもない。ともかくおいしい。蛇が象をそうするように、森の全体を一呑みにして咀嚼する。今度は山全体を。そして大空を。

しばらく大空が下腹でにょごにょごしている。やがておとなしくなって、こなれる。あなたの内宮はすがすがしいところでしたよ、などと感想を述べている。これを聞いた魂魄氏はまんざらでもない顔をする。
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