わたしが快であるとわたしの時間が快になります。わたしの時間が快になるとますますわたしは快になります。相乗作用が起こります。わたしが快になるとわたしのカタチが快になります。わたしのカタチが快になるとますますわたしは快になります。ここでも相乗作用が働きます。わたしが快になるとわたしの臓器、血液、ホルモン、免疫抗体、バクテリア、ウイルスたちが快になります。わたしの臓器たちが快になるとわたしはますます快になります。わたしが快になるとわたしの目が見る風景が快になります。耳が聞く音の旋律が快になります。わたしたちは共同体ですから、互い互いにこうして惜しみない協力をし合っています。そうすることで全体が快を利益できるからです。利益者は外に向かって歩き出します。周囲に快を発散する立場にも立てるからです。
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さぶろうは1月2日になってそんなことを考えましたが、さぶろうをそんなふうに考えさせたのはさぶろう以外の別物のようです。さぶろうに盛んに働きかけてきます。だからさぶろうは「よき導き手」に新しく新しく導かれているとも言えそうです。そういう受け取りをこころみてみました。
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山から下りてきた冬鳥たちが我が家の庭先で鳴いています。彼らも快を友達にしているようです。わたしは居ながらにして、わたしを訪ねて来た訪問者たちの愛らしい鳴き声を聞くことが出来ます。彼らはみな具現した神々の使者なのかもしれません。