1
あの人のことを思っている。そういう時間の、まぼろしの宮殿に来ている。
2
時間が宮殿を構築している。ただし、これは山霧でできている。すぐに消えてしまう。
3
せっかく人に生まれて来た。せっかく美しい地球に生まれて来た。せっかく美しい人生を生きている。
4
しばらくあの人のことを思っている。そうするだけで、人生が美しくなって立ち上がって来る。
5
行動に移すことはない。行動に移せばかならず邪心が起こる。邪鬼になる。きっと害を及ぼす。
6
だから目を閉じて、霧の立ちこめる胸の宮殿にいて、思っているだけでいい。
7
人に生まれたことを美しく感じていられればいい。
8
この冬の日には、あの人は楚々とした日本水仙になっている。
9
水仙には音声が放たれる口がない。白い花弁の中央に黄色い花冠がある。花冠の内側に雄蘂雌蘂が寄り添っている。