<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

お日様は偉大です。あたたかいところと冷たいところを分けられます。

2023年01月25日 16時28分22秒 | Weblog

もう午後の4時半になっています。日が傾き始めています。

我が家の前(南側)には人が住んでいない家が建っています。影を作ります。

影になっている我が家の、隣接する畑は、雪が解けていません。積もったままになっています。

影がしだいに長く延びて来て、そこには夕暮れが早く来ます。

我が家の北側も同じです。家が影を作っていますから、そこの部分は雪も解けていません。

お日様は偉大です。お日様の光が届く届かないでは差を生みます。届かないところは冷たくしています。

影になっている部分の畑では、作物も栄えません。

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気晴らしにドライブをして来ました。

2023年01月25日 16時18分57秒 | Weblog

気晴らしにドライブをしてきました、往復1時間ほど。気分が晴れました。青空のようにすっきりしました。

大きな道は雪がすっかり解けていましたが、日陰になっている部分はまだ雪がわずかに残っていました。

雪が残っているところは、滑らないようにゆっくり走りました。ところどころで緊張しました。

外出するときには、外出着に着替えます。これだけでも気分が転換されます。

雪を被って白くなっている遠くの山々を見ながら走りました。これだけで爽快になれました。

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何日間もこの状態です。

2023年01月25日 14時29分57秒 | Weblog

ステキな詩がひょっこり顔を見せてくれないかなあ。

と、思っているのですが、顔を見せてくれません。

メモ用紙に書き止める用意だけが出来ています。

何日間も何日間もこの状態です。

わたしに興味がなくなったのかなあ?

そんなことはない、そんなことはない。わたしのつぶやきがもれます。

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犀のように一人でとぼとぼと。

2023年01月25日 14時21分58秒 | Weblog

組織に加入しなくともいいのではないか、とわたしは思います。

宗教は組織化すると強引になります。

軍隊のように足並み揃えて行進しなくともいいのではないかと思います。

信仰はあくまで自由であった方がいいのではないかと思います。

犀(さい)のように、一人でとぼとぼと歩いて行くことにも意味があるように思われます。

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仏様に頭を撫でられる場面。わたしの愉快な想像。

2023年01月25日 14時08分53秒 | Weblog

ああ、よかったなあ。

わたしはこれで神々や仏様方に頭を撫でられることになるでしょう。

その場面を想像しています。勝手に想像しています。

で、にっこりしています。愉快な想像です。

「これで」というのは、法華経をこのブログに取り上げたことです。

これで、法華経を物語として読んでみたくなった人が出てこられるかもしれません。

合縁奇縁。

のちのち、(何十年何百年何千年か後に)、法華経に登場される神々ともお会いになられるかもしれません。

 

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此処へ帰って来たらわたしは、

2023年01月25日 13時57分14秒 | Weblog

わたしは法華経に書いてあることをこのブログで取り上げました。生きている間にこれができました。

これで、生きていることに意味が生まれました。

わたしはこの後も、つまり此処を去った後でも、何度も此処へ帰って来たくなるはずです。

此処へ帰って来たらわたしは、死んでいながら生きている者のようにして、にっこりほほえむはずです。

ここがもう法華経の世界になっているからです。仏さま方、菩薩様方、神々たちがわたしをやさしくやさしく取り巻いておられます。

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「大法螺を吹く」の語源の仏典を読む。

2023年01月25日 12時56分58秒 | Weblog

時に諸々の梵天王、一心に声を同じくして、偈頌(げじゅ)を以て曰く、唯(ただ)願わくば天・人の尊よ、無上の法輪を転じて、大法の鼓(つづみ)を撃ち、大法の螺(ら)を吹いて、普(あまね)く大法の雨を雨(ふ)らせて、無量の衆生を度したまへ。我等、咸(みな)帰請(きしょう)したてまつる。当(まさ)に深遠(じんのん)の音(みこえ)を演(の)べたまふべし。

法華経 化城諭品巻7より

法華経を開いて化城諭品第7の巻を読んでいます。ここを読むとわたしは気持ちが晴れ晴れとなります。魔法に掛かってしまいます。

梵天王が登場されてきます。それも一人や二人ではありません。彼らの前には大通智勝(だいつうちしょう)如来がおられます。「天人」は天界の天人と人間界の人を指しています。「尊」は尊ぶべき方、つまりここでは如来様を指しています。

梵天王たちが大通智勝如来に、悟られた法をわたしたちに説いて下さいとお願いしている場面です。「転法輪」の場面です。

しかししかししかし、わたしは時間を縮めて、お願いする前の状況設定であるとするよりは、その後の場面として、ここを読んでみました。

感動した天地四方が大法の鼓を高らかに打ち鳴らし、法螺貝を吹き、法雨を降らせます。これによって無量の衆生が救済されて行きます。仏がいよいよ悟られた法を説かれます。

「大法螺(おおぼら)を吹く」の語源が此処にあります。

わたしたちはみな仏様に帰命しています。お願いが聞き届けられましたので、いま奥深いお悟りの法を聞かせて頂きました。わたしたちは歓喜の頂点に達しております。

お願いの場面を通り越して願いが成就した場面として解釈しました。ここの解釈はいささか急ぎすぎかもしれませんが、わたしはそれではまだろっこくて、いきなり過去形で受け取ってみました。

無量の衆生が済度された場面として解釈してみました。そして歓喜に浸っています。地上に生きる者すべてが安心を得た場面としての風景を描いて、歓喜に浸っています。

法華経にはたくさんの仏様、如来様が登場されてきます。この宇宙が何度も何度も誕生し消滅する間に、ガンジス川の砂ほどの多くが仏に成られたのでした。大通智勝如来もその一人です。

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大法を説かれる仏様の輝き渡ったお顔と、それを聞いてよろこぶ人たちの輝き渡るお顔が浮かんできました。輝きと輝きが交錯する場面です。

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そんなことがあるものか、とする見方もありますが、わたしは「それはあった」として読んでいます。そしてその事実がこのわたしにまで届いているという受け取りをしています。

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二つのタイプ。それぞれの役割。

2023年01月25日 12時07分44秒 | Weblog

強くしていないと生きられないというタイプの人がいる。彼らはどんどん強くなる。そしてそれを自慢する。おれはこんなに強いんだぞっと言って、威張る。威張るとまわりは平伏することを知って鼻の穴が太くなる。人を下に敷いてしまう。命令を下すようになる。命令に従った者が、強さを分けてもらえることになる。

その反対もいる。反対のタイプもいる。いつもいつも弱々しくしている。それでも生きている。しぶとく生きている。しかしこのタイプの人は人を下に敷かないでいられる。己を、最低の低さに置いていられる強さがある。そこで<人を見上げている>という役目を遂行している。

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屋根の雪が解けない。

2023年01月25日 12時03分21秒 | Weblog

12時。正午。屋根の雪は解けない。お日様は照っているのに。負けじとふんばっている。意地ってものがあるのかなあ。いったん張り付いたんだから、早々に退けないぞって思っているのかなあ。きらきらした目をしている。

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おれはみっともないほどに弱い男だ。

2023年01月25日 11時45分37秒 | Weblog

どれだけでも強くしていられる人がたくさんいるというのに、おれは違うなあ。おれはみっともないほどに弱い。ほんとにみっともないほどに脆い。戦闘態勢が取れない。100歩まえで已に負けてる。よろけて、くずれる。これじゃ、頼りになれないよなあ。

戦場には行けない。武器なんか持てない。人なんか殺せないよ。わあんわあんその場でおしっこを垂らしながら泣くだけだろうなあ。国なんか守れないよなあ。家族でも守れないよなあ。この不甲斐なさだらしのなさに、その場にいた人はみんな呆れかえってしまうだろうなあ。

強い人は戦いを仕掛けることができる。おれは強いんだぞと自慢が出来る。強い人がいなければ戦争なんか起こらないかもしれない。

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