第224回 2019年5月28日 「進化する 暮らしの器~岩手 南部鉄器~」リサーチャー: 中山エミリ
番組内容
シンプルなスウェットパーカー。軽くて柔らかく、しかもくり返し洗濯しても風合いが失われない。「極上の肌触り」と人気のイッピンだ。明治時代からニット製品を作ってきた和歌山。今も、世界から注目される高品質のニット生地を作り出している。その現場へIMALUさんが。ニットを編む「吊り編み機」という古い機械や、様々な生地を作る職人技、新しい機械で難しい編みに挑戦する会社など、和歌山のニット製品の底力に迫る。
*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201905211930001301000 より
岩手で作られる「南部鉄器」と言えば、重厚な風格です。
最近は、バラエティに富んだ商品があり、白と金の柔らかな印象が特徴的な急須に、プロも愛する鉄のパン焼鍋。
今回は進化を遂げる南部鉄器の魅力に迫ります。
1.鉄急須「白金」(空間鋳造・岩清水久生さん)
「南部鉄器」には主に二つの生産地があります。
一つには奥州市水沢地区です。
岩手県奥州市水沢での鋳物づくりは、盛岡よりも古い1088年に始まり、1000年もの歴史があります。
この地域では、鍋や釜など生活用品を手掛けてきました。
工程に機械化を取り入れることで大量生産を可能にし、手頃な価格で提供しています。
現在、南部鉄器を造る工場が40以上あります。
その一つ、「空間鋳造」は、国内外数々の授賞を授賞している鋳鐵作家・岩清水久生さんの工房です。
岩清水さんは起伏ある表面の風合いにこだわった作品作りをしています。
鋳肌の独特な質感を生かしたモダンなデザインが特徴です。
和と洋がバランス良く取り入れられたシンプルで美しいデザインは、現代の生活に心地良く馴染み、お部屋の雰囲気を壊さずに自然と馴染んでくれます。
「鉄らしさ」にこだわる岩清水さんは、鉄の持つ表情、質感、色を引き出すために、
南部鉄瓶の製作に「生型」(なまがた)製法を用いています。
「生型」とは、木製または金属製の上下枠に、製品と同じ形の種型を入れ、砂を入れて押し固めます。
上下枠を外して原型を取り出すと、砂の鋳型が出来ます。
これに溶かした鉄を流し込むという鋳造製法です。
焼成(乾燥)せずに「生」のまま鋳造するので「生型」(なまがた)と言います。
この製法のメリットは、砂を繰り返して使用出来ることから、一つの原型から数個以上の製品を作り出せるため、
量産型でかつコストが安いだけでなく、工期も速いこと、形状に対する柔軟性もある伝統的技法です。
主に生活道具を製作していた水沢では、伝統的な「焼型」製法の他に、
生産性を重視した「生型」と呼ばれる製法が取り入れられてきました。
造るのは職人の千田正夫さんです。
まず、鋳物砂を固まりやすくするためにデンプンを混ぜ合わせます。
砂の固さはその日の湿度や気温に左右されるので、水で調整をしていきます。
それが終わったら、絶妙な凹凸のあるアルミの型の中に鋳物砂を入れます。
機械で圧力をかけて鋳物砂を押し込みます。
これを急須の上と下部分を作り、そこに砂で出来た内型をセットし押し当てて、型は完成です。
この型に1400度の鉄が流し込むと、5分で急須の形が出来上がります。
微才な凹凸もしっかり表現されています。
「量産」とは言え、この「生型」という技法を用いるから、
鉄に面白い表情が生まれ、 また余計な装飾のないフォルムだからこそ、その質感が引き立つのです。
この後、塗装に入ります。
鉄の下地に黄色を塗って白を重ねて、金色に粉雪が降るような「白金色」の鉄瓶になっていきます。
「白金色」は、空間鋳造の代表的な色です。
岩清水さんは、デザイナーの原研哉氏の著書の中に、「白という色は感じるものだ」と書かれたのを見てから、「南部鉄器」も「黒」と「茶」だけでなく、「白」もよいのではないかと考えるようにったそうです。
白は優しさがあり、それが上手く組み合わさって見たことのないような「南部鉄器」になるとおっしゃいます。
仕上げは岩清水さんの担当です。
お湯で白い塗料を拭き取っていきます。
磨き過ぎると色が取れ過ぎてしまうので、バランスを見ながら、手のひらを使って丁寧に行っていきます。
20分かけて完成。華やかで上品な急須が出来上がりました。
鉄急須「白金」は月をイメージしてデザインされた鉄急須です。
白の隙間から覗く金色が華やかな印象です。
使い込んでいくうちに、白が少しずつ剥げて金色が出てきますので、経年変化を愉しむことが出来ます。
急須は内部が琺瑯加工になっており、使い勝手も抜群です。
電気ポットや湯沸かし器はとても便利ですが、鉄瓶で丁寧に淹れた白湯の美味しさは格別なものです。
最初は手間が掛かりますが、お気に入りのデザインの鉄瓶であればなおさら愛着が湧いてきます。
空間鋳造 岩手県奥州市水沢羽田町堀ノ内33
2.南部鉄瓶(薫山工房)
「南部鉄器」のもう一つの産地、盛岡市が得意とするのは「鉄瓶」です。
重厚な鉄瓶の伝統柄と言えば「あられ文様」です。
「薫山工房」の職人の水澤さんに、「あられ文様」の鉄瓶の製作過程を見せていただきました。
「薫山工房」は昭和12年創業の工房です。
現在は、「盛岡手づくり村」内に工房を構えています。
「盛岡手作り村」は、盛岡を代表する観光施設です。
南部鉄器、南部せんべい、竹細工など11業種15の工房があり、職人の技を見ることが出来ます。
盛岡手作り村 岩手県盛岡市繋尾入野64-102
「あられ模様」は、「霰」(あられ)が降る景色を表現したものと言われています。
雨より小粒な霧雨が降っているような霞を細かな「点」で表現した模様です。
何とこの「点」は、鋳型に一つ一つ手作業で付けていきます。
南部鉄器の生産・制作技法は、「焼型」と言われる、古来より伝わる技法を取り入れた手作りの技法と、「生型」と言われる大量生産型の技法があります。
薫山工房の南部鉄瓶・茶の湯釜・鉄花瓶は、「焼型」で手作りで制作しています。
まずレンガの内側に水に溶かした粘土を塗り、その上から砂を何層にも重ねて鋳型を作っていきます。
鋳型が完全に乾く前に、「あられ棒」という先の丸い専用の道具を使って型に引いてある線を頼りに、霰(あられ)の文様を押していきます。
その力加減は長年培った感覚。
一日半でおよそ3500個のあられ文様が作られるそうです。
手作業のため、不揃いで一つ一つ違った表情の鉄瓶が出来上がるのもまた手作りの魅力。
どんな鉄瓶がお手元に来るのかは、まさに一期一会の出会いです。
紋様押しが終わった鋳型を完全に乾かした後、約1300度の炭火で焼き、更に鋳型の制作で使用した木型より2㎜程小さく作った「中子」を組込んだら、鋳込みの準備が出来ました。
溶かした鉄を「とりべ」と呼ばれる柄杓に取り、鋳型に流し込みます。
薫山工房 岩手県盛岡市繋尾入野64-12
3.タミさんのパン焼き器(及源鋳造)
地元のパン屋さんで愛用しているのは、不思議な形の南部鉄器の鍋です。
蓋をしてオーブンで焼くこと40分。
鍋肌が分厚いので、しっとり焼け上がったパンの中はとってもクリーミー。
このパン焼き器を製造するのは、嘉永5(1852)年)創業の老舗「及源鋳造」です。
伝統的な鉄鍋鍋に留まらず、現代のライフスタイルに合わせた商品開発に取り組んできました。
製品の種類は500以上に上ります。
その中でも最大のヒット商品が、平成11(1999)年に発売した「タミさんのパン焼器」です。
有名通販雑誌やTVショッピングなどを通じて高い評価を得ています。
「タミさんのパン焼器」は、五代目社長・及川久仁子社長の及川さんが持っていた、大正4(1915)年生まれのお祖母さま「タミさん」こと近江タミ子さんが持っていたジュラルミン製のパン焼き器を復刻したものです。
終戦直後、「タミさん」さんは露店でたまたま見つけたジュラルミン製のパン焼器で子供達にパンを焼いていました。
当時、ジュラルミン製のパン焼き器は日本全国に普及していたようです。
社長はその時を思い出し復元しました。
しかし開発は容易ではありませんでした。
パン焼き器は鍋に接するパンの側面を焼きながら、中央の「煙突」を通った熱でパンの上部も焼くため、コンロでも短時間でパンを焼くことが出来ます。
ネックになったのは、この「煙突」部分。
薄く複雑な形状を鉄で作るのが大変だったのだそうです。
まず機械で砂型を作り、とにかく頑丈にすることに励んだ。
一つの製品を造るのは、100㎏もの鋳物砂を使うのだそうです。
これを巨大な機械で圧縮。
こうして固めることで、複雑な煙突の形も型崩れしません。
砂型に鉄を流し込んだら砂型を外しますが、頑丈に固められた砂型は崩すのも楽ではありません。
そのためドラム式の筒状の機械で回転して崩していきます。
鍋の形が安定するように、40分かけながら冷却していきます。
振動するハンマーで中の砂を除去し、細かな砂を落としたら、手作業で磨き上げて着色し、やっと完成です。
平成27(2015)年、タミさんが100歳を迎えた記念にパン焼器はより使いやすい形に生まれ変わりました。
「タミパン クラシック」です。
このパン焼器には、世代を超えて伝えたい
タミさんの母としての愛と温もりがたっぷり詰まっています。
及源鋳造 岩手県奥州市水沢羽田町堀ノ内45
*https://omotedana.hatenablog.com/entry/Ippin/Iwate/NanbuTekki_2 より