いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

< 郷土料理 > 青森 きんかもち

2023-12-07 07:19:56 | 郷土料理

 「きんかもち」

 主な伝承地域 南部地方

 主な使用食材 小麦粉、くるみ、味噌、黒砂糖

 歴史・由来・関連行事
 古来やませによる稲作の冷害に悩まされた南部地方では、小麦、あわ、ひえ、蕎麦などの雑穀文化が発展した。黒砂糖とくるみ、味噌でつくった餡を小麦粉の皮で包み、半月状にととのえてゆでた「きんかもち」は、そのような環境で生まれた変わり種の郷土料理。黒砂糖が大変高価で贅沢品であったことから「金貨餅」と名付けられたと伝わる。100年以上昔から各家庭でつくられ、送り盆に仏壇に供えたり、農神様への年取りに供えたりした。半月型が農作業時にかぶる「ばほり笠(編み笠)」に似ていることから「ばほりもち」、かますという穀物保存用の袋に似ていることから「かますもち」、同じくかたちが似ていることから「みみっこもち」「かい(貝)こもち」などの呼び名もある。

 食習の機会や時季
 盆や年取りのお供えには欠かせない。農作業の合間のおやつとしても親しまれたが、高価な黒砂糖と、殻をむくのに非常に手間のかかるくるみを使うことから、主に特別な日の行事食であったと考えられる。昔は祖母から母へ、娘へと伝わり餡の味も家庭ごとに個性があったが、現在は手づくりする家庭が減少している。

 飲食方法
 そのままかぶりつくように食べるが、中に入った餡が「たれ」のように熱いため、はじめて食べる人は注意が必要。子どもたちが、とろりとはみだした真っ黒の餡を手や服につけてしまうのが、定番の風景だ。くるみの歯ごたえと黒砂糖のコクのある風味、味噌で甘じょっぱく仕上げた餡が食べ飽きない。

 保存・継承の取組(伝承者の概要、保存会、SNSの活用、商品化等現代的な取組等について)
 共働き世帯の増加や核家族化により家庭で日常的につくられる機会は減っているが、子どもに喜ばれる郷土食であることから、子育て支援活動や食育を通じた伝承が期待されている。

*https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/kinka_mochi_aomori.html より

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<おせち> 酢の物-酢だこ

2023-12-07 07:16:05 | おせち

 「酢だこ」

 「酢だこ」の由来
 古来より赤色には魔除け効果があるとされている事と、たこが逃げる際に墨を吐く習性を「苦難を煙に巻く」としてタコが縁起物とされています。 また「たこ=多幸」と語呂合わせできることから、幸せの願いを込めておせち料理に入れられます。

 「酢だこ」の特徴
 酢だこは茹でて色鮮やかにしたたこを、甘酢に漬けた料理です。
 紅白模様が縁起よく、おせち料理入れると重箱が華やかになります。
 酢だこはマイルドな酸味があとを引き、酒の肴にもピッタリです。たこは酢で料理することによって日持ちします。

*https://www.jreastmall.com/shop/secure/detail_sudako.aspx より

 関東より北側で愛されるおせち「酢だこ」!タコが縁起物として好まれるワケとは? 公開日時:2018/08/22 10:00  更新日時:2022/11/09 13:44
 真っ赤に茹でられた「酢ダコ」。おせちの中ではどんな意味を持つのでしょうか?

 関東より北側で愛されるおせち「酢だこ」!タコが縁起物として好まれるワケとは?
 真っ赤に茹でられた「酢ダコ」。おせちの中ではどんな意味を持つのでしょうか?
 酢だこがおせちに入れられるのは、その見た目が鮮やかな紅白で縁起が良いという説が有力です。「酢」が入っている理由としては単純に三が日の間、日持ちするようになるためと考えられています。
 ただ、 関東より北の地域ではおせち料理に酢ダコを入れますが、関西ではタコ「タコのうま煮」を入れる場合が多いため、地域によっては「おせちの酢ダコ」に馴染みがない場合もあります。

 多くの幸せから受験の合格まで?タコに込められたゲン担ぎとは?
 調理法が異なるにせよ、タコがおせち料理に使われるには、 タコという名前に「多幸」という当て字が使われることに由来します。また、関西を中心に受験生の間で生まれた新しい語呂合わせ、英語で「オクトパス」と言うところを「置くとパス(合格)」 と書き換え、難なく受験に合格できるという意味にあやかって、おせち料理に入れ始めたという説もあります。他にも関西では「夏至にタコを食べると元気になる」と言われており、「八本の足のように、稲が四方八方へ根を張って豊作になるように」、「タコを食べて体力をつける(夏の暑さに負けない)ように」というさまざまな願いが込められ、おせち料理以外でも親しまれている食材です。

 タコが人を助けた?八本の足と墨も縁起の良いモチーフの一つ
 昔から川や海など水に近い地域では、タコが善良な行いをしてくれたという伝説が残っており、タコは縁起物として取り上げられることの多いモチーフです。八本もの足で一度獲物に足を絡めたら最後、ぐにゃぐにゃと柔らかい体からは想像できないほどの強さで決して離さない様子から「善いものに吸い付く」という意味に転じ、墨を吐いて敵から逃げる様子は「苦難をけむに巻く」として、縁起物として親しまれてきました。

 他にも「行き詰まらないで道を見つけられる」「ゆでた赤い色が魔除けとなる」など様々な云われもあり、おせちに添えるにはぴったりの食材です。 タコは、天高く舞い上がる凧と語呂が同じで縁起が良いとも言われ、蛸唐草も縁起の良い模様として知られています。タコそのものが総じて縁起の良い生き物であり、おせちに入るのもごく自然の流れだったのかもしれません。

*https://gurusuguri.com/special/season/osechi/spcu-1511_16/?__ngt__=TT14d18aeb3003ac1e4ae0fa_UYTS2nsib1Rd-SRTHByNj より

 上記の記載の内容については、少し疑問符のつくところもあるが。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イッピンNHK 「食卓を華やかに!うるわしの器~和歌山 紀州漆器~」

2023-12-07 07:12:03 | イッピンNHK

 第228回 2019年7月16日 「食卓を華やかに!うるわしの器~和歌山 紀州漆器~」リサーチャー: 前田亜季

 番組内容
 「紀州漆器」の産地、和歌山の職人が作ったゆがんだフォルムに漆の艶やかさを持った盃。木地がひょうたんで作られている。海南市は漆器作りが昔から盛ん。伝統の根来(ねごろ)塗りを応用した室内用プランター、ガラスに漆で装飾しナイフとフォークが使える皿など、最新技術と伝統を融合させた、新たな製品を生み出している。その現場を前田亜季がリサーチ。何気ない暮らしに彩りを添える漆の器を目指す、紀の国の職人技に迫る。

*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201907161930001301000 より

 

 1.紀州漆器(漆屋はやし:林克彦さん)

 紀州漆器の伝統工芸士「漆屋はやし」の林克彦さんは、代々、紀州漆器職人の家系に生まれ、京都で修業し、代々受け継いだ伝統技法を土台にしながらも、斬新なアレンジを加えた上質な商品を製作しています。
 
 林さんは、「和歌山の風土が育てたもの」を使用することにこだわっています。
 
 紀州漆器は、豊富な紀州材を使って木椀を製造し、椀木地に漆を塗り、加飾するという「分業制」が導入されて発展を遂げてきました。
 ところが2000年に入ると、ろくろを挽く職人達がいなくなり始めます。
 林さんは近い将来、同じ地域で活動するろくろ挽きの職人がいなくなり「器の木地」が手に入らなくなるのではないかと案じ、自分で調達出来る素材を探すことにしました。
 
 林さん素材探しの理念は、「和歌山の風土が育てたもの」を使用すること。
 最初に取り組んだのは、「みかんの皮」でした。
 和歌山がみかんの豊かな産地であることに目を付けたのです。
 既にみかんの皮を使って器を作っている職人さんもいたのですが、漆塗りの器を作るのは林さんだけです。
 
 そして、職人生活の転機となる素材「ひょうたん」と出会います。
 「ひょうたん」もみかんと同様、地元で調達することが出来る素材です。
 
 「ひょうたん」は全部形が違い、不揃いですが、林さんが漆を塗って器に仕上げることで、生まれ変わります。
 「ひょうたん」のくびれた部分を盃にします。
 まず、「ひょうたん」を乾燥させて輪切りにします。
 その内側に布を張って、下地を塗っていきます。
 岩を細かく砕いた粉と漆を混ぜたものを塗り、器の強度を高めます。
 一回塗るごとに湿度と温度が調整された部屋で漆が乾くのを待ち、また塗ったら乾かしと、何回も上塗りを重ねていきます。
 内側だけで2ヶ月も掛かります。
 
 次は、外側に流れるような模様を塗っていきます。
 まずは「黄緑」の漆を刷毛目を残すように塗ります。
 通常は、塗ってしばらくすると平らになって刷毛目が消えるのですが、この「黄緑」の漆は粘り気が強く、刷毛目が残りやすくしています。
 わずかな刷毛目の凹凸が模様になっていくのです。
 
 次に塗るのは「深緑」の漆です。
 今度は刷毛目が残りにくい漆で「黄緑」が隠れるほど塗ったら紙やすりで砥ぐと、下の「黄緑」の刷毛目が浮き出てきます。
 器全体をまんべんなく均等に砥ぎますが、模様はまばらです。
 敢えて刷毛目を残した「黄緑色」の漆の高さが異なっているためです。
 「黄緑色」の高い部分だけが浮かび上がります。
 その模様は一つ一つ違います。
 
 林さんは、最近も新たな素材に挑戦しています。
 「椿」や「梅干しの種」に漆を塗り、アクセサリーやケータイストラップなどを製作しています。

 林さんのお祖父様が紀州漆器の職人だった頃は、まだ重箱や硯箱を作っていました。
 しかしそういったものは、現代では求められにくくなっています。
 そのため林さんは、5、6年前から自分で作った物を自分で売るようにしています。
 それは、使う人のこと。彼が目指したのは、様々なお客さんと出会い多くの声を聞くことで、今の生活の中で使いやすい器を作ることを目指しているのです。
 
 「紀州漆器」は他の産地よりも漆を厚く塗るので、熱が伝わりにくく、熱い汁物を入れた場合でも、手にちょうど良い温もりを感じさせることが出来る料理用の器としても愛用されてきました。
 独特の「ほっこり感」が、昔から食卓を豊かなものにしてきたのです。
 
 林さんは、洋食ベースになった現代の食文化に合わせて、ワンプレートで食事を楽しめる器やパスタ皿などフォークとナイフで食事を楽しむための紀州漆器を考えました。
 
 漆屋はやし 和歌山県海南市船尾222

 

 2.ヒノキの間伐材で作られた室内用プランター「Te Pot」(島安汎工芸製作所)

 大正5(1916)年創業の「島安汎工芸製作所」は、木取り、組立、塗りの全ての工程を自社工場で一貫して行い、販売までの全てを行う、日本最大級の漆器専門メーカーです。

 「島安汎工芸製作所」には、伝統的な「根来塗」の商品から、洋風のテーブルセットやカジュアルでシンプルな重箱など、和モダンな漆器まで多くの商品がラインナップされています。

 四代目社長の島 平(しま たいら)さんは、長い年月を伝統を守り続けながらも、先んじて改革を行い、カジュアルな漆器を作り、若者にも受け入れられるようにしているとおっしゃいます。

 伝統ある「紀州塗」をモダンなデザインにアレンジしたのが、平成12(2000)年に誕生した「Neo Japanesque 汎」シリーズです。
 上質な質感と豊富なカラーバリエーションで好評を博し、人気ブランドになりました。
 
 更に、「Neo Japanesque 汎」の感性と世界遺産熊野のヒノキを融合させたエコ漆器「Njeco汎」シリーズも注目されています。

 「紀伊の国」は、「木の国」とも呼ばれ、和歌山県の古い国名である「紀の国」は「木の国」が転じたものとも言われているくらい豊かな森林資源を持ち、その森林面積は、県の面積の4分の3以上に当たる約36万1千㌶にも上ります。
 そのうちの約6割は民有林で、成長が早く建築に適した針葉樹の「スギ」と「ヒノキ」が多く植えられています。

 森林の育成には、間伐作業が欠かせません。
 そして発生した間伐材は今まで利用価値のないものとされてきました。

 「島安汎工芸製作所」では、地元のものを大切に使っていきたいという思いから、その間伐材を加工した台形集成材を使用することによって、エコでありながらスタイリッシュな「Njeco汎」を生み出したのです。

 開発から製造まで手掛けたのは、5代目の息子の島圭佑さんです。
 圭佑さんは京都嵯峨芸術大学短期大学部、石川県山中にある「挽物轆轤ひきものろくろ技術研修所」で学び、その後帰郷して、代々続く「島安汎工芸製作所」に入社しました。
 現在は、身につけた技術を活かして、商品の開発・制作に携わっています。

 圭佑さんは、LEXUSが主催する「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2018」の和歌山県代表に選出されたことがきっかけで、熊野古道のヒノキの間伐材を使った室内用のプランター「Te pot」を制作することになりました。

 コンセプトは「捨てられるはずだった材料を育てる器へ」。
 「Te pot」という名前には、「手のひらサイズ・テーブルや食卓にも置ける」「特別な土地である熊野古道というパワーを手元に」という意味が込められています。

 圭佑さんは、「Te pot」をダイニングテーブルやキッチン、寝室など、様々な場所で使うことが出来るように水受けを一体化させ、更にスタイリッシュなデザインにこだわりました。

 「Standardタイプ」は、ヒノキの木目を活かして仕上げられたナチュラルなデザインで、自然な木目と節目を楽しむことが出来ます。

 一方「Premiumタイプ」は、「根来塗」の技法を用いてモダンな色味にアレンジした「変根来」(かわりねごろ)という塗りで仕上げられた高級感のあるデザインのもので、和室・洋室どちらでもインテリアに馴染みます。

 まず、外側から鉋(かんな)をかけます。
 間伐材には「節」(ふし)が入っているため、同じ力で削ると「節」に引っかかって吹っ飛んでしまう可能性もあり、難しい素材です。
 ただ、芯が抜けていて削る部分が少ないため、材料を余り捨てることもないため、「エコ」でもあります。

 形が整ったら、小さな刃物を使って表面を滑らかにしていきます。
 そしてプランターの縁の部分を土などを入れやすくするために広げていったら、プランターの形は出来上がりです。
 
 次に「金」の漆を塗って模様を出していきますが、そのために、まず下地に「白」の漆を塗ります。
 こうすることで、その上に塗る金色がより鮮やかになるのです。
 その上に更に「オフホワイト」を塗って3つの層を塗り重ねます。
 紙やすりで砥いでいくと、「金」が浮き出て美しい模様が出来ました。
 これは伝統的な「根来塗」を応用した塗り方で、経年劣化をしたように「金」を出したら、完成です。
 
 島安汎工芸製作所 和歌山県海南市大野中507-1

 

 3.漆ガラス食器「GLASS JAPAN」(塗り工房ふじい:藤井嘉彦さん)

 「塗り工房ふじい」を主宰するさんは、漆器業を営む家に生まれた藤井嘉彦さんは、若い頃、家業の漆器業の修行のため、中東・米国・欧州などを見聞し、製品の輸出や百貨店での展示に奔走していました。

 海外ではフォークやナイフがメインのカトラリーのため、表面に傷が付きやすいフォークやナイフを多様する洋食器の分野に「漆」は不向きでした。
 海外のテーブルウェアとして受け入れられない「悔しさ」が藤井さんが独自の漆器を開発するきっかけなりました。
 
 平成13(2001)年に「塗り工房ふじい」を立ち上げます。
 そして、海南市黒江の伝統技術と革新を融合した今までの漆器のイメージを変える新しい洋食器を生み出しました。
 ガラスに、漆工芸技法の一つである「蒔絵」を施した世界初の漆を主としたガラス食器「GLASS JAPAN」(グラスジャパン)です。

 藤井さんが独自の漆技塗りとガラス食器を融合させた、「GLASS JAPAN」(グラスジャパン)を開発した背景には、
伝統に対する熱い想いがありました。
 
 「伝統工芸をそのままの形で後世に残そうとするだけでは、 その文化は生き残れないでしょう。
 伝統を大切にするなら、時代に応じて変化させなければいけない」

 ガラスは表面が滑らかで漆がつきにくいことから、藤井さんはまず、強力な接着剤「プライマー」を独自に開発。
ガラスの裏面からこの「プライマー」と漆を塗り、更にその上に、食洗器対応のコーティングを施すことにより、カラトリーの使用が可能になったのです。

 現在、「GLASS JAPAN」(グラスジャパン)は料理を格上げする器として、海外の有数のホテルやレストランなどで採用されている他、南紀白浜空港の記念品にも使われています。

 その後藤井さんは、器以外にも、グラスやプレート、カトラリーの柄、タイルやパネル、テーブルなどのインテリア類まで、ガラスと漆を融合した製品を次々と作り出しています。

 藤井さんは、丁寧に脱脂したガラスにスプレーガンで「プライマー」を裏面全体に吹きつけます。
 それから、商品によっては金箔や銀箔を載せてからエアーで吹き飛ばすと、迫力ある模様が現れてきます。

 その上に漆を塗り重ねていきます。
 「GLASS JAPAN」(グラスジャパン)は器の裏側から塗りを施すため、通常の漆器とは逆の順序で塗らなければなりません。
 生まれる色味を目で確認出来ないので、熟練の技術だけが頼りです。
 塗料を吹きつける音や振動など限られた情報を基に、何百枚もの器に同じ色味を再現していきます。

 漆器を漆器たらしめているのは、その色味です。
 藤井さんは、漆黒をベースに朱色などの「漆」を塗り重ね、一度の塗りでは表現出来ない奥深い色を表現します。
 仕上げに「黒」の漆を塗ります。
 裏側は黒一色になりましたが、表面にはキレイな小宇宙が広がっています。

 最後に、全ての食洗機に対応出来るテーブルウェアにするため、ガラスを粉剤してパウダー状にしたものを漆に練り込み何層にも重ねて、表面をクリアにしました。

 塗り工房ふじい 和歌山県海南市名高532-4

*https://omotedana.hatenablog.com/entry/Ippin/Wakayama/Kishushikki より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<異名-人物> 中国革命の父

2023-12-07 06:55:07 | 異名

 「中国革命の父 孫文」

 (1866〜1925)中国

 中華民国の初代大統領。革命家で蜂起を何度もしては失敗しては逃亡していた。逃亡先には日本にいたこともあり、日本人の嫁を貰ったこともあった。やがて辛亥革命によって大統領となった。中国建国の父ではあるが、政権はあまり安定はしなかった。

*https://www.chickennoneta.com/entry/%E7%95%B0%E5%90%8D%E3%81%A8%E8%8B%B1%E9%9B%84#%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E9%9D%A9%E5%91%BD%E3%81%AE%E7%88%B6%E5%AD%AB%E6%96%87 より

 孫 文(そん ぶん、英語: Sun Yat-sen、拼音: Sūn Wén、注音: ㄙㄨㄣ ㄨㄣˊ、1866年11月12日〈清同治5年10月初6日〉 - 1925年〈民国14年〉3月12日)は、中華民国の政治家・革命家・思想家・政治運動家・医師。初代中華民国臨時大総統。中国国民党総理。

 「中国革命の父」である。中華民国では中国最初の共和制の創始者として長らく国父と呼ばれ、近年は中華人民共和国でも「近代革命先行者(近代革命の先人)」の「国父」として、再評価が進んでいる。

 中国語圏では孫文よりも日本名の中山 樵(なかやまきこり)をとった孫 中山(そん ちゅうざん)の名称が一般的であり、孫中山先生と呼ばれている。1935年から1948年まで発行されていた法幣(不換紙幣)で肖像に採用されていた。現在は100新台湾ドル紙幣に描かれている。中国国民党では現在も、孫文は「党総理」であると党則第15章で定めている。

*Wikipedia より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<料理用語-和食> 荻の花

2023-12-07 06:48:29 | 料理用語

 「荻の花」

 お萩、ぼたもちのこと。

*https://temaeitamae.jp/top/t2/kj/4_E/043.html より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<慣用句・諺> 墨を打つ など

2023-12-07 06:44:47 | 慣用句・諺

 「墨を打つ」

 墨糸で木材などに黒い線を引く。

 

 「墨を磨るは病夫の如くし筆を把るは壮士の如くす-すみをするはびょうふのごとくしふでをとるはそうしのごとくす」

 「墨は餓鬼に磨らせ筆は鬼に持たせよ」に同じ。-墨をするには力を入れず、筆を使って書くには力を込めるのがよいというたとえ。

 

 「住めば都」

 どんな所でも、住み慣れるとそこが居心地よく思われてくるということ。

 

 「相撲に勝って勝負に負ける」

 相撲の取り口では勝ちになるべき状況でありながら、ちょっとした弾みで結果としては負けになる。転じて、経過は良いのに結果的に失敗する。

 

 「相撲にならない」

 互いの力の差が大きすぎて勝負にならない。

 

*goo辞書 より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<難読漢字-魚へん> 鱵

2023-12-07 06:39:15 | 難読漢字

 「鱵 さより」

 サヨリ(鱵、細魚、針魚、針嘴魚、水針魚、竹魚、長鰯、学名:Hyporhamphus sajori)は、ダツ目・サヨリ科の海産魚。沿岸の海面近くに生息する細長い魚で、食用魚でもある。季語、三春。

*Wikipedia より

 サヨリの由来・語源
 海面近いところを群れをなして泳ぐことから、「いさより(磯寄り)」が変化したものとされる。
 漢字では「鱵」。体が細いことから、「細魚」「針魚」と当てて書く。

*http://yain.jp/i/%E3%82%B5%E3%83%A8%E3%83%AA より

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<伝統野菜> 山口 わさび(在来系)-追記あり-

2023-12-07 06:34:44 | 伝統野菜

 「わさび(在来系)」

 岩国市錦町、周南市鹿野/150年以上前から県内で栽培。鹿野で確認された在来系は、「がに芽」が多いのが特徴で、甘み、辛み、香りが優れている。

*http://www.ja-yamaguchi.jp/product.html より

 【生産地】岩国市錦町(にしきまち)、周南市鹿野(かの)地区

 【特徴】鹿野で確認された在来系は、わさびの新芽である「がに芽」が多いのが特徴。

 【食味】甘み、辛み、香りが優れている。

 【料理】薬味

 【来歴】150年以上前から岩国市錦町などで盛んに栽培されている。同地は、中国山地を源流とする錦川の清らかな水と、夏でも涼しい気候風土によって、良質なわさびが育つからで、標高が高い山中で、水が豊富に出ている場所で栽培されている。

 【時期】6月中旬~9月中旬

*https://tradveggie.or.jp/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e4%bc%9d%e7%b5%b1%e9%87%8e%e8%8f%9c%ef%bc%8d35-%e5%b1%b1%e5%8f%a3%e7%9c%8c/#i-32 より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<国産ワイナリー> 仲村わいん

2023-12-07 06:28:56 | 国産ワイナリー

 「仲村わいん工房/仲村わいん」

 

 仲村わいん工房/仲村わいん 大阪府羽曳野市飛鳥1184

*https://www.winery.or.jp/winery-map/2647/ より

 ◎大阪にもありました。こんな素晴らしいワインが・・・でも稀少!
 昭和3年当時、1000haの栽培面積を誇り甲州(山梨県)よりも多くの葡萄を栽培していた大阪府(現在400ha以下)。今でも南河内(柏原市・羽曳野市・太子町)の山間部、丘陵地帯では棚栽培された葡萄畑が多く見られ、生食用葡萄(デラウェア90%、他巨峰、ピオーネ等)の産地として広く認識されています。
 その地での葡萄酒(ワイン)造りと言いますと、昭和30年代頃までは約200~300軒の農家が個々に葡萄酒を自家醸造していたそうですが、様々な規制から現在府下では酒造免許上公認されている醸造所(ワイナリー)は7軒しかありません。
 この仲村わいん工房は、1988年葡萄畑開墾、1993年創醸の新興ワイナリーで、既存品種に加え1995年頃からメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、リースリングといったワイン用の外国産葡萄品種を取り入れ、全て自社農園の4箇所=約6000坪ある葡萄畑で栽培しています。
 また、葡萄栽培は自然農法にこだわり、除草剤を使用せず減農薬で育て、手摘みにより収穫するといったものです。ワイン醸造は自然に逆らわない時間をかけた古式醸造法を通しています。さらに驚くことに栽培、収穫、醸造はもちろん、この後の瓶詰、コルク、キャップ、ラベル貼までの全ての手作業工程をオーナーで二代目の仲村現二氏がほぼ一人でこなされています。
 初代光夫氏から受け継がれたワイナリーで、妥協知らずで手間暇を惜しまず自然体で葡萄を栽培し、醸造する氏の姿勢には当に脱帽ですが、ワインを呑めば更に感動です。酒質は、諸外国産ワインの様にオークチップを入れたり、樽熟成させることなく葡萄本来の美味(果実味)を素直(ストレート)に引き出すため、発酵、熟成をステンレスタンクで行っています。飲んでいて疲れない日本人の日常の食卓に合う気取らないワインを目指しています。

 商品リスト

仲村わいん工房  がんこおやじの手造りわいん  2018 マグナムボトル

 やさしい口当たりの中にもしっかりとぶどうの果実 味を主張した味わい。驚きの美味しさです。和洋中問わず気軽に飲みたい一級品のがんこ。そのがんこをマグナムボトルに瓶詰しました。

仲村わいん工房  がんこおやじの手造りわいん  ゴールドがんこ 2017 マグナムボトル

 2018年に創業30周年を迎えた仲村わいん工房ガアニバーサリーワインとしてリリースしたゴールドがんこ。
 
 あれから3年…今度はマグナムボトルで登場です。

 ゴールドがんこは、仲村現二氏が心を込めてよりすぐりのヴィンテージワインをブレンドした果実味豊かな相応しい逸品に仕上っています。

 是非、スペシャルなアニヴァーサリー赤ワインをマグナムボトル舌感してください。

*https://www.hyotan.co.jp/cnt/wine/nakamura.html より

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<大阪-観光> 難波大社 生國魂神社

2023-12-07 06:22:22 | 観光

 「難波大社 生國魂神社」

 生國魂神社(いくくにたまじんじゃ、新字体:生国魂神社)は、大阪府大阪市天王寺区生玉町にある神社。「いくたまさん」と呼ばれる。

 式内社(名神大社)。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。別称は「難波大社(なにわのおおやしろ)」など。

 概要
 大阪市中心部、難波宮跡や大坂城(大阪城)から南西方の生玉町に鎮座する。かつては現在の大坂城の地に鎮座し、中世にはその社地に近接して大坂本願寺も建立され繁栄したが、石山合戦後の豊臣秀吉による大坂城築城の際に西成郡西高津村の現在地に遷座されている。

 この生國魂神社が祭神とする生島神(いくしまのかみ)・足島神(たるしまのかみ)は、国土の神霊とされる。両神は平安時代に宮中でも常時奉斎されたほか、新天皇の即位儀礼の一つである難波での八十島祭(やそしままつり)の際にも主神に祀られた重要な神々で、生國魂神社自体もそれら宮中祭祀と深い関わりを持つとされる。また、同様に大坂城地から遷座されたという久太郎町の坐摩神社とともに、難波宮との関わりも推測されている。その後中世・近世を通じても崇敬を受け、戦前の近代社格制度においては最高位の官幣大社に位置づけられた、大阪の代表的な古社の一つである。

 古くからの社殿・神宝は幾多の火災・戦災によって失われたが、現本殿には「生國魂造(いくたまづくり)」と称する桃山時代の独特の建築様式が継承されている。また、7月11日・12日の夏祭など古くからの祭りが現在まで続けられている。

*Wikipedia より

 基本情報
 石山崎(現在の大阪城付近)に生島神(いくしまのかみ)・足島神(たるしまのかみ)を祀ったのが始まりとされる延喜式名神大社です。天正8年(1580)の石山合戦の時に焼失しましたが、天正11年(1583)豊臣秀吉が大阪城を築く際、現在の地に移転されました。本殿は移転の2年後に造営され、本殿と幣殿をひとつの流造で葺きおろし、正面に千鳥破風、すがり唐破風、千鳥破風の3つの破風を据えたという、神社建築史上ほかに例のない「生國魂造」様式を用いています。現在の本殿は戦後に建て替えられたコンクリート造銅板葺きだが、桃山時代の遺構を伝えているそうです。毎年6月30日には厄災・病を払う「大祓式」、7月11・12日には「いくたま夏祭」、8月11・12日には「大阪薪能」、9月の第1日曜日とその前日には上方落語の祖である米澤彦八に因んだ「彦八祭」が開催され、大勢の参拝客で賑わっています。

*https://osaka-info.jp/spot/ikukunitamajinja/ より

 ただ周辺はちょっと雰囲気が悪いのも事実。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする