2024年9月28日 6:56 富田林市別井(べっつい)一丁目(北別井) 畑田井路の彼岸花
別井四丁目(南別井) 向こうの茂みは河岸段丘の崖の竹藪です。
河岸段丘面を畑田井路と寅ケ池が潤します。向こうに見えるは金剛山(右)と大和葛城山。右側の堤防のようなものは寅ケ池の堤。まだ若い花が多いです。
南西に嶽山が小さく見えます。ここから3.7km。
ことしの彼岸花は例年より1週間ほど遅れているようです。夏の猛暑のせいでしょうか?現在もニョキニョキと出てきています。
河岸段丘の下の千早川の氾濫原。南別井の墓地の近く。
ここは標高65m。先ほどの河岸段丘面が80m。なんと河岸段丘の崖が15mもあります。
お地蔵さまと彼岸花
今年の彼岸花は遅れているようです。暑さが続きまだ「彼岸」と思っていないのかもしれませんんね。
ことしも豊作のようです。
南別井の町中に禅宗の黄檗宗 慈眼寺(じげんじ)
現在は無住ですが、楠木正成直筆と伝えられる兵法書「軍壇目鏡(ぐんだんめがね)」を所持されていました。ほか、お宝として...
でっかい楠木 大楠公さんにちなむものかな?
富田林市保存樹第12号 クスノキ 幹周 3.4m 高さ 12.0m
でっかいお地蔵さん
「別井」の名前の由来となった井戸。今も水を湛えています。
弘仁年中(810~823年)弘法大師が掘ったと称する古井。
凝灰岩の層塔
形状からしておそらく鎌倉末期のものではないかと思われます。
楠公さんの故郷周辺にたくさんありますね。鴨習太神社や不本見神社、中佐備墓地、寛弘寺神山墓地など。
河南町神山(こやま) 鴨習太神社の凝灰岩層塔
河南町寛弘寺 寛弘寺神山墓地の凝灰岩層塔
山門の入口に楠公さんの菊水(男紋)。
山門の出口に楠公さんの菊水(女紋)。川の流れが逆になっています。
隣りの別井神社跡は明治40年(1907)の神社合祀令で千早赤阪村の建水分(たけみくまり)神社に合祀され(北・南別井の地車が建水分神社に宮入りするのはこのため)、今は南別井の集会所と地車庫になっていますが、慈眼寺は今も健在、地域の「お宝」大切に。
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写真撮影:2024年9月28日
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