~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

「そこは歌って!」というけれど

2006年07月30日 17時05分44秒 | ピアノ
5~6日前に、あまりにもピアノのコンディションが悪く、
オクターブずれまくり、戻りの悪い鍵盤あり、全般に鳴りが悪く、
もうどうしたもんか・・と調律をお願いして、今日の午後に来ていただける予定だった。

ところがその後除湿を24時間かけまくったのと、雨が上がったのとで、
今日は信じられないほどのすばらしいコンディションだった。
なぜかオクターブ、5度もぴしっと戻っており、鳴りもよく、
おおこんな状態なら調律いらんいらん・・と申し訳ないがキャンセルさせていただいた。

ピアノは楽器のなかでは安定した部類に入ると思うのだが、
やっぱり天気や室内の湿度や温度で別物のように変わる。
良い楽器を選ぶのも大事だが、それ以上に環境のコントロールが大事だなあ、と思う。
そういうえば、Mの里のスタンちゃんの部屋も湿度40%、温度23℃にぴしっと保ってあった。

「安定した楽器」ということとの連想からなのだが・・・
かねて「シューマンは歌の部分をよく歌うように」といわれて、ここのところボーっと考えていたこと。
声とピアノの違いはなんだろう。
もちろん音の持続時間とか呼吸の使い方などなど違う点は多いのだが、
私がまず思い浮かべるのは、音域の違いだ。
ピアノは低音だろうが、高音だろうが同じように打鍵して同じように音が出る。
しかし声は(自分にとっての)高音や低音になると、いろいろと工夫したり、
コンディションを整えたりしないとうまくいかない。
それは管楽器だって弦楽器だって似たようなところがあって、
高音や低音を出す際の緊張や慎重さとほぼ無縁なのはピアノくらいではないだろうか?
そうすると、作曲者がことさら歌を感じてつくっている部分というのは、
こういう「音が上がる際の緊張や気持ちの高まり」「音が下がる際の慎重さや気持ちの深まり」といったものをより意識しなければならないということだろう。
ほんとに歌ってみればわかる、実によくわかる。
そういえば、ツィメルマンもリサイタルでずーっと歌っていた。
ポリーニのCDにもグールドのCDにも声がはいっていた。

私も歌うぞ!(爆)