海本幸治郎選手が、東京ヴェルディ1969に移籍することになりました。つまり、先週のサテのゲームが幸治郎選手のアルビ最終戦になってしまったわけです。偶然にも幸治郎のアルビ最終戦を、この目に焼き付けることができたのは、ラッキーだったと言うべきなのでしょうね?
今日の画像は、その先日のサテライト
山形戦での幸治郎選手です。サテのゲームでは背番号は本来のものとは違う番号を付ける選手が多いですから、この日の幸治郎選手は6番でした。
海本幸治郎
2004年のシーズン終了後、「今オフの新潟は右サイドに信じられないような強力な助っ人を獲得するらしい」という噂が、「にわかサポ」の僕の耳にも飛び込んできました。
「海本幸治郎」と「アンデルソン・リマ」。2004年に「左サイドに偏りがちだった攻撃(慎吾&ファビ)」のアルビレックスに、「右サイドの攻撃パターンがプラスされる」というニュースは、僕らサポーターのオフを期待感あふれるものにしてくれました。
また「海本兄弟」という兄弟選手の登場は、僕らサポを惹きつける話題としてはとても魅力的でした。新潟弁を使って「海本あんにゃ」「海本おじ」などと言って親しみを持ちましたし、ミスターグランパスの岡山選手と合わせて3人もの実績十分な選手が名古屋から来ることで、「安英学も頑張れよ」って安君を快く(?)送り出すこともできました。「海本兄弟の見分け方」なんてのも随分話題にしましたよね。
幸治郎選手の魅力はいろいろあるけど、僕が1つ挙げるとすれば「美しい走り」です。まるで陸上選手のような美しいフォームでピッチを走る姿には、何度もほれぼれしました。まぁ、寺川選手と実に対照的というか…(今回、関係ないけど)
しかし、2005年のシ-ズン。僕らの目の前で刺激的な活躍ぶりを見せてくれるメンバーの中から、「海本幸治郎」の名はいつの間にか消えていました。
そして、シーズン終了時期の新潟日報の報道「反町監督と幸治郎の確執」。ビックリしました。名前は出ていなかったけど、ある選手が言った反町監督をがっかりさせた言葉というのも、「発信元は幸治郎なのかな?」と僕らに連想させるような記事の書きぶりでした。
まぁ、社長と社員だって、上司と部下だって、教師と子どもだって、男と女だって、相性というのはありますからね。「監督の交代が幸治郎にとってプラスに働くこともあるだろうな」と思っていました。正直期待していましたよ。2006年こそ幸治郎爆発の年になるだろうと。
実際、2006年のキャンプの話題は「慎吾と幸治郎がチームを引っ張る」的なものばかりでした。ランニングでチームの先頭を走る慎吾と幸治郎。そんな新聞記事もありましたよね。「今年の幸治郎はやりそうだな」みんなが思っていたと思います。
ある雑誌で読んだ記憶があるのですが、海本あんにゃ(慶治)がインタビューの中で「尊敬するサッカー選手は誰ですか?」と聞かれて「弟(幸治郎)です」と答えていたのを覚えています。「サッカー取り組む姿勢がすばらしい」と。真摯にサッカーに取り組み自分に厳しい姿勢が、時には周りに誤解を与えることがあったのかもしれません。
「海本兄弟シ-ト」で、障害を持つ子どもたちをビッグスワンに招待する企画なんかにも積極的に取り組んでいました。えらいなぁ
あの企画、これからどうなるんだろう?
しかし2006年も、開幕戦から数試合はスタメンに名を連ねていた幸治郎ですが、いつの間にかその姿が見えなくなっていました。「ケガをした」という情報もないのにです。
「なんで幸治郎は出ないんだろうね」「悪くないのにね」「鈴木監督とも合わないのかね?」「だとしたら本人の性格に問題があるんじゃないの?」「いい走りしてるのにね」「ホント、走り方はアルビで一番カッコイイよね」僕ら夫婦でもよく心配して話をしていました。
なにか僕らにはわからない重要な要因を、幸治郎選手は抱えていたのかもしれませんね。それは何だかわからないし、知る必要もないことなのかもしれませんが。
J2に降格したものの、なかなかJ1復帰の流れがつかめない東京ヴェルディであります。昨年度の盟友・萩村選手もいます。なんとか活躍の場を作ることができるといいなぁ…と思っています。ラモス監督と上手くやれるといいまぁ。
しかしまぁ、シーズン途中の移籍はさみしいね。
それだけプロは厳しいってことか。
今日の画像は、その先日のサテライト

海本幸治郎
2004年のシーズン終了後、「今オフの新潟は右サイドに信じられないような強力な助っ人を獲得するらしい」という噂が、「にわかサポ」の僕の耳にも飛び込んできました。
「海本幸治郎」と「アンデルソン・リマ」。2004年に「左サイドに偏りがちだった攻撃(慎吾&ファビ)」のアルビレックスに、「右サイドの攻撃パターンがプラスされる」というニュースは、僕らサポーターのオフを期待感あふれるものにしてくれました。
また「海本兄弟」という兄弟選手の登場は、僕らサポを惹きつける話題としてはとても魅力的でした。新潟弁を使って「海本あんにゃ」「海本おじ」などと言って親しみを持ちましたし、ミスターグランパスの岡山選手と合わせて3人もの実績十分な選手が名古屋から来ることで、「安英学も頑張れよ」って安君を快く(?)送り出すこともできました。「海本兄弟の見分け方」なんてのも随分話題にしましたよね。
幸治郎選手の魅力はいろいろあるけど、僕が1つ挙げるとすれば「美しい走り」です。まるで陸上選手のような美しいフォームでピッチを走る姿には、何度もほれぼれしました。まぁ、寺川選手と実に対照的というか…(今回、関係ないけど)
しかし、2005年のシ-ズン。僕らの目の前で刺激的な活躍ぶりを見せてくれるメンバーの中から、「海本幸治郎」の名はいつの間にか消えていました。
そして、シーズン終了時期の新潟日報の報道「反町監督と幸治郎の確執」。ビックリしました。名前は出ていなかったけど、ある選手が言った反町監督をがっかりさせた言葉というのも、「発信元は幸治郎なのかな?」と僕らに連想させるような記事の書きぶりでした。
まぁ、社長と社員だって、上司と部下だって、教師と子どもだって、男と女だって、相性というのはありますからね。「監督の交代が幸治郎にとってプラスに働くこともあるだろうな」と思っていました。正直期待していましたよ。2006年こそ幸治郎爆発の年になるだろうと。
実際、2006年のキャンプの話題は「慎吾と幸治郎がチームを引っ張る」的なものばかりでした。ランニングでチームの先頭を走る慎吾と幸治郎。そんな新聞記事もありましたよね。「今年の幸治郎はやりそうだな」みんなが思っていたと思います。
ある雑誌で読んだ記憶があるのですが、海本あんにゃ(慶治)がインタビューの中で「尊敬するサッカー選手は誰ですか?」と聞かれて「弟(幸治郎)です」と答えていたのを覚えています。「サッカー取り組む姿勢がすばらしい」と。真摯にサッカーに取り組み自分に厳しい姿勢が、時には周りに誤解を与えることがあったのかもしれません。
「海本兄弟シ-ト」で、障害を持つ子どもたちをビッグスワンに招待する企画なんかにも積極的に取り組んでいました。えらいなぁ

しかし2006年も、開幕戦から数試合はスタメンに名を連ねていた幸治郎ですが、いつの間にかその姿が見えなくなっていました。「ケガをした」という情報もないのにです。
「なんで幸治郎は出ないんだろうね」「悪くないのにね」「鈴木監督とも合わないのかね?」「だとしたら本人の性格に問題があるんじゃないの?」「いい走りしてるのにね」「ホント、走り方はアルビで一番カッコイイよね」僕ら夫婦でもよく心配して話をしていました。
なにか僕らにはわからない重要な要因を、幸治郎選手は抱えていたのかもしれませんね。それは何だかわからないし、知る必要もないことなのかもしれませんが。
J2に降格したものの、なかなかJ1復帰の流れがつかめない東京ヴェルディであります。昨年度の盟友・萩村選手もいます。なんとか活躍の場を作ることができるといいなぁ…と思っています。ラモス監督と上手くやれるといいまぁ。
しかしまぁ、シーズン途中の移籍はさみしいね。
それだけプロは厳しいってことか。