アマゾンわんわん日記 2018

復活しました!
のんびりやっていきます。
また よろしくお願いします。

黒人の日

2012年11月20日 | ブラジル雑記
「黒人の日」でお休みです。
正式な「国で定めた休日」ではなくて、州ごと...というか、市町村ごとに採用するお休み。
ブラジル北部東北部の周はほとんどがお休みですが、南部南東部ではリオデジャネイロ州とサンパウロ州ぐらいかな?
たとえば、マットグロッソ ド スル州では、コルンバなど4つの市町村だけお休み。
こんな調子なので、我が家も夫は仕事です。
お休みは私と娘だけ。

「黒人の日」と簡単に言ってしまっていますが、正式には「黒人の指導者 ZUMBIを称える日」です。

ZUMBI DAS PALMARES はブラジルにおける奴隷解放運動の先駆者。
1655年、アラゴアス州で産まれました。
6歳のときにポルトガルの宣教師に連れて行かれ、カトリックの洗礼を受け、教育を受けることになりました。
15歳のときにアラゴアス州に戻り、QUILOMBO DAS PALMARESの指導者となります。
Quilombo(キロンボ)とは、主人の下から逃げてきた黒人奴隷達が作ったコミュニティーで、「黒人の隠れ里」のようなものです。
QUILOMBO DAS PALMARESはその中でも、その当時最大で、3万人の住民がいたということです。
その後、サンパウロからの探検者たちと戦い、1665年11月20日なくなりました。
「黒人の日」はこのZUMBI DAS PALMARESの死を称える日なのです。

ブラジルは比較的「人種差別のない国」とされていますが、いろいろな面で存在していると思います。
あからさまでない、生活の中で普通に見られる場面の中で。

たとえば、リオに住んでいたときに、メイドさんはほとんどが黒人の女の人でした。
そのころ、南の地方に旅行に行ったときに、街の中を黒人が歩いていないのを見て「ここではメイドさんっていないのかなー」なんて思いました。
我が家で使っていたメイドさんも黒人の方でしたが、娘が産まれて、夫が単身赴任でいなくなってからは、住み込んでもらって、本当によく働いてもらいました。
マナウスに来るときに「一緒に行かない?」って誘ったのですが、「知らないところに住むのは怖い」って断られちゃった。
で、マナウスに来てみたら、メイドさん、普通の人なのよね。
っていうか、町の中、黒人の人ってほとんど見ないし。
コンドミニオの中で、最初のうち、どの人がセニョーラでどの人がメイドさんかわからずに困りました。

つまり、私の中に「メイドさん=黒人」っていう思い込みがあったのよね。
これって、立派な「差別」だと思う。
私の中にあった、「意識しない差別」

こんな感じの、「自分で気がつかない差別」もありますし、「はっきりとした差別」もあります。
給与面、雇用面などでね。
そういう差別をなくし、黒人にももっと高等教育を受けてもらおうと、今年から国立大学の「黒人枠」が設けられました。
新たに設けられたって言うよりは、以前にもあったもの復活?
黒人ばかりでなく、インディオの人たち、低所得の人たちもこの「特別枠」が適用になります。

マナウスは基本的に黒人は少ないのですが、それでも最近はハイチからの難民の色の黒い人たちを多く見かけるようになりました。
そういう人を見ると、ブラジル人でもちょっと引くのよね。
失礼かもしれないけれど、ああ、ブラジルの人もそうなんだーって思いました。

その様子から思い出したことがあります。
今から20年ほど前に、学齢期のお子さんを持つ、ブラジル在住の日本人の方たちの討論会を見せてもらったことがあります。
討論会のテーマは「わが子に望む 国際化とは」。
最初のうちはお決まりの「英語教育」とか「グローバルな視点での教育」なーんて、言っている本人がわかっているのかどうか、っていう感じの話が出ていましたが、会も終わりごろになって、ある一人の保護者の方が発言しました。
「私は、日本に帰って、電車やバスの中で、隣の席に色の真っ黒の人が隣に座っても、どきりとしない、そんな子供になってほしい。それが私が子供に望む「国際化」です。」と。
英語が話せることももちろん大切でしょう、いろいろな国を知ることも大切でしょう。
でも、本当に「国際化」のために大切なことは、「自分と違う特徴を持つ人を、無理なく自然に受け入れること」だと、その保護者の方は発言したのです。

この言葉はそれから20年たっても、いつも私の頭の中に残っています。
こういう考え方がもっと人の間に広がれば、もしかしたら「黒人の日」を設けたり、受験の定員の中に「黒人枠」「インディオ枠」なんて設けることが「おかしい」と思える日が来るのかもね。
そんな日が来たら、今、それこそ世界中で問題になっている「いじめ」の問題も無くなるかも、と思いました。


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文明って…

2012年11月19日 | 生活
娘が携帯電話を忘れていきました。
予備校に送っていった後、家に戻ると、テーブルの上に娘の携帯電話があります。
「おばかねー。」と、そのままにしておきました。

午後、台所で仕事をしていたら、突然携帯電話が鳴りました。
表示を見ると、仲良しのミレーナちゃん。
一度目はほうっておいたのですが、程なくして二度目の電話が鳴りました。
何か大切な用事かも?
出てみようかなと電話を手に取りましたが…

電話の受け方がわからない?!

娘の電話は、いわゆるスマートフォンって言うやつ?
学校の賞品でもらったやつ。

きゃーーーーー!

たかが、電話に出るだけなのに、それができない!!!

あわてて、お掃除おばさんのところに持っていって、「電話の受け方ができないの~」というと、「セニョーラ、上側をね、こう、かちっと、かちっとずらすのよ。」
かちっとね…
できない!
じゃあ、おばさんやってよ!って渡したら、おばさんも「私も娘に聞いただけで、やったこと無いもの…」
いやいや、同じ穴の狢でしたか。

その後、おばさんと「携帯電話なんて、電話がかけられて、受けられればいいのよねー。」「そうそう、メッセージなんて、字が細かくて見えないもの!」と、新型携帯電話への非難大会になってしまったのでした。

いや、まじめに、情けなかったです…

そう思っていたら、夫、このたび、最新式の携帯電話が会社から支給になったんだって。
なのに…

「使い方がわからない…」

新しいのは会社の机にいまだにしまったまま…
いつになったら、新型機デビューになることやら。

携帯電話会社の皆様、中高齢者向けの携帯電話は「シンプル 簡単 字が大きい」をモットーに開発してくださいませ。
よろしくお願いいたします!
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火の車?!

2012年11月18日 | ブラジル雑記
サンパウロの警官襲撃に始まったさまざまな襲撃事件。
一般市民が巻き込まれるようになり、10月だけでサンパウロ市内で149人の方が犠牲になったそうです。
この中にはもちろん警察官も多く含まれます。
昨年の同じ時期に殺された人の数は72人だったそうです。

先日は流れ弾で、1歳8ヶ月の赤ちゃんがなくなりました。
車の中でお母さんが抱っこをしていたところにあたったのだそうです。
お母さんのほうも怪我をしました。

また、この襲撃事件はサンタカタリーナ州にも飛び火して、州都フロリアナポリスを中心に、多くの襲撃事件が起こっています。
襲撃事件の中でも、多いのが「バスの襲撃」。
暴漢がバスに乗り込み、乗客にバスから降りることを命じ、その後でバスに火をつけるというもの。
12日月曜日一日、サンタカタリーナ州のイタジャイという街だけで、5件のバス放火事件が起こりました。

15日の朝、イタジャイで起こったバス放火事件があります。
イタジャイ市内のある住宅地で、午前9時半ごろ、約50人の乗客の乗ったバスが、オートバイでやってきた二人組みの暴漢に襲われました。
暴漢らは乗客にバスから降りるよう命じ、バス後部に油をまき火をつけました。
その後、またオートバイで逃走。
バスは後部から黒い煙を上げ、燃え出しました。
周りは住宅地です。
近くの民家に火が移りそうになりました。
それをみた29歳の、整備士の青年がバスに乗り込みました。
彼は火のついたバスを運転し、近くの空き地まで行きました。
周りに何もないことを確認、バスから飛び降ります。
その後、消防士達が消火活動を始めましたが、まもなくバスは全焼しました。
後には、真っ黒な鉄骨しか残っていませんでした。

テレビのインタビューでは「すぐ近くに母親の家があったので、とにかくそこに火が移らないようにとしか考えていなかった。怖かったけれど、ほかに方法が無かった。バスを停めた場所は、とにかく最初よりは周りへの影響は少ないところだった。バスは後部はひどく燃えていたが、前のほうは大丈夫だった。ただ煙がひどく、呼吸するのも難しかった。」と答えていました。
バスが燃える煙は、一時15mほどの高さにまで上がったそうです。



燃えるバスを運転して、付近の住民を救った青年と完全に燃えてしまったバスです
G1サイトから写真を借りました。
また、内容はG1サイトとVEJAサイトを参考にしました。

今のところ、こうした襲撃事件はサンパウロとサンタカタリーナを中心とした地方だけですが、今後どんな展開になっていくのか…
VEJAのサイトによると、サンパウロの襲撃事件は収束に向かいつつあるようだとのことですが、サンパウロだけで、週末を中心に、まだ一日に5人から8人の方がなくなっているという状況です。
ワールドカップ、オリンピックといった大きなイベントを控え、治安の回復が心配されています。


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かわいい仏頂面

2012年11月17日 | 人間
いつも車を洗いにもって行く「洗車やさん」は家から歩いて5分、車で5分!
車で行くと、一方通行になるので、ぐるっと回らなくてはならないのです。
若いお兄ちゃんとがやっています。
子供かと見間違えるほど小さな奥さん、そして4歳になる女の子がいつも一緒。
以前は子供を家において奥さんも働いていたそうなんだけど、子供を見てくれていた人が、あまり良くないので、だんなさんが洗車やさんを始めたのをきっかけに、奥さんも仕事をやめ、手伝いをしながら子供をみることにしたんですって。

この女の子、いやいや、愛想が悪い!
いつもぶすーっ、とした顔。
ちょっとつつくとすぐに怒るし!
その膨れた顔を見るのが楽しくて、つつきまわす私なのですが…
お母さんが「本当に、この子は、いつでも誰にでもこうなのよー。」ってこぼしていました。
「こどもの日」にプレゼントあげたら、仏頂面して行水してた「たらい」から飛んできて、仏頂面して「ありがとう」。
仏頂面していても、心は喜んでいるのよ。
おもしろいやつ~!

さて、金曜日、仕事の後に洗車やさんに直行。
雨季が始まって、すぐに泥だらけになるので、毎週洗います。
洗車やさんの入り口に車を乗り入れようとすると、女の子が飛んできた。
で、ドアのところにべったり。
あぶないだろ~!
「ほれ、車が来るときには、遠くにいなさいっていつも言ってるでしょ~!」
叱りながら、車を止めると、お母さんが飛んできて女の子をドアから引き剥がした。
ドアを開くと、私の目の前に開いたノートを「ぐいっ」と突き出しました。
なんじゃね?とたずねると。
「Meu Nome!」(私の名前!)と一言。
おお、確かに書いてあるよ。
お母さんがニコニコしながら説明してくれました。
昨夜、一生懸命にがんばって、一人で名前が書けるようになったんだって。
で、うれしくって、朝から私に見せようとスタンバイしていたらしいです。
いつもは朝一番、朝の8時前には洗車さんに来るからね。
この日は仕事が入っていて遅くなったので、朝から「Tia(おばちゃん)がこない~」ってぶつぶつ文句を言っていたんですって。
で、私の車を見たとたんに、飛んできた、というわけだそうで。
で、それだけじゃなく、「Sei Letras」(アルファベットも言えるよ)と、「K(かー)、A(あー)…」と自分の名前のつづりを言ってくれました。
もうもう、自分の子供が始めて名前を書けたときみたいに感動しちゃいました。
涙がうるうるしてきたわ。
「すごいじゃーん!」ってほめまくると、いつものぶすーっとした顔で、お母さんの後ろに隠れちゃった!
照れくさかったのかしら?

洗車やさんって言う職業、なかなか割りのいいものではありません。
労働のきつさに対して、洗車代はそれほど高くできないもの。
それでも、ここの洗車やさんは週末はいつもいっぱい。
こんなかわいい娘がいつも一緒では、お父さん仕事の手を抜けませんものね。
それがお客さんの多さにつながってる?
毎朝親子3人で仲良く仕事にやってくるこの家族。
このまま、ずっと仲良しの親子であって欲しいなと思います。
そして、この「仏頂面 娘」、素敵な女の子に育ててくださいね!
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ブラジリアで見つけた素敵なもの

2012年11月16日 | ブラジル雑記
昨日のブログで、今日掲載するはずの写真を「ちら出し」しちゃったわ。
もったいない、もったいない!

今日は、今回の旅行で見つけた「素敵なもの」。



色が変わりかけの「もみの実」?
娘は「まつぼっくり、まつぼっくり」って言っておりましたが…
まつぼっくりではないよね。
今回はホテルの部屋が7階だったので、木のてっぺんがちょうど部屋の高さでした。
窓から見ると、てっぺんにこの実がついていました。
季節の変わり目ねー。

ブラジリアは区画と区画の間にかなり広い「公園」が設けてあります。
そこに植えられていた「火炎樹」(フランボイアン)。





満開でした。
っていうか、もう散りかけ?
散った花びらで地面も真っ赤。
きれいでした。

私達が帰った日は、ブラジリアが大雨でした。
その日以来、ブラジリアから少し南にあたる、ミナスジェライス州の州都ベロオリゾンチ、そのもっと南になるリオデジャネイロ州山岳部で大雨が続いています。
特に昨年大雨で市内のほとんどが泥で埋まってしまった、リオデジャネイロ州ノーバフリーブルゴ市では、がけから大きな岩が崩れ落ち、民家5軒を直撃しました。
一方で、東北海岸部内陸、セルトンと呼ばれる地方では、10年ぶりというひどい旱魃になっています。
放牧が多いこの地方で、地面はひび割れ、草など一本も無く、牛達があちらこちらで餓死し、あっという間に骨だけになっています。
飼い主達は、なすすべも無く、涙を流しながら倒れている牛をなでていました。
そういう人間達も、生活用水はおろか、飲み水さえも給水車に頼っています。
異常気象なのか?
それとも自然の循環なのか…

今日のマナウスはめずらしく雨が降りませんでした。
昨日は午前中から雷が鳴っていましたけどね。
適度な雨で、植物達が喜んでいます。
そう、なにごとも「適度に」がいいですね。

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娘の受験旅行 UNICAMP編 6

2012年11月15日 | 旅行
さて、ほどなくして、ぽつ、ぽつ、きました。
雨!
戻ってきたマッセイオ母さんと、またまたおしゃべり。
荷物はそばのお菓子売りの屋台のテントの下に入れてもらいました。
そうしたら、屋台のおじさんが「セニョーラ、去年も着ていたよね。覚えてるよ!」だって。
なんとなくうれしい!

午後4時半過ぎたら生徒達が出てこられるはず。
ちらほら出てきました。
まあ、うちの娘、こんなに早く出てくることはありませんけど…

出てきた生徒が言っていました。
「試験開始が30分送れたので、試験終了も30分遅くなります。」
げっ?!
まじですか?
飛行機の時間が…ぎりぎり~!
本来試験終了時間は午後6時。
30分遅れたら、午後6時半?!
飛行機の搭乗時刻が午後8時15分。
決してぎりぎりではないけれど、娘の出てくる時刻によっては、微妙?

おまけに、雨が強くなってきた!
午後6時、客待ちをしていたタクシーに声をかけました。
「誰か、待っているの?」
運転手さんによると、予約が入っているというわけではないみたい。
なので、私が予約。
車のトランクに荷物を入れてもらいました。
雨脚はますます強くなって、みんな傘を差しています。
なので、出てくる生徒の顔が見えない!

そのうちに、マッセイオ母さんの息子が出てきました。
「またねー」って挨拶して、自分で頼んだタクシーに乗り込みます。
娘はまだか~?
午後6時20分。
気配なし。
さすがに申し訳なくなって、タクシーの運転手さんに「まだみたいだから、よかったら、うちの荷物降ろして、ほかのお客さん乗せちゃっていいよ。」というと、「大丈夫、待っているよ」とのありがたいお言葉。
さらに20分経過。
結局娘が出てきたのは午後6時40分!
タクシーのお兄ちゃん「大丈夫、15分で着くよ!」
いえいえ、娘が出てきたら、大丈夫ですから。
渋滞もなさそうだし。

午後7時、空港到着。
ブラジリアのタクシー、待ち時間の分の料金とらないのよー。
なんて、なんて良心的。
とてもうれしかったので、チップを少しと、娘が持っていって食べなかったクッキーの小袋を「おやつがわりにして」と渡してきました。

荷物をカウンターに預けて、ほっと一息。
お昼も食べずに試験をしていた娘、おなかが空いたでしょう。
母もどきどきでどっと疲れました。
いつもの「VIENA」で夕ご飯。
のんびり食べていたら、どしゃー!すごい雨。
さっきの運転手さん、大丈夫かな?

…って、心配が必要なのは私達のほうでした。
大雨で飛行機は一時間贈れ。
出発前の最後のアナウンスは「ゴイアニアからの便を待ち合わせておりましたが、到着sの見込みが立っていませんので、出発します。15人ほどのお客様をおいていってしまうことになります。」だって。
残された15人のお客さんたち、ごめんなさい。
でも、おかげで、何とかこの日のうちにマナウスに帰ってくることができました。

だって、娘は次の日、マナウスで別の大学受験が待っていたんですから…

受験旅行、まだしばらく続きます!
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娘の受験旅行 UNICAMP編 5

2012年11月14日 | 旅行
さて、それではお散歩、どこへ行きましょうか?
今日は、最初から目標は決まっているのよ!
それはね…
「スーパーマーケットめぐり」!
前回、バスに乗ったとき、バスの窓からなじみのスーパーの看板が見えたもので、チェックしていたのよ。

なぜか一緒に歩きたがっていたマッセイオ母さんを振り切って、目指すスーパーへ。
マッセイオ母さん、「私は1年に何度もブラジリアに来る!」って言っていたわりに、バスの乗り方もわからん。
あなた、ブラジル人でしょう?!
悪い人ではないけれど、一緒にお散歩したいほどでもなし。
なので、バス停まで連れて行き、「いい、ここでバスに乗って、703の区画番号が見えたら降りるのよ。」って言い聞かせておいてきました。
置いてきた後、ほのかな罪悪感…
わんこやにゃんこを置き去りにした気持ち?
いえいえ、相手は言葉もしゃべれる、お金ももっている人間ですから!

気を取り直して、スーパーへ!



住宅街の中にあるこのスーパー。
そう、リオのあの有名な観光地と同じ名前のスーパー。
私はここが好きなのよ!
ちょっとおしゃれな輸入食品などがあるの。
パン屋さんのパンも、いろいろ種類が多いし。
デリカテッセンでも、お惣菜を小分けで売ってくれるので、リオに住んでいたときは、重宝しました。
なので、どこでも見かけるとふらふらっと入ってしまいます。

ブラジリアのこのお店は、品物の種類がそれほど多くなく、ちょっとがっかり。
でも、まあ、こんなものを買ってきました。



スパゲッティ!
これ、リオに住んでいるときには、大好きだったの!
マナウスでも、以前家の近所のスーパーで見かけましたが、現在はどこを探しても無し!
もしかしたら、日系のお高いスーパーにはあるのかもしれませんが…
まあ、普通に手に入れるのは難しい。
ので、購入。
本当は二箱つかんだのですが、このとき私の肩には、娘の岩を詰め込んだような貴重品バッグがずしりとかかっていたので、あきらめて一箱棚に戻しました。
ほかにも、クッキーとか紅茶とか欲しかったけれど、ぐっと我慢!
買い始めたら、止め処もなくなりそうで…

スーパーを出て、ふらふら歩いて疲れてきたので、一休み。



「青の教会」、ドンボスコ教会です。
この日は、この学校の生徒の第一聖体(Primeira Comhunhão)の式の予行をしていて、いつもは静かな教会内が結構にぎやか。
子供たちが一人ずつ前に出て、並んで進んでいきます。



以前、知り合いのお子さんの式に出たことがありますが、当日はみんな真っ白のドレスできれいなのよね。
この「青の教会」内で行われたら、どんなにきれいでしょうね。

そんなこんなしているうちに、時間が迫ってきました。
ホテルに戻って荷物を取って、タクシーで試験会場の学校へ。
今にも振り出しそうな空模様です。
さてさて、娘は無事に出てくるか?!

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娘の受験旅行 UNICAMP編 4

2012年11月13日 | 旅行
さて、そろそろ試験会場に行きましょうか?
バスで行こうかと思ったけれど、出かける直前にザーッと降ったので、地面がぬれている。
のでやっぱりタクシーで行くことにしました。

午前11時半到着。



証拠写真!
昨年と同じ会場「コレージオ シグマ」です。

門が開くのが12時だから、ちょうど良い時間。
受験生と家族らしい人たちが、もうずいぶん待っています。
木の下の乾いているところを見つけて、腰を下ろします。

で、お決まりのおしゃべり!
右側の親子連れは、東北海岸部マッセイオから着たとのこと。
マナウスぐらい...いえ、もしかしたら、マナウスより遠くよ!
もう、お母さんがすごい一生懸命!
息子のほうは以外にクールなのですが。
左隣はトッカンチンス州の州都パルマスから来た親子連れ。
予備校の団体で来たのだけれど、心配なのでお母さんも一緒についてきたんだって。

ごちゃごちゃおしゃべりしているうちに、門が開きました。
マッセイオ母さんは、息子についていって、門のところで追い返されていました。
ぷぷぷ。
パルマス母さんは試験の終わるまで待ってるんだって!
えー、5時間も?!

私はとりあえず、閉門までは待つつもり。
閉門間際に、いつもドラマがあるのよー。

今年もありましたよ。

閉門5分前に到着した車、車から降りてきた娘さんもお母さんも号泣!
娘さん、号泣しながら、身分証明書を探して、それから黒いボールペン(試験で使います)を買って…
お母さん、泣きながら、車のドアを開きっぱなしで、娘のあとを追っています。
周りのみんな、あっけに取られています。
パルマス母さんが、開きっぱなしの車のドアを閉めにいきました。
周りで見ていた人たち、「まだ時間はあるから、大丈夫だよ。」「落ちついて!」と声をかけます。
娘が無事に入ったのを見届けて、お母さん、帰って行きました。
何があったのかはわからないけれど、「あの状態で試験を受けるのでは、かわいそうにねー。」とみんなで話していました。

次は、閉門2分前。
ぎりぎりで飛び込んだ女子生徒。
門は突破したものの、教室へ上がる階段のところで、試験官に入室を阻まれました。
それが門から丸見えだったんですね。
門のところで見守っていた保護者達、「どうして入れないんだ!」「彼女は兵をよじ登ったわけじゃない。ちゃんと開いている門から入ったんだ!」、非難を轟々!
保護者達の勢いに押された試験官、しぶしぶですが彼女の入室を許しました。
門の外の保護者達、「うおー!」と大歓声!
よかったね。

こうして、門の外の保護者達、変な連帯感を深めていきます。
私は、昨年から今年にかけて、ブラジリアではカンピーナス大学とブラジリア大学の二つの大学の受験を見てきているのですが、こうした光景が見られるのは不思議とカンピーナス大学だけ。
おもしろいですね。
私が「カンピーナス大学贔屓」の一つの理由です。

さて、試験が始まったのを見届けて、私はお散歩に。
どこへ行こうかなー。
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娘の受験旅行 UNICAMP編 3

2012年11月12日 | 旅行
日曜日ー。
いよいよ試験の日よ!
緊張してる?

娘はそれなりに緊張している?
それでも、朝ごはんの後、恒例のお散歩。
今回は、ホテルから歩いて5分の「テレビ搭」。



昨年も来たけどね。

今回は、上ってみました。
昨年ま、時間が早くて、まだエレベーターが運行していなかったのよね。

展望台から見えるのは…



Eixo Principal

ここの両側に、国の各機関が配置されています。
飛行機の形といわれるブラジリアパイロットプランの、飛行機の胴体に当たるところです。
ブラジリアはOscar Niemeiyarが作った街として有名ですが、各建物の配置や、景観を設計したのはBurle Maxという景観設計師。
かれの代表作がこの景色です。



人口湖にかかる橋



国会議事堂のお皿の形の上院下院の建物も見えます。



カテドラルと博物館



娘の学校のブラジリア校。
今回、娘と一緒に受験した、マナウスのお友達は、ここの宿泊施設に泊まって受験したんだって。
高校3年生になると、それができるみたい。(ちなみに、娘はまだ高校2年生)
まあ、お友達、男の子だしね。



で、ワールドカップに向けて急ピッチで建設中の新スタジアム。
間に合うのかな?
手な具合に、ブラジリアの主な観光場所を人目で見渡すことができます。
ここ一箇所で観光完了?

搭のしたの広場では、おみやげ物フェイラ(市場)が開かれます。
ここは少し前までは、屋台が出ていたものですが、現在ではきちんと区画された建物のなかにお店があります。
目を引くのは、これ!



ブラジリアと言ったら、これでしょう!
ドライフラワー!
乾燥している街ならではの特産品?
かわいいけど、マナウスに盛ってきたら、きっとすぐにぼわぼわとかびだらけになってしまうでしょうね。

というわけで、30分程度のお散歩でしたが、ブラジリアらしさを堪能。

いよいよ試験だぞ!





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娘の受験旅行 UNICAMP編 2

2012年11月11日 | 旅行
お昼少し前、目が覚めました。
ぐっすり眠っちゃいました。
さて、お昼。
お昼はホテルから歩いて3分のショッピングセンターで。

お昼の後は必要な買い物。
娘が忘れてきた「透明な定規」とか「鉛筆削り」。
「水」も忘れずに。
土曜日なので、ショッピングセンターはそこそこの人出。
今年の初めに娘が靴を買ったお店によって見ました。
ここは、最近の娘と私のお気に入り。
今回もかわいいのがあって、危ない危ない。
まだこれから何度もブラジリアに来る機会はありますからね。
バーゲンになるまで待ちましょう!

外に出ると、こんな天気。



いつ降り出してももおかしくない?
ブラジリアは今、雨季だしね。

ホテルに帰り、娘は再びお勉強。
私は布団に包まってテレビを見ながら、うとうと。

そのうち、娘のお友達から、携帯にメッセージが入りました。
ホテルまで来たから、会いましょう!とのこと。
昨年末にマナウスからブラジリアに引っ越してきたフェルナンダちゃんです。
7月に娘が学校の旅行で、ブラジリア経由でリオに行ったときにはわざわざ空港まで会いに来てくれたのよね。
なので今回も会いに来てくれました。
二人は再びショッピングセンターに。
一時間ほどぶらぶら。
いろいろお話をして、アイスクリームを食べて、さようならしてきたそうです。



次に会えるのは、ブラジリア大学の試験のときだね!
ブラジリア大学の試験は、マナウスのお友達もたくさん受験するので、楽しそう!
それにしても、なぜ本屋さんで記念写真…?

娘が帰ってきたときには、私はぐっすり眠っていました。
目が覚めると、まだ明るい?
でも時計を見ると、もう夜の7時半!
夏時間だものね。

あわてて再び、またまた、ショッピングセンターに夕ご飯を食べに。
だって、ブラジリア、近くにちょっと食べるようなレストランが無いんですもの。
この日の夕食は、いつもの「エビ料理ファーストフード」やさんで、エビのトマトソース煮とシーザーサラダ。
一人一皿ご飯物を頼むと、二人とももてあますので、私と娘はいつもこの頼み方。
いつもはちょっと恥ずかしいのですが、この日は近くの女性二人連れも一皿を二人で分けていて、あら、うれしい!
我が家と同じような人たちがいたのね!
しかもとりわけ用のお皿までもらっているし。
今まで私は、さすがに取り分けようのお皿までは頼めなかったけど、今度は頼んでみましょう!
へんなところで元気ずけられてしまったわ。

部屋に戻り、娘は明日の準備をして、お風呂に入って…
私が寝た後も、娘はしばらく勉強していたようです。
明日はがんばってね!
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